ショットの要素6:「トランジション」(演出12)

「ショットの要素」の記事:
概略
1:「トーン」
2:「フレーミング」
3:「キャラクター」
4:「ムーブ」
5:「タイム」
6:「トランジション」
7:「サウンド」
まとめ

トランジションとは?

トランジショtransitiontransitionトランジションという言葉は、頻繁ではありませんが脚本や編集でときどき使われます。

脚本でいえばシーンとシーンの繋ぎ(もっといえば柱の繋ぎともいえる)、編集でいえばショットとショットの繋ぎといえます。

脚本上はトランジションをスムースにすることで、観客をストーリーに引き込むことができます。

ときにはあえて「シーンのジャンプ」を入れて、観客に考えるきっかけを与えたりもします。

キャラクターアークを書く基本技術にも繋がります。

編集上では、時間や場所の混乱を招かないように繋ぐというのが最低限の基本です。

イマジナリーラインは撮影でよく言われますが、編集でこそ気をつけなければいけないとも言えます。

混乱をさせない映像の繋ぎをした上で、ショット同士の連鎖反応で特別な効果を生むことができれば、それはトランジションによる演出となります。

脚本のトランジション

まずは脚本から考えます。

あえて、混乱を招くようなトランジションを書いてみます。

例:
〇リビング(夜)
太郎「ねえ、ママ、明日はどこ行くの?」
ママ「お楽しみよ」

〇学校(朝)
 太郎と花子が話している。
花子「日曜日、動物園に行ってきたの。太郎は?」
太郎「僕は映画館に行ったよ」

1つめのシーンでママが「お楽しみ」とフリのようなことを言っていて、次のシーンで明かされるのかと思っていたら、学校に繋がるので「あれ?」と読者が思います。

「太郎はどこにも連れてってもらえなかったのかな?」とすら思います。ところが、太郎のセリフを読めば「映画館」へ言っていたことがわかります。

「日曜日の映画に行くシーン」をカットして、ジャンプしていることが紛らわしさに繋がっています。

太郎のセリフを読めば状況の理解はできるのですが、感情的にはストーリーに乗りづらい印象です。つまりストーリーがすんなり入ってこないのです。読者によって読み返してしまうかもしれません。

脚本は流れる映像を見るように、前から読むだけでスーッと理解できるのが理想です。

それはト書きのリズムなどにも言えることです。

わかりづらい言い回し、くどい言い回し、逆に説明不足、矛盾点、ときには誤字脱字も混乱の原因になります。かといって、それを避けるかのように「説明ゼリフ」に頼ってしまうのも危険です。

説明ゼリフは「情報」としては確実にわかりやすく伝わっていても、映像にしたときには紙芝居のようになる危険性があります。必ず映像をイメージして書きましょう。

ワンシーンを流れるようにセリフとト書きを書けたら、次のシーンへの流れをスムースに行う「トランジション」に気をつける必要があります。

柱が変わるということは「時間」と「場所」が変わるということです。

「時間」の基本は、朝→昼→夜となるようにシーンを続けていれば、一日の出来事という印象を与えられますが、朝から、次の日の朝に繋ぐのは混乱します。

絶対に「朝→次の日の朝」で繋がなくてはいけない、なんてことはありえないと思いますが、どうしてもの場合があるとしたら、混乱しないような工夫が必要です(安直なのはテロップです)。

「場所」については、シークエンスの感覚が大事です。

シーンがいくつか集まってシークエンスとなります。一連のシーンというかんじです。

バラバラのシーンを一連に繋げているものは、ストーリー上に働いている「エンジン」です。

「エンジン」が動いていない状態で、シーンがあちこち飛ぶと紛らわしくて、それが続くと、もはや誰の何のストーリーかわからなくなってすらきます。その意味では主人公の「視点」とも関連するといえます。

わかりづらい例文を書いてみます。

例:
〇公園(昼)
 太郎と子供たちがサッカーをしている。
太郎「おい、こっちこっち」
 太郎がパスをせがむ。
田中「よし、頼むぞ」
 田中がパス。
 太郎、トラップ。そのままドリブルをしてゴール前へ。
太郎「行くぞ」
 太郎、シュート。
 ゴールが決まる。
太郎「よっしゃ!」

