「ショットの要素」の記事:
概略
1:「トーン」
2:「フレーミング」
3:「キャラクター」
4:「ムーブ」
5:「タイム」
6:「トランジション」
7:「サウンド」
まとめ
前回の記事で、挙げたショットの構成要素について、ひとつずつ考えていきます。
トーンについて
ここでの「トーン」とは色、彩度、明度などの総称です。
僕はあくまで脚本畑なので、技術的な詳細な区分けや、科学的な根拠まで掘り下げる視点は持ち合わせていません。
あくまで、「トーン」の大きな差異から、それが作品やストーリーにどう影響するかという視点を考えるきかっけとして「トーン」を考えます。
「トーン」は「情報」よりも「印象」に大きく影響します。
参考:「情報」と「印象」を伝える(演出2)
写真を見た方が早いと思いますが、巧みな加工技術は持ち合わせていないので、あくまで説明のための参考画像と理解ください。
カラーとモノクロ
現代ではカラーの映像作品が通常です。
モノクロ中心だったのは演出的な意図ではなく、技術的な問題に過ぎません。
現代であえてモノクロにするということは演出効果になります。
フィルターをかけてみます。
このフィルターというのが、すなわち画像における演出の一種といえます。
モノクロにした途端に「古い」という「印象」を受けますが、これはもしかしたらある年代以上の人なのかもしれません。
小さい頃にモノクロ写真や、モノクロ映像を目にしたことなく育ったデジタルネイティブでは「古い」ではなくただ「色がない」という印象を受ける人たちが増えてくるかもしれません。
「古い」という印象を利用する演出としては「回想」シーンをモノクロにして区別するという方法があります。ただし、モノクロ技術の時代に合致する戦時中などの回想で使うならともかく、昭和後期や平成をモノクロにしては印象がズレます。昭和後期などはインスタントカメラや灼けたような彩度の写真などで、別のフィルターがあります。とはいえ、回想=モノクロなどはクリシェですし、安易に使うと現代時制とのギャップに、没入感を阻害する恐れもあります。
同様に「夢」や「妄想」などの非現実的や感情的なシーンだけ色をつけるという演出もあります。現実がモノクロ、非現実がカラーという使い方です。
有名なのは『オズの魔法使い』ですが1939年だから効果的だった演出とも言えます。現代であればカラーの代わりにCGなどの表現になるでしょう。
『シンドラーのリスト』は「回想」=モノクロ、感情的なアイテム=赤い服の少女という演出をしています。
他にも、演出でドラッグのトリップ中か何かだけ色をつけた映画があったはずですがタイトルを失念しました(あまり上手い使い方ではなかったので印象に残っていない気がする)。
「古い」という印象ではなく、ただ「色がない」という印象を利用してモノクロにする意義を考えます。
現代でもわりと使われるのは流血や残虐シーンの印象を弱めるための演出です。
観客へのショックを和らげる効果ですが、スプラッター映画であるなら魅力の半減とも言えます。作品のテーマやメッセージを踏まえて、弱めた方がいいかどうかの判断が必要です。ただ劇場公開のためだけの理由でモノクロにした場合は、のちにディレクターズカットでカラー版が見れたりすることもあります。
また「色をなくす」ということは、観客の視点の誘導を緩やかにする効果があります。
カラーでは、画面上の彩度やコントラストの強い箇所に、観客の目が誘導されます。
上記のカラー写真では、右側の「真っ赤な柵」が何よりも先に目に入ってしまいます。これが映像で、ショットの時間が短かったら中央の男女を見落としてしまうかもしれません。
ですが、モノクロ写真では構図が優先されて、中央の男女にスッと目がいきます。
演出家が画面上の色のコントロールをできていないと、あちこちと目が動いてしまい、人物に集中できないということもありえます。
人物に集中できないということは、人物の感情、ストーリーに没入できないということで、つまりは作品に入り込めないということにつながります。
ただ「オシャレ感」だけで、無意味にモノクロ映画にしたがる監督も多くいますが、しっかりと演出効果をわかって使えば、ときにはモノクロの方が効果的といえるのです。(『ゴジラ-1.0/C』どうでしょうか?)
彩度
彩度をゼロにするとモノクロになるので、前項で話した内容と重なりますが、ここでは彩度を上げることで「非現実感」などの「印象」が増すということだけ確認しておきます。
どれも上の画像が彩度を低くし、下の画像が彩度を高くしたものです。
フリー素材ぱくたそ Photo by すしぱく
彩度を下げると印象が柔らかくなり、「薄い」と感じるまでいくと記憶や回想の印象につながっていきます。3枚目は霧がかった幻想的な雰囲気にも見えます。
一方、彩度を上げたときには、色鮮やかな「感情の強さ」や、オモチャのような「非現実感」が出てきます。
彩度が高いものを「ヴィヴィッドvivid」と言いますが、低いものは「ダルdull」でしょうか(あまり聞かない気がしますが)。
監督の好みが反映されると「監督らしさ」「個性」にも繋がりますが、「観客にどういう印象を与えるか?」を踏まえて、ストーリーやテーマ、世界観と演出効果が合致すると、強い作品になっていきます。
色彩
色の種類は無限大と言えるでしょうが、かなり大雑把にくくるなら「暖色系」「中間色」「寒色系」「白黒金銀」などで印象が変わるといえます。
人間は(今のところ)地球上での生活が基準になっているので、自然界の色は人類に共通する「印象」を与えやすいといえます。
「赤」:血、太陽、イチゴのようなベリー系の実
「青」:海、空
「黄」:太陽、月、砂漠、光
「緑」:森、林、草
「黒」:夜、闇
「白」:光、雲
「金銀」:金属、宝石類
ざっくりとこんなところでしょうか。あくまで僕の感覚です。
個人差も大きいので、一概には言えません。
「高貴な色」などは文化で大きく変わりますので、文化差もあります。信号の赤は共通ですが、青信号はどうでしょうか?
