「孫悟空」(キャラクター分析#6)

【冒険物語からバトル漫画へ】
超人気コミックス『DRAGON BALL』は、ご存知のとおり長期連載の中でストーリータイプが大きく変化しています。
物語のスタートはドラゴンボールを七つ集めると願い事が叶うという冒険譚から、途中からはバトル漫画となって数々の強敵と戦って地球を守ります。ストーリータイプが変わるなかで、主人公の孫悟空がどう変化していっているかを考えてみます。

以下はWikipediaにある大きな分類です。

孫悟空少年編
地球の人里離れた山奥に住む尻尾の生えた少年・孫悟空はある日、西の都からやって来た少女ブルマと出会う。そこで、7つ集めると神龍(シェンロン)が現れ、どんな願いでも一つだけ叶えてくれるというドラゴンボールの存在を、さらに育ての親である孫悟飯の形見として大切に持っていた球がその1つ「四星球(スーシンチュウ)」であることを知り、ブルマと共に残りのドラゴンボールを探す旅に出る。 人さらいのウーロンや盗賊ヤムチャなどを巻き込んだボール探しの末、世界征服を企むピラフ一味にボールを奪われ神龍を呼び出されるが、ウーロンがとっさに言い放った下らない願いを叶えてもらうことで一味の野望を阻止する。

その後、悟空は旅の途中に知り合った武術の達人・亀仙人の下で、後に親友となるクリリンと共に8か月間にわたる修行を積み、その成果を確かめるために世界一の武術の達人を決める天下一武道会に出場し、変装して出場していた亀仙人に敗れるも準優勝を果たす。 悟空は再び修行の旅へと出発し、ドラゴンボールの悪用を企むレッドリボン軍との闘いや、孫悟飯との再会などを経てさらに強さを増していく。さらに3年後の天下一武道会では、亀仙流のライバルである鶴仙流の天津飯(てんしんはん)と闘うが、あと一歩のところで敗れ、前回と同じく準優勝に終わる。

ピッコロ大魔王編
天下一武道会終了後、ピラフ一味によって復活したピッコロ大魔王によって、クリリンや亀仙人など悟空の仲間たちや多くの武道家たちが殺される。悟空は仇を討つため、道中に出会ったヤジロベーや仙猫カリンの協力を得て命を賭して潜在する力を引き出し、ピッコロ大魔王に闘いを挑み勝利する。闘いの後、悟空はピッコロ大魔王に殺された神龍や仲間たちの復活のため天界へ向かい、ドラゴンボールの創造者である神に会う。そこで神龍復活の条件として、神の下で天界で修行することとなった。

その約3年後、少年から青年へと成長した悟空は、天下一武道会の会場で仲間たちと再会。試合では、少年時代に出会った際に「嫁にもらう」と約束していた牛魔王の娘・チチと再会しその場で結婚。そして武道会に出場していたピッコロ大魔王の生まれ変わりであるマジュニアと決勝戦で激突、これに勝利し初の天下一武道会優勝を飾る。

サイヤ人編
ピッコロ(マジュニア)との闘いから約5年後、息子の孫悟飯を設けて平和な日々を過ごしていた悟空のもとに、実兄ラディッツが宇宙より来襲し、自分が惑星ベジータの戦闘民族・サイヤ人であることを知らされる。さらわれた孫悟飯を助けるため悟空は宿敵ピッコロと手を組み、自らの命と引き換えにラディッツを倒すが、約1年後にはさらに強力なサイヤ人たちがドラゴンボールを求めて地球に来襲することを知る。

悟空はドラゴンボールによって生き返るまでの間、あの世の界王の下で修業し、仲間と共に地球に強襲したサイヤ人の戦士ナッパと王子であるベジータを迎え撃つ。悟空は修行により増した力でナッパを一蹴し、ベジータと決闘。仲間の協力もあり、何とか辛勝し撤退させるが、多くの仲間を失うとともに、ピッコロの戦死により彼と一心同体であった神も死亡し、地球のドラゴンボールも消滅する。

フリーザ編
地球の神と殺された仲間たちを甦らせるため、重傷で入院中の悟空に代わり、悟飯、クリリン、ブルマの3人が神とピッコロの故郷であるナメック星へ向かう。だが、そこには地球で闘ったベジータや、界王すら畏怖する宇宙の帝王フリーザとその一味が不老不死を求めて来襲し、ナメック星人を虐殺しながらドラゴンボールを略奪していた。悟飯たちはベジータ、フリーザ一味とのドラゴンボールをめぐる三つ巴の攻防の末、後から到着した悟空とナメック星人たちの協力を得てナメック星の神龍・ポルンガを呼び出し、ピッコロと地球のドラゴンボールを復活させる。