〇街中(昼)
 子犬が歩いている。
 道行く人は避けるようにして歩く。

〇太郎の家・玄関・外(昼)
 太郎の母が玄関から出てきて鍵を閉める。
隣人「お買い物ですか?」
太郎母「こんにちは。今日はスキヤキにしようと思って」
隣人「あら、いいですね」
 太郎母、会釈して自転車にのって出ていく。

〇公園(昼)
 太郎たち、サッカーは終わり、石段などに座っている。
花子「あれ、私のポチがいない!」
太郎「え?」
花子「サッカーしている間、この柱に繋いでおいたのに」
太郎「よし、みんなで探そう!」

〇街中(昼)
 太郎たちが犬を探している。
花子「ポチ? どこいったの?」

〇交番(昼)
 太郎が警察官に尋ねている。
警察官「いや、見てないな。他の交番にも連絡してみるね」

〇スーパー(昼)
 太郎たち、探しながら歩いて来る。
 そこへ太郎母が自転車でやってくる。
太郎母「太郎、どうしたの?」
太郎「花子の犬がいなくなって、みんなで探してるんだ」
(つづく)

サッカー後の公園のシーンで「探そう!」となることで、ようやくストーリーが動き出します。

それ以降の「街中」や「交番」は場所がコロコロ変わっても、観客は「太郎が探してる」という認識ががあるので混乱はしません。

ですが、それ以前の「街を犬が歩いていたシーン」や「母親が買い物に出かけるシーン」は初見ではよく分からないシーンです。

複雑なシーンではないので理解は出来ると思いますが、流れるようには繋がっていません。トランジションが汚いのです。明らかに不要なシーンです。

主人公は「犬を探す太郎」ですから、太郎の「視点」だけでシーンを繋げば混乱しないのに、母のシーンを入れることで視点がブレてもいます。

シーンを並び替えてみます。セリフやト書きには手を加えていません。

例:
〇公園(昼)
 太郎と子供たちがサッカーをしている。
太郎「おい、こっちこっち」
 太郎がパスをせがむ。
田中「よし、頼むぞ」
 田中がパス。
 太郎、トラップ。そのままドリブルをしてゴール前へ。
太郎「行くぞ」
 太郎、シュート。
 ゴールが決まる。
太郎「よっしゃ!」
 × × ×
 太郎たち、サッカーは終わり、石段などに座っている。
花子「あれ、私のポチがいない!」
太郎「え?」
花子「サッカーしている間、この柱に繋いでおいたのに」
太郎「よし、みんなで探そう!」

〇街中(昼)
 太郎たちが犬を探している。
花子「ポチ? どこいったの?」

〇交番(昼)
 太郎が警察官に尋ねている。
警察官「いや、見てないな。他の交番にも連絡してみるね」

〇スーパー(昼)
 太郎たち、探しながら歩いて来る。
 そこへ太郎母が自転車でやってくる。
太郎母「太郎、どうしたの?」
太郎「花子の犬がいなくなって、みんなで探してるんだ」
(つづく)

スムースで、短くもなりました。短くなったということは、後々で、もっと魅力的なシーンを入れる余地ができたということです。

トランジションという観点から考えると「説明的なシーン」というのは、いかにストーリーの邪魔をするかというのもわかるかと思います。

「別に良いシーンではないけど、あってもいいかな」という甘いスタンスではいけません。良いシーンが入る余地を潰してしると考えるべきです。すべてのシーンが意味あるシーンにする気概で脚本を推敲するべきです(理想とはいえ心構えとして)。

「犬が街を歩いているシーン」は説明的なシーンだったのでカットしましたが、以下のようなシーンであれば追加する価値があります。

〇街中(昼)
 ポチが歩いている。
 道行く人は避けるようにして歩く。
婦人「あら、かわいいワンちゃん」
 婦人はポチを抱きかかえて、
婦人「私の家でオヤツをあげましょう」

ただ歩いているだけのシーンでは説明しているだけですが、「犬が婦人に連れていかれた」という情報であればストーリーが進展しています。

太郎の視点ではありませんが、観客の視点にとって「どうなっちゃうんだろう?」というフリになるので、入れる価値があるシーンです(キャラクターアークじゃないけど、プロットアークに関連するシーンとも言えます)。

編集のトランジション

悪い例としてイマジナリーラインを越えたトランジションを話しておきましょう。

テーブルで向かい合って座る男女二人が会話しているシーン。

男が右を向いてセリフを言うショット。次に、女は左を向いてセリフを言う。よくある会話シーンです。

これを女も右を向いてセリフを言っていたらどうでしょう?

