前回のおさらい
前回の記事では「世界観」に合わせて言葉を選ぶということを考えました。キャラクターや舞台に合わせた言葉を選ぶことで、ストーリーエンジンの「ムード」を働かせていくことにも繋がることを解説しました。また、合わせてストーリーエンジン「リズム」の例として夏目漱石の文章を挙げました。
前回は有名過ぎるので避けたのですが、あえて『草枕』を引用してみます。
山路を登りながら、こう考えた。
智に働けば角が立つ。情に棹させば流される。意地を通せば窮屈だ。とかくに人の世は住みにくい。
住みにくさが高じると、安い所へ引き越したくなる。どこへ越しても住みにくいと悟った時、詩が生れて、画が出来る。
人の世を作ったものは神でもなければ鬼でもない。やはり向う三軒両隣りにちらちらするただの人である。ただの人が作った人の世が住みにくいからとて、越す国はあるまい。あれば人でなしの国へ行くばかりだ。人でなしの国は人の世よりもなお住みにくかろう。『草枕』夏目漱石
小気味よいリズムは説明はいらないかと思います。全文、ふりがな付きで読みたい方はこちら→『文鳥』夏目漱石(青空文庫)
今回は、この「リズム」について掘り下げてみたいと思います。
文のつながり
どこで読んだか、誰に言われたか、記憶にないのですが「文末が同じにならないように」という文章セオリーが一般的に言われているように思います。つまり「~です。」「~です。」といった同じ文末が連続すると「単調」になるというのです。
適当に例文をつくってみます。
(例文1)
ぼくは、夏休みにおばあちゃんの家に行きました。りんごをもらいました。りんごを食べました。おばあちゃんは「おいしい?」と聞きました。僕は「おいしい」と言いました。
小さな子供の作文では、こういった文章が見られますから、作文指導から出てきているセオリーかもしれません。
しかし、セオリーだけを鵜呑みにして、頭ごなしに「文末が同じだからいけない」と言うのは馬鹿げています。
すこし直してみます。
(例文2)
ぼくは、夏休みにおばあちゃんの家に行きました。おばあちゃんが、りんごをくれました。ぼくは、そのりんごを食べました。おばあちゃんは「おいしい?」と聞きました。僕は「おいしい」と言いました。
いかがでしょうか?
感じ方に個人差はあると思いますが、接続詞やつながりをスムーズにするだけで、いくらか解消されたのではないでしょうか。もちろん文末は変えてません。
まだ「単調さ」は残っていますが、流れはよくなっています。
ストーリーエンジンの「リズム」が崩れる原因は、文末ではなく「文と文のつながり」にあるからです。
文章というのは、通常、一文で一つの意味を持っています。
読者の頭の中では、前の一文と、次の一文が、どう関連しているかという処理が起きています。
接続詞のない「例文1」では「お祖母ちゃんの家に行きました。」という一文と「リンゴをもらいました」という一文が、どう関連しているか読み取りづらくなっています。
「りんごをくれたのは誰だろう? おばあちゃんの家だから、おばあちゃんかな?」という想像や推理を働かせて、文のつながりを決めて、進めなくてはいけないのです。
もしかたら、りんごをくれたのは「お祖父ちゃん」かもしれないし「お祖母ちゃんの家の隣人」かもしれませんが、曖昧さを残したまま、読み進めるしかないのです。読者に負荷がかかります。
文章のつながりを明確にして負荷を減らしてやると、電流が流れるように、スラスラと読み進めることができるのです。
これがストーリーエンジン「リズム」の本質です。
ていねいに説明してあげることで、読者がスムーズに読み進められますが、、ていねいすぎて情報量が多すぎるのも禁物です。
これは「町の案内版」のようなものを想像してみたら、わかるかと思います。
重要な情報を的確に示すことで、人は迷わずに目的地につけますが、ごちゃごちゃと情報が多すぎると、逆に混乱してしまうのです。
そういったバランスをとるのが作者の「リズム感」といえるでしょう。
(例文3)
夏休みにおばあちゃんの家に行きました。
「ほら、食べてごらん」
おばあちゃんのしわくちゃの掌にの上には巨大なルビーみたいなりんごがありました。
ぼくは、おそるおそる囓りついてみました。
おばあちゃんは「おいしい?」と聞きました。僕は「おいしい」と言いました。
(解説)
一行目の「家に行きました」は状況説明です(脚本では柱と場面説明のト書き)。読者の理解に必要な情報です。「夏休み」「おばあちゃん」という言葉から子供であることはわかるので「ぼくは」省略しましたが、あっても問題ないでしょう。
二行目の台詞で、具体的なシーンに入ったことを示します。シーンの登場人物である「おばあちゃん」も明確にしています。
三行目では、このシーンで重要なアイテムである「リンゴ」を印象付けるために比喩を使っています。
四行目では「食べる」をより具体的な動作である「齧り付く」に。
五行目は、あえて残しました。この「単調さ」については、次の章で考えます。
文の構造
文末が同じであるといけないと言われながら「韻」「反復」「対句」という表現技法もあります。
どっかに行こうと私が言う
どこ行こうかとあなたが言う
ここもいいなと私が言う
ここでもいいねとあなたが言う
言ってるうちに日が暮れて
ここがどこかになっていく
(『女に』より。谷川俊太郎)
前半の4行は同じ「言う」という文末でおわってます。
単調でしょうか? それともリズミカルでしょうか?
