「風船遊び」

 通知票には分数が書かれていた。17の上に、同じ筆癖で17が乗っていた。ノリオはそれを出席日数だと思ったが、先生に言われて二重に驚いた。二学期がたった十七日しかない訳がないという事。つまり、
「おらぁ、びりかいな」
「のりお。座りなさい」
 授業中は怖い先生の太い声が今日は優しい。クラスのみんなが笑う。
「でも、せんせ、こんな事、いちいち書かんでいいやないか」
「そうや」
 華子も言う。
「おらぁ、出席日数かと思ったんに、びっくったわ」
 またクラスが笑う。
「これで少しは勉強する気になったやろ?」
「まあ、危機感は感じたやね」
「なんだ、おまえ、危機感なんて言葉、知っとんのか?」
「せんせこそ、知ってんか」
 ノリオは膨れて座った。右の頬をチューインガムのように膨らませては破裂させ、次は左の頬という風にしていた。隣の席の華子はノリオの風船が割れるパッという音をじっと眺めていた。見られていることを知ってか知らずかノリオは学級会が終わるまで続けた。
「ノリオ君、まだ、怒ってんか?」
「ああ、怒っちょよ」
「学級会、終わったよ」
「知っとる」
 ノリオは身を乗り出して、
「けどな学級会が終わっても、おらぁの怒りは静まらんと」
 華子の方を向いて、そう言うとまた前を向いて風船遊びを再開した。先生の周りに何人かの女の子が集まり、冬休みはスキーをする予定だの、初詣の後に先生の家に行くからお年玉をくれだの、その前にクリスマスだなど言い、先生は宿題を先にやれと返している。お年玉をくれと言ったのはけいこである。
「ねぇ、帰らんの?」
「帰りたきゃ先帰れ」
「いつまで怒っとるのよ?」
「せんせが謝るまでや」
「順位、書いたこと?」
「うんん」
「なによ? うんんって」
「もう怒るのはやめた」
「ほんに? なら帰ろ?」
「華子が帰ってくださいと言ったら、帰ったる」
「帰ってください」
 さらにぺこんとお辞儀までした。華子の人形のようにはっきりしたつむじを見つめた。が、すぐに頭を上げようとしたので慌てて目を戻した。華子がにこにこしている。その顔が崩れるのを心配しながらもう一度だけ風船を膨らませた。きちんと知っていたのだ。見られていることを。
(了)

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