小説『ある夏の日の雨』(2813字)

 なんやかんやあってNくんとは後楽園のジョナサンでダベっていた。
 いろんな店で外国人の店員さんが多くなって、注文が通じなかったというNくんのエピソードから、
「日本にいるからって日本語が通じると思っちゃいけないですね」
 言語は思考の土台になるという話になって、英語では主語・動詞が必要だから主張と行動を重視するのに、日本語は主語を省略できるし、
「ちょっとそれは……」
など、重要なことはほとんど言葉にしないまま、相手に理解を求めるところがあるとか、ハングル語は文法に例外が少なくて合理的らしいけど、そういう言語で考えるとどういう気持ちなのだろうなどとなって、日本は雨が多い国なので、雨に関する言葉がとても多いとか、北斎や黒沢明の雨の表現の話などした。
 前に東大の赤門拉麺というものがあると教わって案内をしてもらって食べにいったことがある。それから夏目漱石『三四郎』から三四郎麺、美穪子麺というメニューもあると聞いて食べにいかなくてはと思っていて、この御盆休みの連休中に、Nくんが研究室に行く用があるなら、ついでで行きたいと言うと、行く用はないが行ってもいいというので、行くことになった。赤門拉麺のときに行ったYくんは帰省していて来られなかったが、行ってみると三四郎麺を出す食堂も御盆休みだった。それなら、前回みかけたハンバーガーショップへ行こうとなって、遠回りして三四郎池を通ると外国人らしい家族連れがいて、小さな子どもが亀を踏みつけていた。
 東大を出て信号で止まる。西日本には台風が近づいているが、こちらは降っていなかった。風はやや強い。暑いは暑いが、心なしか昨日よりはマシだと思う。太陽が雲に隠れることがあって、それだけでだいぶ違う。昨日も今朝方も、突然の土砂降りが何度かあった。私は昨日も出掛けたが、三、四回あったどの驟雨も室内にいるときに過ぎていて、建物からでたら地面が濡れているだけで、一度も濡れなかった。
 横断歩道の先、裏道に鳥居がかかっているのが見えて、そちらの道へNくんを誘う。小さな社があって「本郷薬師」と書いてあった。中を覗くと鬼ごろしやよく見る酒が供えてあった。
 さらに右曲がりの看板で三〇メートル先に十一面観世音菩薩とあるので行ってみる。
「三〇〇メートル先なら行かないけどね」
 菩薩様の頭上に小さな菩薩様がたくさん乗っていた。
 十一という数字にはどういう意味があるか知ってるかと聞くと、知らないというNくんに、
「これだから理系は……そんなことも知らないなんて」
と、ディスったが、私も答えを知らないことをわかっているNくんは聞き返してこないで笑っていた。
 桜木神社に脇から入って正面に抜けて、春日通りに戻ると目当てのハンバーガーショップだったが、店の前で待っている人をみて、二人とも萎えた。東大の方へ引き返そうか、前に来たときと同じ中央大学の方へ行こうかとなり、後者に決まる。
 ラクーアは家族連れでいっぱい。どの店も混んでいて空いているかどうか確かめる気力もでない。腹も減った。出店のかき氷やクレープが美味そうだったが、
「食事をしてからにしてください」
と言われて我慢。フードコートでも、あれだけ席があれば、二席ぐらいと思ったが、一つもなかった。遊園地に場違いなのは明らかに私達だった。
 白山通りに出て、向こう岸に食べ物屋が三軒並んでいて、どれでもいいから入れたら入ろうとなって、そうしてジョナサンに行き着いたのだった。
 食べて、ダベっているうちに例の豪雨がきたのが窓から見えた。また濡れなかった。
 涼雨になればいいのだが、むしろ空気が水気を吸って重たくなっている。汗でべたついた肌にまとわりついてくる。
 夜はしまうまさんと夕食をすることになっていたので、いっそNくんも一緒にどうだと誘ったが、何を話していいかわからないのでと断られた。しまうまさんの方でも同じことを言いそうだと思った。
 待ち合わせの巣鴨駅に向かう途中で、しまうまさんから、
「キャンドゥ行っててもいい?」
というラインが来たので「ご自由に」と返す。
 間に合うように店を出たつもりだったが東京メトロの後楽園駅とJRの水道橋駅が同じところにあると勘違いしていて、結局遅れることになる。
「商品買ってもいい?」
という、どうでもいいラインがきたので、無視して、駅を間違えたので遅れる旨を返す。よくよく考えたら駅を間違えてなくても間に合わない時間だったが、言うと怒られるので黙っておいた。
 隣の駒込駅に着いたら「ニューデイズ」と来ていた。巣鴨駅の改札前の店舗のことだ。
 到着するがいない。もう一度ラインを見ると「ゲーセン行く」とあって、サマルトリア王子か、と内心つっこむ。それと申し合わせたように、
「ドラクエ2みたいに王子を探してね」
と来た。サマルトリアという王子の名前を、しまうまさんは思い出せなかったらしい。
 合流して久しぶりの富士そば。しまうまさんは富士そば厨なので、巣鴨で飯を食べるときは毎回のように行っていたが、サイトを始めるようになったら、ラジオ録音のため新宿に行くことが多くなって、巣鴨で会うのは久しぶりだった。しまうまさんは改装してきれいになっているのを知らなかった。
 蕎麦を待っている間に、しまうまさんが驚くようなことをさらっと言う。
「え、ぜんぜん聞いてないんだけど」
「言ってないからね」
 蕎麦のあとにチキンを食べたいとなって、マックのナゲットか、ケンタッキーかとなったが、しまうまさんがナゲットはを食べすぎて気持ち悪くなったからなというので、ああ、あのときかと思う。
 ケンタッキーを食べてから、いつも行っていた、ここも久しぶりの喫茶店へ行く。いつも接客してくれたアラサー店員さんのことを、しまうまさんが勝手に劇団員と呼んでいて、彼がいるかどうかを賭けて負けた方が珈琲代をおごると言い出す。
 彼は地方出身に違いないと決めつけて、御盆の時期だからいないと私が言うと、しまうまさんはいる方でいいと言う。
 入口扉のベルがりんりんと鳴って、赤い絨毯のような低音で彼が迎えてくれた。
「ご自由な席にどうぞ」
 座ってから、
「そうか、近いうちに公演があって、稽古で帰れないのか」
と、私が言う。しまうまさんは香川県出身と設定していた。
「有名になったら結婚しようって言ってた子が、待ちきれずに結婚しちゃって帰りたくないんだよ」
と、妄想していた。
 しまうまさんと会うのも久しぶりで、前にやろうと思って、迷っていた読書会のことを話したら、やろうとなって、とんとん拍子に話が固まってよかった。サイトを始めてもう一〇ヶ月になる。とすると、この店に来るのも一〇ヶ月ぶりぐらいになるのか。
 店を出ると、地面が濡れていた。また例のが来ていたらしいが、やっぱり濡れなかった。私は運がいいらしい。生活のいろいろなことも、まあ、どうにかなるだろうと思う。いつもは苦手なタバコの臭いが服から薫ったが、今日はそれほど嫌に感じなかった。
(了)

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