キャラクターロールとアーキタイプ

物語論の過去のリストはこちら

前回の「心の旅」としてのビートの意義を考えるはこちら

前回、「心の旅」を経て成長をする者は「英雄」であると説明しました。
この「英雄」とはもちろん比喩的な意味です。性別や年齢も関係ありません。「決断し、自分と向き合い、変化を遂げた者」は、だれでも英雄なのです。
こういった物語上での行動や役割のことをロールとよびます。

キム・ハドソンは男性的なヒーローに対して、女性的な主人公としてヴァージンがいるのではないか?という発想から「ヴァージンプロミス」を設定しましたが、物語上の役割としての英雄とキャラクターのイメージとしての英雄を混同しています。結果、設定したステージはヒーローズジャーニーの焼き回しにしかならなかったのです(その一方で、女性的な主人公像に注目しているため、一つのストーリータイプを詳細に示している点は参考に値します)。

またハリウッドではボグラーの「ヒーローズジャーニー」型のストーリータイプが好まれるせいか、それに縛られすぎているのか、「主人公とは変化する者」という絶対的な言い方がなされます。これはハリウッド式の三幕構成の壁だと思われます。
ビートシートの記事で、欠点として「ビートと行為者(キャラクターロール)の関連が考慮されていない」と書きましたが、それについても説明していきます。

多くの物語において主人公のロールは「英雄」=「変化する者」です。しかし必須ではありません。まずは変化しない主人公の例を示します。

それは「探偵」というロールをもった主人公です。
シャーロックホームズのような、いかにもなイメージが浮かぶかもしれませんが、(しつこく言いますが)ロールというのは物語上の役割なので外見や設定は関係ありません。
ミステリー小説の探偵役を想像してもらえば、おわかりと思いますが、私立探偵だろうが、刑事だろうが、主婦だろうが、三毛猫だろうが、「謎を追究するために行動する者」はロールとしては探偵です。
主人公が「探偵」のロールをもっていれば、ほとんどがミステリーになります。
「謎」があり「真実」を知りたいと思う。主人公がそれを追求する。
このストーリータイプの場合、主人公が精神的に「不足」(※「アラン・ダンダスの物語の最小単位」参照)つまり、悩みや問題を抱えている必要はありません。情報の不足こそが「謎」だからです。その不均衡が解決したとき、事件は解決して物語もおわります。主人公が精神的に成長する必要などないのです。
もちろん、成長させてもかまいません。悲しい真実を知ることで「主人公は少し大人になったりする」。そんな主人公もいます。この場合、主人公は「英雄」と「探偵」の二つのロールをもっていると捉えます。
とはいえ、多くの「探偵」は変化も成長もしません。事件に悲しんだり、解決に喜んだりはしますが、一つの事件が終われば、また次の事件を引き受けるのです。「探偵」が変化するなら「探偵業を辞めてしまう」かもしれません。本当の変化とは、一度、変わったら戻れないものなのです。

次に、ロールはシーンによって変わるということをお話します。
たとえば、こんな物語。
主人公は結婚詐欺師で、ターゲットの女性を騙しています。しかし、騙しているうちに彼女の優しさに触れ、本当に好きになってしまいます。結婚を申し込む主人公(ミッドポイントです)。ところが「フォール」として、女性の友人が、主人公の過去の悪い噂を聞いて疑い始める。このシーンから友人は「探偵」というロールに変化したのです。友人は主人公が詐欺師かどうかの答えを出すまでは、追求することをやめません。
キャラクターのロールが変わると、物語に変化が起きるのでビートになります。

村上春樹の初期の小説では、主人公が探偵のロールをもっていながら途中で放棄します。真相が曖昧(読者の解釈)になり、代わりに女性キャラクターが唐突に「英雄」のロールに変化します。そして主人公は追求を放棄した罰かのように、女性に捨てられて喪失感を抱えたまま変化を拒みます。ヒーローズジャーニーが巧みにアレンジされてていて面白い構成です。これは「主人公は変化するものである」という固定観念に囚われているハリウッドでは、なかなかできない発想だと思います。(ちなみに村上春樹はオススメの本の中に『千の顔を」入れているほどなのでモノミスを意識しているのは明らかです)。

