『ウィークエンド・シャッフル』筒井康隆(三幕構成分析#16)

がっつり分析は三幕構成に関する基礎的な理解がある人向けに解説しています。専門用語も知っている前提で書いています。三幕構成について初心者の方はどうぞこちらからご覧ください。

ウィークエンド・シャッフル (角川文庫)

物価が高いと政府批判をしたばかりに、人柱となった妻。わたしは危険を冒し、妻に会いに通うが(「佇むひと」)。美人で上品で、趣味のよい8人の奥様連。しかしその正体は泥棒で(「如菩薩団」)。「子供を誘拐した、300万円を用意しろ」。脅迫電話に取り乱す暢子の家に、前科四犯の強盗がやってきて(「ウィークエンド・シャッフル」)。日常を反転させ、人類の未来に深く斬り込む筒井ワールド。破壊的な笑いに満ちた13作の短篇集。

【スラップスティックはビートの連続】

スラップスティックとはドタバタコメディです。おかしなことが連続的に起きて、状況がめちゃくちゃになっていく展開は、ツイストの連続といえます。
筒井先生の(表題作)『ウィークエンド・シャッフル』が小気味よくて面白かったので分析してみました。

※以下、ネタバレ含みます。分析は広告の後から始まります。










【ツイストの連続と三幕構成】

あらすじを箇条書きでまとめると以下のようになります。

・近所の家はみんな留守みたい(フリ)
・夫婦の息子が見当たらない。
・妻は友達が来るので(フリ)、夫が探しに出る。
・誘拐犯からの電話。300万用意しろ。
・いったいどうやって用意したら……そういえば、この家を買うとき夫はどこで金を?(フリ)
・妻だけ残った家に泥棒が侵入。
・泥棒と妻がベッドイン。
・妻の友人が訪ねてきて、泥棒は夫のふり。
・アルコールも入る。
・誘拐犯から二度目の電話。泥棒が出る。
・病院から電話。夫が交通事故にあった。
・夫の上司が来る。夫は会社の金を着服していた。
・泥棒と妻の友人がベッドイン。
・警官が来る。呆れた誘拐犯に解放された息子を連れてきた。
・勘違いした泥棒が、妻の友人を殺す。
・度歩棒が、夫の上司を殺す。
・警官が泥棒を射殺。
・軽傷だった夫が帰ってくる。
・夫の上司が殺されたので着服はバレない。泥棒とおしゃべりな友人が殺されたので妻の不貞もバレない。万事解決?

これだけの非現実的な事件がテンポよく展開されていきます。複雑な状況が起こることをツイストと言いますが、まさにツイストの連続です。
スラップスティックなのでリアリティは問題としません。むしろ共感したら読者は笑えません。だからキャラクターアークはありません。
生真面目な人は「こんなのありえない!」「ふざけている!」と怒るかもしれませんが、そういう方は、もちろん筒井康隆を読むこと自体が向かないでしょう。

以下、ビートに触れながら、具体的な構成を考えていきます。

【ビートシート】

Image1「オープニングイメージ」:「近所の家はみんな留守」静かでいいと夫婦の会話が交わされる。主人公の家も”いい家”だが、そういったやや高級な住宅街の様子がうかがえる。留守が多いと聞いて泥棒がやってくるフリにもなっている。

CC「主人公のセットアップ」:「息子を探す母」機能なし。ジャンル、展開的にもキャラクターアークを描いて主人公に共感させてはいけない。暢子という名前があるだけで、エリートサラリーマンの妻という、平板なキャラクターとしてセットアップされている。これは「ジャンルのセットアップ」でもある。近所が留守だという直後に「息子がいない」状況が始まり、それがキャラクターコアとなっている。

Catalyst「カタリスト」:「誘拐犯からの電話」事件開始。

Debate「ディベート」:「金をどうやって用意しよう」ああだ、こうだと混乱しながら、そもそも夫はこの家を買うときにどうやって大金を用意したのか?というフリも。泥棒が入ってくるのは、もう一つのカタリストとも言える。通常なら、どちらかだけで物語を展開できる大きな事件だが、両方起きてしまう面白さ、ありえなさ。近所が留守というフリがあるので違和感もない。

