キャラクター概論18「言動決定要素③気質:気質ではキャラクターアークにならない」

これまで6つの言動決定要素のうち「気質」について考えてきました。前回は価値観との二面性として、表面的に明るいが、内心はビクビクしているOLを考えました。今回はそのつづきで、彼女のキャラクターアークについて考えていきます。

【OL英子のおさらい】
前回、あるOLについて、こんなシーンを考えました。名前は英子とします。

ある朝、職場へ行くと同僚の女性が旅行のおみやげを配っているが、なぜか自分のところへはやってこない。
「もしかして私だけ仲間外れ? 同僚は私のことを嫌っている?」
内向的でネガティブな反応をしています。そこで価値観が発動。

「笑顔は人を幸せにする」

彼女はニッっと笑顔をつくり、同僚の元へいく。
「なになに? どこか行ってきたの?」
同僚も笑顔で返して、おみやげをくれる。

この英子のキャラクターアークを描くとしたら、どんなアクト2(非日常)が考えられるでしょうか?

【英子先輩の笑顔って嘘くさい】
非日常とは、それまでの日常がうまくいかなくいなった状態とも考えられます。
英子は内心ビクビクしながらも、「笑顔は人を幸せにする」という価値観のもと社会生活を過ごしてきました。
それが通用しなくなるのがアクト2と考えられます。

同僚のB美は、なんとなく英子のことが嫌いではあったが、大人として表面的には付き合っていた。
そこへ、口の悪い後輩C子が入社。

「なんか、英子先輩の笑い方って気持ち悪くないですか?」

B美も共感。英子への社内イジメが始まる。

英子は変化・成長を迫られることになります。

【変化するのは価値観か気質か?】
具体的なシーン(ビートでいう「バトル」)はともかく、このイジメ問題を解決するには英子はどういう変化をしなくてはいけないでしょうか?

1「会社をやめる」
現実的では正解かもしれません。現実社会は物語のようにはいかないので、下手に頑張って体を壊すより環境を変えてしまう方が賢明です。しかし物語としては失敗です。
ハリウッド三幕法の概念では、旅(アクト2)に出ない主人公というのは、主人公足り得ないとされて無視されていますが、モノミスのキャンベルは旅にでない主人公として「眠り姫」の例をあげてしまいます。眠りは死を意味していて、成長(通過儀礼)への失敗は死を意味します。

2「助けてもらう」
これも現実社会では正解の一つです。しかるべきところへ助けを求めることで、問題が解決することはあります。しかし物語でいえばこれも失敗です。
民話では王子様がキスで目覚めさせてくれる受動的な主人公もいますが、やはり成長はしていません。白雪姫は王子様と結婚した後、また誰かに毒リンゴを食べさせられるかもしれないのです。サスペンス映画などで考えれば、主人公がピンチに陥った末に、すべてを警察が解決してくれるような展開です。観客・読者は拍子抜けです。

3「気質を変える」
ビクビクしていた英子は、自分を変えるため空手を習い始めます。心身ともに鍛えて、強くなった英子はイジメに屈しなくなる。これも失敗しそうな気配がプンプンします。
中高生ぐらいの男のイジメで肉体的なものであれば、ボクシングを習って成長していくというのはあり得ます。しかし、大人の社会の陰険なイジメではややズレているように感じます。では精神的な強さを求めてヨガや座禅を始める? これもなんだか物語としては胡散臭くなりそうです。読者・観客がみたいものはこれではないような気がします。
やや、現実的な気質の変化として考えてみると、

匿名のSNSで苛められている日常を愚痴る英子。ある日、お助け人を自称する人間から書き込みに助けられながらB美やC子への復讐を実行していく。

ドロドロのサスペンスとしてはありそうです。しかし、これは「キャラクターアーク」を必要しない物語タイプです。
変化させても構いませんが、メインプロットが「リベンジ」なので、英子という人間を描く物語ではなく、まるきり別ジャンルになってしまいます。

ここでは復讐を始める時点で英子の「気質」の変化が起きています。構成的に言えば「ミッドポイント」ではなく「プロットポイント1」で変化が起きてしまっているのです。
この場合、英子がアクト2(非日常)の経験を経て変化したのではなく、もともと持っていた英子の「闇の部分」がむき出しになったように見えます。
そういう意味では「成長・変化」ではないのです。

4「価値観が変化する」
キャラクターアークで変化するのは「気質」ではなく「価値観」です。これは以前にもお話しました。
英子は「笑顔は人を幸せにする」という生き方を変える必要があるのです。

そもそも、英子はどうして、そう思うようになったのでしょうか?

小学校のとき、英子は仲間は外れにされて孤独感を味わったことがある。
そのとき、担任が「笑顔でいれば友達は寄ってくる」と諭し、そのときのイジメは解決した。

これはキャラクターコアとも呼べます。
英子が、今回学ばなくてはいけないのは「笑顔だけでは解決できない大人の問題もある」ということなのかもしれません。

英子がへらへらと笑うことをやめて怒ったら?
「C子、あんただって、男に媚びうるのやめたら?」と冷たく言ったら?
あるいは、笑顔をつくれず涙を流したら?

周りのリアクションは変わってくるでしょう。イジメがもっと酷くなることもあるかもしれません。
それでも「笑顔でいればいい」という単純な価値観が通じないということは学んだのです。
もちろんハッピーエンドで終わらせるなら「やっぱり笑顔も大事」というアクト3にもっていきますが、それでも「笑顔だけではダメなことがある」と学んだのです。

この変化の過程で、英子の「気質」は変化したでしょうか?
おそらくしていません。
ときには追いつめられて、普段しないような行動もとったりはしても、やはり英子は英子なのです。
「笑顔だけではダメ」と学びつつ、内心はビクビクしているのです。それでも、最初よりはうまく対処できるようになっている。それが成長です。

5「周りを変化させる」
これは英子をフラットなキャラクターアークとして描く場合の例外です。フラットなアークとはつまりは主人公は変化しないので、英子の価値観も気質も変わりません。「笑顔が人を幸せにする」という価値観のまま、イジメられても変わりません。するとC子の方で「英子先輩の笑顔、最初はイラっとしたけど、いつも笑顔でいるのって大変ですよね。なんだか癒やしに感じられてきました」などと、周りが理解を示して変化していくパターンです。「笑顔」というポジティブなテーマを強くなげかけるときには、このタイプのアークで描く方法もあります。

次回は……キャラクター概論19「言動決定要素③気質:体質として考える」

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緋片イルカ 2019/07/27

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