掌編『あの日の海で』(1404字/SoC4)

 ああ、見たことある、このかんじ――デジャブ、デジャヴュ? どっちでもいい――
「……ったんだけど、どう?」
 話しかけないで、消えちゃう――
「ね、聞いてる?」
 聞いてる、お願い、黙って――
〝んん〟
 夢で見たやつ、じゃない小さいころの? 小学校の夏休み、プール――
「大丈夫?」
〝んん、ごめん〟
 なんか、なつかしい匂い――塩素、リトマス紙、理科じゃない。小学校の屋上プール。夏休み、八月の前半、夏休みで、四年生ぐらい、ゆっくりした時間。プールは苦手だったから、あまり行かなかったけど、その日は何でか行って――準備体操、足の裏が熱い。アスファルトを裸足で歩くのはそわそわ、水で濡れてるところは平気。
「どうしたの?」
〝ちょっとだけ待ってもらっていい、今、思い出せそうなことあって〟
「ああ、あるよね、そういう……」
 ずれてる、最初のかんじとずれてる。もっとぶよぶよした感触の記憶。記憶? 想像? あの日、どの日? シオリと行った海、千葉県の、海水浴場、名前わすれた、電車で。フランクフルトを食べた。シオリはかき氷、青、ブルーハワイ。唇がほんのり青く染まっていた。ケチャップこぼれた。マスタードの酸味。青、赤、黄色――信号。車の運転。それはちがう。つかめそうでつかめない。金魚掬い。ちがう、ドジョウとかウナギとか、つかんだことないけど――こぼれ落ちていく砂。あそこの砂は湿っていて黒かったから、ちがう。
〝ね、来週、海行かない?〟
「ええ? いきなり、どうした? 別にいいけど」
 むかしと今――
「時期的にどうなんだろ? あと天気次第?」
〝雨なら雨でいいよ〟
「まあ、別にいいよ。どこの海行く?」
〝千葉とか〟
「どこの?」
〝いや、知らないけど〟
「知らないのか、はは」
 笑い方、いつもの。
〝前に行かなかったっけ? 千葉のどこか〟
「私と?」
〝うん〟
「行ってないよ。他の女でしょ?」
 そうだっけ?
〝そうかも〟
「ええ、誰?」
 シオリ。シオリって誰だっけ?
「あ、黙った」
〝うそだよ。行ってないよ〟
「ほんと?」
〝ほんとだって〟
 本に挟む栞のような、記憶のシオリ。小説の中の登場人物。何てタイトル? 夏休みの読書感想文、図書室で、表紙は砂浜に置き忘れた浮き輪、赤と白のしましまの浮き輪、タイトルは――海、海が入ってた。痛っ、脇腹をつつかれた。
「昔の女のこと考える」
〝うん〟
「え……」
〝小学校のときに読んだ小説でさ、海で女の子と出会うんだよ。田舎に行くんだったかな。親がいないから、夏休みの間だけ、お祖母ちゃん家に預けられるって設定だった気がする」
「うん」
〝それで、一人でぶらぶら砂浜を歩いててシオリって女の子に出会って、遊んだりするんだけど」
「うん」
〝ある日、急にいなくなっちゃって……〟
「それで?」
〝どうなんだっけ……〟
「そこ、大事なとこ。タイトルわからないの?」
 スマホで調べる、その手があった。
〝なんとかの海とか、そんなだった〟
「範囲広すぎでしょ。他にないの?」
〝あと、シオリって、女の子の名前。児童書だと思う〟
 出るか? 自分で調べた方が早いか?
「これ? あの日の海で」
〝表紙の画像とかある?〟
 ――ちがう気がする。あらすじ、シオリ、ミキ、レイカは仲良し三人組の小学六年生。
〝ぜったいちがう〟
「うーん、他はそれっぽいのないな」
 ひっかかる。何か見つける方法――
「それより、お腹空いちゃったんだけど」
〝ああ〟
「さっきも言ったけど聞いてないし」
〝何食べる?〟
 記憶がこぼれ落ちていく、まあ、いいか。

(了)

緋片イルカ 2022.8.31/テーマ「あの日」

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