
小説『みそラーメンの味』(2104字)
「人間って本当に伝えたいことの一割も言葉にしないまま死んでいくのかもしれない」
「人間って本当に伝えたいことの一割も言葉にしないまま死んでいくのかもしれない」
なんやかんやあってNくんとは後楽園のジョナサンでダベっていた。いろんな店で外国人の店員さんが多くなって、注文が通じなかったというNくんのエピソードから、「日本にいるからって日本語が通じると思っちゃいけないですね」
私は夢日記をつけることにした。首を吊ったり線路に飛び込んだり、確実な方法は怖くてできない。戯れにリスカするぐらいが私の限界だった。日記をつけるだけでゆるやかに死んでいけるなら、ありがたい。
ふと見上げると月が赤かった。三日月のように細く鋭い弧が赤く光って、空に開いた切り傷みたいだった。狂おしくて綺麗だった。どんなものでも月は好きだ。
なかなか明けない梅雨に、ぐずぐずとしていた。今日こそは三、四時間は書こうと思っていたのに、今になってもまだ一枚も書いていない。
試験官には髪の毛が一本入っている。わたしのものだ。産婦人科医は目を細めて確かめると、『ご主人はどうします? 最近では精子から受精させる方もいらっしゃいますけど』
初めての〝ルーム〟は痛かった。ユータくんの言葉が体の奥にガシガシと響いてきて、わたしの存在が消えてしまいそうで、こわかった。
『部屋、行かない?』その意味を勘違いしたまま、わたしはOKしていた。
『ママ、もう寝るね』わたしはロキの部屋へ行って、ベッドの中にいる息子に額をつけた。今日の記憶を家族クラウドにバックアップするため。
〝本〟というものについては知っていた。マインドネットがなかった時代には、わざわざ文字というものを使って思考や感情を共有していた、と歴史ファイルにあった。