※漢字の答えは広告の下にあります。小説内にお題の漢字が出てくるので、よかったら推測しながらお読み下さい。
昨日の女はクソだった。
顔は悪くなかった。色白で、切れ長の目に、尖った顎は好みはわかれるだろうが美人といえる。元読者モデルをやっていたとか。胸は小さいが柳腰(やなぎごし)でそそるものがあった。愛想もよかった。二十五歳にしては男を立てるということを知っていた。
だが、どんないい女だったとしてもアレだけは許せない。
レストランの窓からは丸の内の夜景が見下ろせる。明るい窓のなかには残業してるやつらがいる。そいつらが俺のディナーに色を添えていると思うといい気分になる。
「ねえ、下衆山さんって、漢字が得意なんですよね?」
食べ終えた女は、ナプキンで口をぬぐってから聞いた。
「そんなことないさ。漢検一級で満点とった程度だよ」
「ええ、すごいじゃないですか。じゃあ、これ、読めますか?」
女はナプキンの裏に漢字を書いてさしだした。
「心に太いか……なかなか、むずかしいな」
「下衆山さんでもわからないんですか?」
女が嬉しそうに白い歯を見せた。
「あれか、これか、どっちかだったんだよな。ど忘れした」
「何ですか? 言ってみてくださいよ」
「当てたらどうする?」
「う~ん、どうしましょうかね~」
「じゃあ、俺の命令、1つきいてもらうよ?」
いたずらに笑って、
「いいですよ」
俺は「心太」を音読し、この後、部屋でやってもらう命令を告げた。
「え~、わたし、そんなこと、したこないですよ」
「正解したからね」
「じゃあ、もう一問ください」
「いいよ。でも、正解したら、やってもらうからな?」
「わかりました~」
言いながら女は次のナプキンをよこした。
「なっ……」
「おっ、もしかして読めないですか?」
「いや、これは……」
字面(じづら)を見るだけで身の毛もよだつ。あのうじゃうじゃと生えた足と、くねくねした胴体。俺のこの世で一番嫌いな虫。百足。
「下衆山さん、どうしたんですか?」
女を無視して席を立った。
●今日の漢字:「心太」(ところてん):
テングサなど寒天にして、ニュッと押し出して、つるっつるっと食べるやつ。
(緋片イルカ2018/10/26)