出し抜かれて願いが叶えられなかったフリーザは激怒し、一行は対決を強いられる。フリーザの持つ圧倒的な力の前にはベジータやピッコロ、悟空すら歯が立たず仲間たちが次々と命を落としていった。怒りを爆発させた悟空は伝説の戦士・超(スーパー)サイヤ人へと覚醒。フルパワーを解放したフリーザに勝利する。ポルンガによって地球に帰還した悟飯たちは復活したドラゴンボールによりサイヤ人やフリーザ一味に殺された人々を蘇生させた。一方の悟空も爆発するナメック星を辛くも脱出、ヤードラット星に漂着し一命を取り留めた。

人造人間・セル編
ナメック星での闘いから約1年後、密かに生き延びていたフリーザとその一味が地球を襲撃するが、謎の超サイヤ人によって撃退される。トランクスと名乗るその青年は、自分は未来からやってきたブルマとベジータの息子であることを明かすと同時に、3年後に現れる2体の人造人間が絶望の未来をもたらすことを告げる。来るべき日に備えて3年間各々に修行してその日を迎える悟空たちであったが、事態はトランクスが知っている歴史とは大きく違うものとなり、彼さえ知らなかった人造人間たちまで現れ、さらに究極の人造人間セルが未来から出現。悟空らの想定を遥かに超えた戦士が続々と現れた。

人造人間17号と人造人間18号を吸収することで完全体となったセルは地球の命運を賭けた武道会「セルゲーム」の開催を全世界に宣言する。悟空らは天界にある一日で一年の修行が行えるも過酷な環境に晒される「精神と時の部屋」で修行し、強さを増してセルゲームに臨むが、悟空はこのセルとの闘いの中で地球を守るために命を落とす。だが、その遺志を受け継いだ息子・悟飯が超サイヤ人2へと覚醒、父・悟空の幻影と共にかめはめ波を放ちセルを撃破。セルゲームを制した悟飯たちは、ドラゴンボールによりセルに殺された人々を蘇生させるが、悟空は生き返りを拒否し、あの世に残ることを選ぶ。

魔人ブウ編
セルゲームより約7年後、高校生に成長した悟飯が天下一武道会に出場することを知った悟空は、自らも出場するために1日だけ許しを得てこの世に戻る。天下一武道会の最中、悟空たちは界王よりもさらに高位の存在である界王神から、恐ろしい力を持つ魔人ブウの封印が解かれようとしていることを知らされる。復活した魔人ブウにより悟飯やベジータが倒され、悟空はあの世に帰ったため、地球の命運は悟空の次男である孫悟天と少年トランクスの幼い二人に託される。

一方、魔人ブウは様々な人間との出会いからより邪悪で強力な魔人へと変貌。悟天とトランクスが「フュージョン(融合)」して誕生した戦士・ゴテンクスや、潜在能力を解放し、パワーアップを遂げて帰ってきた悟飯らが応戦するが、次々と姿を変えていく魔人ブウに苦戦を強いられる。危機に陥った悟飯らを救うため現世に舞い戻った悟空とベジータは、界王神界で真の姿となった魔人ブウとの最終決戦に臨む。ドラゴンボールの協力もあり、地球・ナメック星・あの世の人々のエネルギーによって作り上げられた超特大の元気玉によって魔人ブウは完全に消滅する。

それから10年後、悟空は孫のパンと共に天下一武道会に久しぶりに出場し、魔人ブウの生まれ変わりである少年・ウーブと出会う。悟空はウーブと共に見果てぬ強さを追い求めて修行に旅立ち、物語は幕を閉じる。

【孫悟空の成長アーク/ボディガードからサイヤ人へ】

「孫悟空少年編」の孫悟空は、山奥で育てられた野生児。尻尾が生えていて、月を見ると大猿になって理性を失い暴れ出すという設定もありました。そんな孫悟空の元にやってきたのがドラゴンボールを集めているブルマ。
悟空の強さを見込んで、ボディガードとして冒険に連れ出します。この時点でストーリーを動かす目的(WANT)を持っているのはブルマの方です。孫悟空を動かしているのは外の世界を見てみたいという「好奇心」です。これは冒険物の主人公が持っている特性です。読者の視点とも重なります。鳥山明の描く独特な世界を見てみたい、ドラゴンボールが集まったときに何が起きるのか見てみたい、と。もしも、孫悟空が「死んだ(育ての親の)孫悟飯を生き返らせたい」というような目的を持っていたら、いずれはブルマと対立することにもなり、ストーリーにギスギスした緊張感が生まれたでしょう。孫悟空の天然ともいえる性格が、物語のトーンにつながっています。


「ピッコロ大魔王編」のラストではチチと結婚します。「結婚」は神話や民話においては成長の達成を意味することが多くあります。心理学ではエディプスコンプレックスを克服した証としても捉えられます。孫悟空もチチと結婚することにより、少年時代は終わります。神様に尻尾を抜かれて二度と生えないようにもなっています。本能のままに暴れるという欲求を抑えられる大人になったといえます。