Death「デス」:「妻と泥棒がベッドイン」さらにありえない事態。これで、読者はこの物語はスラップスティックであると受け入れる。「どうなるの?」と興味を惹かれる。それがアクト2への導入ともいえる。

PP1「プロットポイント1(PP1)」:「友人達が来る」これもフリがあるので不自然さはない。むしろ、誘拐、泥棒と大きな事件が起きた後なので、「ああ、そういえば来ると言ってた」というおかしさがある。泥棒が夫のフリをするという状況がアクト2の非日常ともとらえられる。

Battle「バトル」:「アルコールを飲む」泥棒は通報を恐れて、妻を台所にいかさない。そのためリビングにあったアルコールを飲み始める。状況の複雑化(ツイスト)。

Pinch1「ピンチ1」:なし。主人公のキャラクターアークがないので、メインとサブの区別はない。

MP「ミッドポイント」:「妻が大声で歌い出す」キャラクターアークはないが、とうとう発狂したという到達点とみれる。また妻と泥棒が夫婦を装うという限界地点でもある。

Fall start「フォール」:「そういえば坊ちゃんは?」友人が子供の話を持ち出すことで、ストーリーが誘拐の話に戻ってくる。さらに大声を出して歌う妻を、泥棒が台所へ引っ張っていくことで、それまでと流れも変わる。

Pinch2「ディフィート or ピンチ2」:「誘拐犯から二度目の電話」泥棒が出る。誘拐犯に「お前らきちがいだ」と言われる。息子はもう助からない?

PP2(AisL)「オールイズロスト or プロットポイント2」:「夫が交通事故」泥棒が夫のフリをするという状況に対して、ベタな三幕構成であれば夫が帰ってくることによって「非日常」がおわる。しかし「夫が帰ってこない」ということで、状況はおかしなことになっていく。泥棒がこのまま夫になるのか?という予感もさせる。泥棒が友人をつれて寝室へ行く展開は、妻とベッドインしたことのくり返しなので、次のアクトへ入る予感にもなっている。

BB(TP2)「ターニングポイント2」:「夫の上司がやってくる」ここからアクト3。「私服刑事のように見える」という文もあるが、刑事ではなく夫の上司だったというツイスト。夫は会社の金を着服していた。これもフリがあるので唐突感はない。さらに本当の警官がやってきたところから、連続殺人が起こり物語は終結。

image2「ファイナルイメージ」:「万事解決?」息子と夫を取り戻し、正気を取り戻した妻は「これでいいのだわ、何もかも」と思う。着服は死んだ上司のせいにして、泥棒と友人が死んだことで不貞もバレない。「わたしはわたしの家族が無事でありさえすればいいのよ。そうですとも。わたしにとっては、何もかも、これでもと通りなんだわ。」という怖さは、”いい家”に住むエリートサラリーマン一家という設定とあいまって、作品当時の経済優先の利己主義社会への批判ともとれなくもない。最後の一文「パトカーのサイレンが次第に近づいてきた。」は警鐘ともとれる見事の締め方。

【感想】

ドタバタありえない事件が起きているようで、一つ一つていねいなフリがあることで違和感なく読み進めていけます。めちゃくちゃなようで読み取ろうとすれば、テーマも読み取れるつくりは、ただ思いつきで展開している訳ではないのだと思えます(あるいはベテラン作家は物語が体に染みついているので、思いつきで書いてもしっかりした構成ができるともいえる)。構成とはべつに筒井先生らしい文体も重要です。

泥棒は妻の名を連呼しながら暢子の華奢なからだを力いっぱい抱きすくめた。
 作者が二十八行削除した時、泥棒はすでに自分のズボンをはき終っていた。

など、文章自体がおもしろい。映画でいえば演出や役者の演技のようなもので、ストーリーとは別に読者をフックする力になっています。下手な作家がスラップスティックをきどって、めちゃくちゃに展開するだけでは面白くならないのだということが、よく見えてくる作品でした。

緋片イルカ 2020/02/28

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構成について初心者の方はこちら→初心者向けQ&A①「そもそも三幕構成って何?」

三幕構成の本についてはこちら→三幕構成の本を紹介(基本編)

キャラクター論についてはこちら→キャラクター分析1「アンパンマン」

文章表現についてはこちら→文章添削1「短文化」

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