一般的な印象から、色彩心理学といったジャンルも成立します。
ファンタジーやSFでは、地球と環境が違うのであれば、こういった色彩感覚自体がズレている生物として描くことも必要でしょう。血が赤くない生物なら、興奮する色は赤ではないかもしれません。
キャラクターにカラーのイメ-ジを設定して、作品全体でその色に意義を持たせる演出もあります。
明暗
明るさは「明度」と「ライティング」があります。
まずは、同じ写真を明度を変えると「印象」がどう変わるか?ということを見ていきます。
上は通常の「パソコン作業をしているOL」ですが、下になると少しホラー味が出ます。
「SNSに誰かの悪口を書き込んでいるのかもしれない……」というと、そんな気がしてくるのではないでしょうか?
とはいえ、上の明るいままの画像で「悪口を書き込んでいる」と思えば、それはそれで怖いような気がしてきます。
画像自体の明暗は、多少の効果がありますが、それだけでは「印象」を決定づける効果は弱いのでしょう。
撮影の技術的な問題で「暗くなってしまったのかな?」という印象すら受けてしまいます。
作品全体の明るさを統一する(ズレて悪目立ちしない)というのは、基本的な技術です。
それに対して「ライティング」には極めて高い演出効果があります。光というものは、それだけで人間の体にも気分にも影響を与えるのでしょう。
まず、光には時間帯を表す「情報」としての側面があります。窓の外が明るければ朝~昼、暗くなれば夜ということです。
次にシーンの場所による明るさの効果です。
説明にぴったりの写真がなかなか見つからないので便宜状ですが、下の画像の方がは窓があり光や解放感があります。
そもそものロケ場所や、ショットのとり方による差とも言えます。
上の写真の部屋にも、映っていないところでは実は窓があるかもしれません(室内灯の感じから、なさそうですが)。
部屋に窓があってもなくても、どのように撮るかで伝わる「印象」は変わります。
それは、監督やカメラマンのセンスだけでなく、キャラクターや状況に合わせるべきです。
脚本の柱やト書きでしっかりと指定してあるか、ひいては「印象」がストーリーにどう影響するかも考えて決定されるべきでしょう。
光の方向は、構図のバランスを整えたり、視線の誘導をしたり、重要な演出効果があります。
意図的に光(ライト)が当たっているものには意味があります。
たまたま当たってしまっているとしても観客は意味があると思ってしまうので、しっかりコントロールして演出する必要があります。
単純に考えれば「後光がさす」ように、魅力な人物に光があたったり(やっかんでいる主人公は暗いところに置かれる)、嬉しいことがあって気分が高揚しているときには明るい顔にしたり(暗い気分のときは暗く)。
ときには、役者の表情よりもライティングの方が「印象」を伝えられるときもあるでしょう。
ライティングを上手く使うと「影」をコントロールすることもできます。
前回の記事の、例文で「檻のような校門」というト書きがありましたが、影で檻をつくることもできます(『カサブランカ』で使われています)。
光や色が、どういう意味をもつかは作品によりけりです。前回の記事でも説明しました。
有名なレンブラントやフェルメールの光の使い方は、あらゆるところに応用されていますが、どんな意味があると感じるでしょうか?
レンブラント・ファン・レイン 「自画像」(1658)
ヨハネス・フェルメール 「天秤を持つ女」(1664)
絵画は一枚の中で演出しますが、映像では作品全体を通して演出します。
ワンシーン、ワンショットだけでは意味が見出せない(確定できない)、こじつけのように感じるときもあるかもしれませんが、きちんと演出されている作品は全体を通して、その方針が貫かれています。
例えば、主人公のイメージカラーは「赤」だと決めたら、徹底して赤系統をからめ、背景を含めて余計な赤を排除する画作りをします。
主人公以外に赤が出てきたり、主人公が赤以外を身に纏うようになったら、それは何らかのメッセージで、たまたまではありません。
演出が弱い(あるいは無頓着な)作品では、たまたまなことが多くありますが、全体を見ていけば演出しているか、していないかは確定できます。
「かっこよく」「綺麗に」撮るだけでなく、ときには違和感が出るように撮ることで、それがテーマや「印象」を伝える演出になるのです。
もちろんストーリーやテーマとの合致が大切なのは何度も申しあげた通りです。
以上、「トーン」に関わる要素について考えてきました。
他にも「こういう要素もあるのではないか?」とか、専門的な見識をお持ちの方など、自由にご意見はコメント欄へどうぞ。
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