「サイヤ人編」では息子の孫悟飯が生まれています。地球侵略にきたサイヤ人たちから地球を守るという「ボディーガード」の役目は引き継がれています。ラディッツとの戦闘で孫悟空は死にます。世代交代ともいえるエピソードです。その後の「フリーザ編」でナメック星へ行くのは孫悟飯ですし、そこで改めてドラゴンボール集めが始まるところも、孫悟空が冒険に出たのと重なります。状況が大きく違うとはいえ、改めてブルマが同行しているのも面白い一致です。
しかし孫悟飯はフリーザを倒せません。幼すぎたとも、敵が強すぎたとも言えますが、ここでは再び父である孫悟空がでてきて、決着をつけます。強大な父親が、息子の成長の機会を奪っているように見えなくもありません。
また、戦闘民族サイヤ人という出生の秘密が明らかになり、少年時代にもっていた好奇心は「強い奴と戦ってみたい」と変化してきます。後述しますが、これは他のサイヤ人と比べたときの孫悟空の特徴といえます。

「人造人間・セル編」で、孫悟飯は父の助けを受けながらもセルを倒し、ようやく成長を遂げます。孫悟空は死んだままとなり、孫悟飯のハイスクール生活が始まります。将来の結婚相手であるビーデルと出会っていきますが「魔人ブウ編」では、再び父親・孫悟空の力を借ります。父と対立する展開も見てみたかった気もしますが、優等生の孫悟飯の「好奇心」は戦いよりも知。サイヤ人と地球人のハーフであるせいか戦闘民族としての気質も弱いのかもしれません。

【サイヤ人のエリート・ベジータの苦悩】

息子の孫悟飯と同じく、孫悟空を超えられなかったのがサイヤ人のエリートであるベジータです。
地球を侵略にきた宇宙人でありながら、同じサイヤ人であり、自分より強い孫悟空との出会いでベジータの目的は変化します。プライドの高さと、戦闘民族としての本来の気質が、ベジータの特徴といえます。孫悟空が「強い奴と戦ってみたい」「地球を守りたい」といった単純な動機に基づき、天然キャラの天才型だとしたら、ベジータは孫悟空に勝つためには「手段を選ばない」「努力を惜しまない」ような秀才型です。
その頑張りや、ちゃっかりブルマと結婚してるようなプライドの高さと反するような行動がおちゃめにも見えるのは、読者の共感を誘います(これは完璧に近いキャラクターには欠点をつくることで親しみを覚えさえる法則として機能しています)。「魔人ブウ編」では孫悟空こそがナンバー1だと敗北をみとめるスポーツマンシップに則るような発言もします。このあたりが、ベジータというキャラクターの人気につながっています。

戦闘民族サイヤ人という設定でありながら孫悟飯やベジータと比べてみることでキャラクターの育ちや個性の違いが見てとれるのも面白いです。

【ストーリーとキャラクター分類】
少年編の「ドラゴンボールを集める」というアドベンチャー展開はブレイク・スナイダーの10のストーリータイプでは宝物を求める金の羊毛というタイプにあたります。物語の構造的には「インディジョーンズ」シリーズのようなものです。ストーリーを動かしているのはブルマの「ドラゴンボールを集める」という動機です。孫悟空がボディガードとして付き添うには理由は「外の世界を見たいという好奇心」です。インディジョーンズ博士が考古学に対する好奇心と同様です。アドベンチャーものの物語の主人公が持っている基本性質です。

大人に成長した後(サイヤ人編以降)のバトル展開は構造的には「ロッキー」のようなスポーツものと同じです。強い敵と戦わなければならない。そのために何を賭けるか? どうやって勝つか?。「地球や命をかけたバーリトゥード」というスポーツとも言い替えられます。この展開では主人公が戦う動機が求められます。
ロッキーがエイドリアンへの愛を賭けたり、アメリカという国へ威信をかけたり、ロッキー・ザ・ファイナルでは息子に向けて最期の戦いを見せるといった人生ドラマがあります。この場合、「スポーツもの×通過儀礼」という二重構造になります。一方、ドラゴンボールのようなバトル漫画では、動機はそれほど重要ではなく「地球を守る」といった単純動機で成立しますが、むしろ「どんな強敵」が現れるかがポイントです。それは「フリーザ」「セル」「魔神ブウ」といった強敵のキャラクターがそのままシークエンスの名前になるのと関連しています。誰がどうやって倒すかが読者の興味になります。

個人的には好きな「孫悟飯のハイスクール編」は恋愛プロットや部活漫画といった学園ものとして展開していけば物語としては成立します。。同作者でいえば「Dr.スランプ」のような展開にもっていくことです。しかし、それまでのストーリーの流れやファンの気持ちから、それを展開するのは不可能に近かったと思われます。すぐに強敵が現れてストーリータイプが戻りました。

緋片イルカ 2019/12/05

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