観客には、男女とも右を向いている印象を与えて、横並びに座っているように見えます。

特殊な演出効果を狙っているなら、構わない場合もあるでしょうが、普通は混乱します。

ガス・ヴァン・サントの映画で見たことがありますが、演出効果よりも混乱を感じました。以前の記事で書いた「観客にカメラを意識させてしまう」のです。

観客は、ストーリーに引き込まれていると、その中に自分もいるような感覚で映像を見ています。

ところが、カメラを意識させたり、現実の思考を促すようなテロップが入ったりすると、急に意識を、観客の自分に戻されます。ほとんどの物語にとってマイナスでしかありません。

もう一つ、混乱をまねくトランジションを。

男女が左右で会話していたら、もう一人いた第三の男が急に話し始める。

テーブルに3人いるということをエスタブリッシュメントせずに、男女のアップで会話ショット続いていたら、二人しかいない印象を与えます。

その間、第三の男は黙っていたとしても、映像的には見せておかないといけません。

基本的に我々はプロの映像作品を見慣れているので、こういう混乱を招くような例は、なかなか目にしません。

プロの仕事であれば「人間の原始的な認知」のルールを守っているから混乱しないのです。

演出効果は、その原始的なルールの延長でなければ効果を上げません。奇抜な演出は、ただ観客を驚かせているだけで、繊細な「印象」を伝える演出ではありません(もちろん驚かせるのが目的のときは奇抜さが効果的になる)。

トランジションの効果を考えるポイントのひとつは「観客の視線の動き」です。

前のショットと、次のショットで焦点がどこにあり、観客の視線をどの程度、動かすのか。

たくさん動かすべきときと、あまり動かすべきではにときがあります。

このことを意識できるかどうかは、編集のトランジションに大きく関係します。

効果的な(繊細な)ショットの具体例は、今後の「ショット分析」で見ていきますが、ダイナミックでわかりやすいトランジションは「カットバック」(クロスカットとも呼ぶ)です。

二つのシークエンスを同時進行することで、スピード感や緊張感を高める簡単な技法です。

脚本上では読みづらさの要因になるので、監督や編集者に任せてもいい場合もありますが、効果的ならば、積極的に脚本に書いてもいいでしょう。

シーンのどこでカットバックするかは、ストーリー上で意味のあるタイミングについては脚本で指定しておくべきですが、細かいタイミングは編集者任せで十分でしょう。脚本上で編集作業しても、そもそも撮影前ですので無意味です。

補足:ボタンを押す

ハリウッドの用語で「ボタンを押せ」という表現があるそうです。

次のシーンへ行く勢いが足りないときに「いまいちボタンが足りない」「ボタンを押せ」とかいうそうです。

ボタンを押してミサイルでも飛び出すようなイメージでしょうか。脚本例であげた「犬を探そう!」みたいなものです。次のシーンへの勢いがつきます。

シーンを繋ぐ感覚として、イメージしやすければ参考になる言葉かもしれません。

ただし、次シーンへのトランジションは「勢い」だけではありません。ゆっくりと繋ぐことが効果的な場合もあるし、ドンと壁にぶつけるようにシーンを終える場合もあります。

とにかく、しっかり繋ぐこと。そして、全体を途切れさせないようにすること。

それが出来れば、最初から最後まで流れるように読める脚本になっていきます。

イルカ 2024.2.7

補足2024.2.10
書き忘れていた話があありました。ワンショットのリズムは「瞬き」であると書いている編集者がいました(『映画の瞬き』)。この考えは体感的にしっくりきます。人間は動揺したり、心を搔き乱されるとパチパチと瞬きするし、集中してジーッと見つめているときは回数が減ります。編集のリズムに通じます。

次:ショットの要素7:「サウンド」(演出13)

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