犬は色が見えないらしいけど、わたしも犬になってしまったのだろうか?
色が見えないのだ。
色盲かと思って病院に行ったけど、
「異常はない、精神的なものでしょう」
と言われただけだった。
気休めにいろんな目薬をさしてみたり、カラーコンタクトを入れてみたりしても何にも変わらない。
意外だったこと…。
色が見えなくてもそれほど困らないということ。
見えないけれど、色の違いは分かるのだ。
これは赤らしい。
これは青らしい。
これは緑らしい。
友達が可愛いピンクだと言えばピンクだねと言い、あの色は似合わないと言えば、あわせて「そうだね。」と言っておけば言いのだから…。
色なんて無くても何にも困らない。
犬だって普通に生きていんだし。
わたしは無色の満員電車に乗って、学校へ向かっていた。
乗客がみんな石像みたいで、案外いいのだ。
通学路の坂道をわたしは俯いて歩いていた。
「おはよう。」
後ろからやってきたのはカオリだった。
「どうしたの? 下ばかり見て歩いて。」
「どこ見てても同じじゃない。」
「そんなことないよ。ほら。」
カオリの指差したのは、リョウヘイだった。
「なんだ、リョウヘイじゃん。」
「じゃんって。モテモテのリョウヘイ君に、なんだってことは無いでしょうよ?」
「はいはい。」
「リョウヘイ君、また髪の色変わってない?」
「そうかな~?」
「そうだよ。ちょっと赤くなってる。」
「そうかもね。」
「聞いてみよう。」
カオリは駆け足で、リョウヘイに追いついた。
二人はわたしが追いつくのを待っていた。二人はというよりは、リョウヘイが待つから、カオリも待っていたのだ。
「おはよう。」
リョウヘイが、わたしに言った。
「うん。」
わたしはそっけなく返した。
リョウヘイがわたしのことが好きらしいのは、何となくわかっていた。だから、リョウヘイとは仲良くできないのだ。モテモテのリョウヘイ君とは。
「どうした? 元気ないのか?」
「そんなこと無いよ。いつも通り。」
「この子、下ばかり見て歩いてるんだよ。」
「転ばないように?」
「違うよ。」
わたしはリョウヘイを睨んだ。
驚いた。
リョウヘイの髪に一本だけ、金色の髪が見えたのだ。わたしの目にも見える金色に。
リョウヘイが動くと一本だけの金色が隠れてしまった。わたしは背伸びして、リョウヘイの髪をあさった。
「なんだよ。」
「動かないで。」
わたしは金色の一本を抜いた。
「いたっ。」
「白髪があった。」
「うそだ?」
「ほんとほんと。」
「見せてみ?」
「もう捨てちゃった。」
わたしは嘘をついた。
わたしは休み時間にトイレへ行くと、ポケットからリョウヘイの髪の毛を取り出した。両端をつまんで、ピンと張ると、それが…何色かわからなかった。色は見えないし、何色かも分からなかった。
色なんて無くても困らない。
色なんて無くても困らない。
そう、思うのに、何故だか涙が流れた。
(「金色の髪」おわり)