掌編『7月31日(日)午後14時13分の公園』(1958字/SoC2)

 いかにも日曜の午後という――むかつく。子ども、子ども、犬、子どもは嫌いじゃない。かわいい子どももいる。わがままになる時もしょうがない――俺だって子どもの頃は……ないな。わがままを言った記憶はない。言えなかった。だからか、わがままな子どもを見ていると憧れみたいな、うらやましさ? むかつくのは親。殺したくなるのは。金切り声で叱る女とか命令口調の男とか、そういう親たち、殺したくなるのは……
 みんなの公園とかいう名前もむかつく――区役所の人間か、みんなという言葉の残酷さを知らない安穏とした家庭で育って、恵まれた暮らしを平凡だとグチるような、そういうタイプの人間の発想――学生の頃のバイト、ハンバーガーショップにいた女の喋り方に――暑いを超してる。じりじりと焼いてくる。肉を焼いたときの油のような、コテでひっくり返して鉄板に押しつけるような――汗でTシャツが湿っている。日陰。ベンチがとられている。ジジイだから許すしかない。もう一つ、あっちにある。それより、はやく片付けて帰ろうか。どっちにしろ、道はあっち。
 キャッチボールをしてる小学生ぐらいのとか、親子のとか、芝生をそれぞれのペアが分け合ってるようで、結果的に独占している。危ないから近づけない。自動販売機。トイレ。階段。スロープを使う。ちょっと日陰。桜の木――咲いていないと見向きもされない――カメラを撮る人たちは許せる――ときどき後ろに立ってるのに気づかずに道をふさいでいるのがいるけど、それは気づいていないだけ。気づいたらどいてくれる。「すいません」とも言ってくれる。みんな、桜は撮りたいのに樹の下にレジャーシートを敷いているやつら。お前の樹か? お年寄りが、歩行器っていうのかな、手で押すカートみたいなやつでスロープを歩いている。遅いからすぐに追いつく。少し大回りして追い抜く――前に自転車で車椅子の夫婦――妻が座っていて夫が押していて、横を過ぎたら怒鳴られたけど、怒鳴られた瞬間はむかついたけど、あとあと考えてみたら近くを速いスピードで通られるのは怖かったんだと、宅配の自転車のやつらに過ぎられて同じこと思った。
 たぶん、俺みたいな奴が人を殺して、頭のおかしい奴と思われたり、親とか育ちのこととかで――親のことが知られるのは嫌だな。でも、知られればいいとも。世間に顔向けできないような人間だということが晒されればいいと、でも、そんなこともないまま、中途半端におもしろおかしくネタにされて、俺の今この瞬間に考えていることなんて、誰も知るよしもなくて、勝手に人格がつくられて、都合のいいように他人を見る――俺だってそうじゃないか、今の俺だって。
 薬局の前。冷房が効いてそう。と、急ブレーキの音。振り返る。子どもが転んでいる。信号のない横断歩道。老人ホームの前の。走り去る車。高そうな――これも都合のいいように見ているのかもしれないけど、サングラスをした男が運転席にいるのが、俺の目の前を通るときに見えた。わざわざクラクションも鳴らしていった。子どもは無事、主婦っぽい人が起こしてあげている。あのサングラスを殺そうと思って、俺は走って追いかけていって、あのスピードじゃ追いつけなさそうだが――もし、あの子が数メートル前にいたら、あいつは犯罪者になっていたのに、たまたまならなかったというだけで許されて、あげくに自分の邪魔をされた腹いせにクラクションまで鳴らしていって、家に帰ったら――きっと高級マンションで、あの車も、車種とか俺は知らないけど、スポーツカーみたいな、普通のじゃなかった――たぶん、家も広くて、無駄にきれいな奥さんがいて――あのハンバーガーショップの女の喋り方で、お腹には赤ん坊――あの男が父親になって、それで、いつか公園に遊びに連れてきてキャッチボールをしたり、命令口調で、子どもは自分の思い通りになるオモチャか何かだと思っているような――父親が俺に殺されて、女はどう思う? あの喋り方で俺を罵るなら女も殺すか? でも、子どもは可哀想――こんな両親の元に生まれてくることの方が可哀想なのか?
 車は信号で止まっていて、俺は手に持っていた鉄のパイプのような固くて長い棒をフロントガラスに叩き落として、怒って車から出てきたところを野球のスイングみたいに顔面を――サングラスが飛んで地面に落ちる音。男は即死していて魚の死体みたいにアホに口を開けて、日曜の午後の真夏の日射しに、じりじりと焼かれていく。コテでひっくり返す者はいない。
 信号が青に変わり車が走り去っていった。車のナンバーが目に入って、数字はすぐに忘れたが「大宮」という文字だけが残ったまま、引き返して、薬局に入った。冷たい空気がTシャツの隙間に入りこんできて、背中をすうっと冷やして、何を買いに来たのか思い出す。

(了)

緋片イルカ 2022.7.30/テーマ「休暇」

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