ここでは「あなた」と「私」という主語も対句になっているので、言葉のキャッチボールのようなリズムが生まれています。
詩では技法として「反復」といったものが認知されているから問題なく許容されますが、小説ではどうでしょうか?
『草枕』をもう一度、引用します。
智に働けば角が立つ。
情に棹させば流される。
意地を通せば窮屈だ。
とかくに人の世は住みにくい。
三行は「~すれば……なる」という文章がつづき、四行目は結論という構造をもっています。だからリズミカルに感じられるのです。
これは漱石らしい漢文の「リズム感」から来ていると思います。文末は「立つ」「流される」とウ段できて「窮屈だ」という形容動詞をもってきているのでは「絶句」の起承転結の「転」にあたるからでしょう。
読者に「構造」があることを意識させることで、読者の負荷が減り、読みやすくなります。つまり、リズムを感じるのです。
例文に入れてみます。
(例文4)
おばあちゃんのしわくちゃの掌にの上には巨大なルビーみたいなりんごがありました。
ぼくは、おそるおそる囓りついてみました。
おばあちゃんは「おいしい?」と聞きました。
「んん……」
「皮剥いた方がよかったかね」
「んん……」
「酸っぱいかい?」
「ん!」
「おいしくないかい?」
さわやかな果汁に、あまい蜜の味がしました。
「おいしい」と僕は答えました。おばあちゃんは笑顔になりました。
前の章の例文3では、「おばあちゃんは「おいしい?」と聞きました。僕は「おいしい」と言いました。」と二行だけで、対句や反復の効果は弱く、単調に見えてしまう可能性がありました。
つまり「文の構造」が意識されないのです。
したが、今回はやりとりの繰り返しまで長々と加えました。
「ぼく」のセリフは「んん」と同じような言葉がくり返されていますが単調ではありません(※微妙にストーリーエンジン「サスペンス」の効果も含まれます)。
また、対句効果を狙って「聞く⇔言う」ではなく「聞く⇔答える」にし、文末はあえて、すべて「~ました」にしておきました。
言語と音
言語は脳の「ウェルニッケ中枢」というところで処理されます。ここは発話に関連する「ブローカー中枢」とも繋がっていて、一般的には、文章を読んでいるときにはこちらも働いています。
つまり、多くの人は読書しながら、脳内で発声しているようなものです(※余談ですがブローカー中枢を働かせずに文章を読むと速読ができます)。
音と言語には密接な関係があります。
擬態語、擬音語が有効なのも、そのためです。
リズミカルに発音できる文章は、音楽的に心地良く読み進めていけます。
ただし、リズミカルさが優先すると、内容理解が追いつかないこともあります。
「ぎおんしょうじゃの かねのこえ しょぎょう むじょうの ひびきあり」
というのは多くの人が音読させられた記憶があると思いますが、意味を、読みながらすんなりと理解していくのは困難です。(※平家物語は琵琶法師が、弾き語りされたものである点も留意しておきます)。
ストーリーエンジンとしての「リズム」では、音声的な心地よさだけでなく「意味理解のスムーズさ」がとても大切です。
さいごに「ムード」の復習もしておきます。
今回の例文で挙げた「おばあちゃんのリンゴの話」では、主人公が子供の設定のため、稚拙さがついてまわりましたが、これは「リズム」ではなく「ムード」すなわち、言葉選びによるものだということは示しておきます。
(例文5)
子どもの頃、夏休みになるときまって、祖母の家に遊びに行った。
「ほら、食べてごらん」
ある年、祖母がくれたリンゴが今でも忘れられない。しわくちゃな掌のリンゴは巨大なルビーみたいに輝いていた。
僕が、おそるおそる囓りつくと、祖母が「おいしい?」と聞いた。答えるまでもなかった。おいしかった。
「リズム」や「ムード」が総じて、いわゆる「文体」と呼ばれるものに繋がっています。
今後もひとつひとつの要素を解き明かしていくことから、描写を考えていきたいと思います。
引き続き「描写を考える」シリーズは週一ぐらいで、とりとめもなく書いていく予定です。
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緋片イルカ 2021/07/03
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