その他のロールをいくつか羅列します。
「アンタゴニスト」主人公の敵対者。
「メンター」主人公の指導者。
「サイドキック」主人公の仲間。いつでも味方する。
「スケプティック」主人公の仲間。皮肉屋。
「エモーション」主人公の仲間。感情的。
「クール」主人公の仲間。冷静沈着。援用

この辺りは、ハリウッドで使われる用語です。他にはユング心理学からの援用でアーキタイプを使う人も多くいます。

「グレートマザー」大いなる母。あるいは過保護。
「オールドワイズマン」年老いた賢人。
「トリックスター」裏切り者。ピエロのような
「アニマ」男性の中の女性。
「アニムス」女性の中の男性。
「シャドウ」自分の影。

アーキタイプはユング心理学での使われ方との混乱が大きいのでいくつか補足しておきます。

アーキタイプとは原型と訳されて、ユング心理学で用いられる概念です。キャラクターのように表現されていますが、これは捉えどころの心の動き(無意識の動き)を擬人化して捉えやすくしたものです。
「グレートマザー」といえば聖母マリアのようなイメージで母親の愛を象徴します。
いつも守ってくれる安全地帯で感情的に安寧をもたらします。幼少期にこの体験が不足すると心身の発達が遅れたりします。「母」というのも、英雄同様に比喩なので女性でなくてもいいし、血のつながった実の母でなくても構いません。なのでアーキタイプの理解には「母」のイメージに囚われすぎないことが大切です。この点はロールと一緒です。
「グレートマザー」は無償の愛を与えてくれる反面、強すぎる場合は過保護となり自立を阻害します。こういう場合は魔女のようなイメージで表現します。昔話の山姥なども、心理学的に解釈すればグレートマザーの一面です。

「トリックスター」といえば外見はピエロのようなイメージで、ジョークを言ったり非常識なことをして、ふざけているようにも見える反面、ときに真理をつくことを言ったりするキャラクターです。これを心理学のアーキタイプとしてとらえるなら、表層意識と無意識の中間にいて既成の価値観を壊す存在です。
「夢の中で嫌いな人が出てきて嫌なことを言う」とき、それは変化しようとしている自分の本心の表れでもあります(夢は自分の無意識が見せているのですから)。あるいは「信頼している人に悪口を言われる夢を見た」ときは、本心では変わらなくてはいけないと思っているといった心の現象をピエロが悪戯しているように捉えるのです。

「シャドウ」は自分の影です。表層意識の自分(自分が思っている自分)と無意識の自分(本当の自分)が解離していると、夢で嫌な人がいるなと思ったら自分だったとか、赤の他人の行動のように自分を眺めていたるといったことが起こります。それは深層心理から自分へのメッセージです。主人公がミッドポイントで成長するタイプのストーリーでは宝物は「シャドウ」を受け入れることとも言えるのです。それは無意識の自分と向き合いアイデンティティを確立することです。

こういったアーキタイプは物語との相性がよいため、様々な物語でキャラクターとしてそのまま使われたりします。この場合は本来の「無意識の活動の擬人化」という部分は切り放されて、単純なキャラクターのモデルとなっていますが、意味深に見えるので応用しやすいかと思います。

その他のロールは?
全部でいくつあるのか?

ロールをもっと具体的な特徴で挙げていけば「ライバルキャラ」とか「アル中の父親」とか「いじめっ子」と「いじめられっ子」「泣き虫」「熱血少年」「おませな少女」とかとか……どこかで見たようなキャラクターが、いくらでも出てきますし、キャラクターの設定や性格と境界はあいまいになってきます。

結局は、人間の数だけあるのです。
一人一人、感情や思想が違って、それぞれが悩みを抱えて生きているのだから、誰でも物語の主人公になれるのです。

物語の創作講座やアナリストを職業にしている人の中には、自分の理論を正当化するためのキャラクター論を展開している人がいますが、それは創作を狭めることになります。モノミスという構造とは違い、キャラクターを限定することはできません。パターンは10個しかありませんと言う人がいたら、11個目を創り出すのが作家です。

(緋片イルカ2019/01/19)

SNSシェア

フォローする