魅力的なキャラクターとは?(キャラ#56)

※この記事は何度か書きかけて、放置していたものなので、まとまりがないと思います。

創作のセオリーでは「主人公には感情移入させなきゃいけない」などと言われます。

言うは易く行うは難しで、理屈はわかっても、人間を魅力的に描くのは、実はめちゃくちゃ難しいことです。

「物語のキャラクター」としてではなく「現実の人間」として考えることから、キャラクターの魅力を探ってみます。

現実で「誰かに好きになってもらいたいとき、あなたはどうしますか?」

そういった問いへの答えが魅力的なキャラクターを書くヒントになると思います。

第一印象をよくする

あなたが初対面の人に、良い印象をもってもらいたいとき、どんなことに気をつけますか?

「身なりに気をつける」

「言葉遣いに気をつける」

「笑顔を心掛ける」

仕事の面接や、お見合の顔合わせ、婚約相手の親に会うといったシチュエーションを思い浮かべていけば、もっと細かいことも見つかるでしょう。

世の中には最低限のマナーや常識があります。これは減点されないための基準です。

この基準をクリアしていないと、第一印象で「なんだ、この人? 常識ないの?」と思われます。

みんながスーツで面接に来ている場にTシャツ短パンで来るとか、初対面の人にいきなりタメ口とか、しかめっ面で舌打ちとか、印象悪いですよね?

マナーや常識に気を遣うということは、相手に対して「あなたとの関係を良くしたい」という好意的なメッセージです。

知らなくてルールを破ってしまうのは仕方ないでしょうが、知っていて守らないは敵意と受け取られても仕方ありません。

相手は「若いからしょうがないか」とか「何か特別な事情があるのかな?」と慮って(おもんばかって)くれる人もいるかもしれませんが「こんなやつ、ダメだ」と第一印象だけで決めつけられることもあるでしょう。

好きになってもらいたいなら、マイナス要素は少ない方がいいに決まってます。

さらに言えば、第一印象が普通以上に良ければ「加点」されることもあるでしょう。

ただ「身なりに気をつけている」だけじゃなく「すごく上品な雰囲気」「センスがいい」。

ただ「言葉遣いが丁寧」なだけでなく「気の効く人」「やさしそうな人」などと思ってもえれば、印象はプラス評価です。

その最大限のものは「一目惚れ」でしょう。

恋愛対象だけでなく、その人の魅力に惹きつけられて初対面とは思えない扱いをしてしまうような場合も「一目惚れ」と呼んでいいでしょう。

物語では「描写」の仕方を間違えるとルッキズムに繋がりかねないので、注意は必要です。

勇希を出して行動すること

アメリカ映画でよくあるシーン、パーティーで男女がお互いを気になったとします。第一印象は合格。

けれど、連絡先を交換しなければ始まりません。

勇希をだして「今度、〇〇へ行きませんか?」なんて声をかければ、二人の関係は発展します。

第一印象が悪かったとしても、時間をかけて相手を知るうちに惹かれていくということは往々にしてあります。

あなたが、その相手に好かれたいなら、勇希を出して踏み出すことが必要でしょう。

これは、物語の主人公の要件の一つと言えるかもしれません。

頑張っているから応援したくなるのです。

踏み出したいけど踏み出せない、という主人公のタイプもあります。

この場合でも少なくとも「踏み出したい強い気持ち」は必要でしょう。

そういう人であれば、周りが背中を押してあげたくなります。この「押してあげたくなる」という気持ちにさせれば、もう観客は感情移入していると言えます。

ふてくされてばかりで「どうせ、自分なんかダメなんだよ」と行動も起こさず、「いつか、きっと……」と願ってもいないような人を現実でも応援したくなるでしょうか?

長い付き合いで、その人の過去まで知っていたりすれば、友人として応援したくなるかもしれません。本当は良い奴なんだ、というパターンです。

物語では、それならそうと、主人公の過去をしっかりと伝えるセットアップが必要です。

安直な回想になりがちなのでテクニックの工夫がいりますし、わかりやすく頑張っている人よりも描写も繊細になり難しいとは言えそうです。

誠実であること

上記の流れを汲んで「一目惚れ」して「関係も始まった」とします。

関係を続けるときに問題になってくるのは「誠実さ」でしょう。

恋愛や夫婦関係において「浮気」や「不倫」は悪徳とされます。

そういうものを許容できる価値観の人もいるでしょうが、一般的には多くの人に嫌われます。

他にもポイ捨てのような自分勝手なマナーとか、癇癪による怒声や暴力なども嫌われるというか、場合によっては犯罪行為です。

こういう人は見ているだけで不快に感じる人が多く、物語の主人公にするには相当の腕がいるでしょう。

世の中には偏見のかたまりで、ある種の人間を絶対に認めないという人がいます。生理的に無理という表現などもそうでしょう。

弱者に対する差別だけでなく、嫌われる人に対しての差別というのは僕の創作テーマの一つでもありますが……それはともかく「誰かに好きになってもらいたいとき、あなたはどうしますか?」という議題でした。

恋愛でも友情でも仕事でも、良好な関係を維持したいとあれば相手に対して誠実であるべきでしょう。

主人公にもそういう言動をとらせるべきです。

自分から見て誠実に描いていても、作者自身が無意識に差別的な視点をもっていると、それがセリフなどに滲み出てしまうということがあります。

良い物語を書くことは、作者自身が社会と向き合っていく過程なのかもしれないと最近はよく思います。

変化のリアリティ

作者の人生観はキャラクターアークにも関わります。

人間が「変わる」ということは、本当はとてもむずかしいことです。

成長というとトレーニングをして技術を身につけるイメージを抱きがちですが、精神的な成長というのは「変化」ではないでしょうか?

性格の変化までは難しいかもしれませんが、それまでの価値観を変えて、生き方を変えようとするぐらいの「変化」こそ、ドラマに求められるものです。

変わるということは、古い価値観を否定して、捨て、新しい価値観に従って生きていくことです。

古い価値観といっても、本人にとっては、それまでの人生では正しいと思って、信じて生きてきたルールです。

それを否定され、さまざまな負の感情がうずまき、新しい価値観がいいと思っても、心のどこかでは前に戻りたい気持ちを捨てきれない(ビートでいえばMP~フォールです)。

人間の変化とは、そういう苦しいものです。

こういうことを感覚としてもっていない人は、とってつけたような変化を描きます。リアリティがないのです。

これは現実で考えるのであれば、浮気した恋人が「もう二度としない」と謝って土下座したとして、それを信じられるか?ということに近いでしょう。

現実では「そういう人ってたいてい繰り返すよね」なんて言われがちです。

けれど、何度か過ちを繰り返してしまっても、何回目かで変われる人もいます。

回数の問題ではなく、本当に「変化」したのかの問題なのでしょう。現実では周りの人との出逢いや、環境での影響が大きいでしょう。

観客は、物語のキャラクターに対しては平気で暴言を吐きます。現実の人と思っていないのです。

現実では怪しいなと思っていても口に出さなかったり、「きっと何か理由があるんだ」なんて自分を誤魔化したりしがちです。

ですが、物語という「切りとられた時間」(編集された時間)を見せられたとき、それは一つの人物像になってしまうのです。

シーンに描かれていることまで想像してくれる観客はなかなかいません。

現実では、どんなに悪い人でも良いことをすることがあるし、良い人と言われてる人でも辛くてイライラしてしまった時などには声を荒げたりするでしょう。

けれど、物語、とくにエンタメでは、人間を単純化、画一化する方がわかりやすく、共感されやすくなります。

その時代のヒーローとはある意味、大衆の価値観を背負わされているだけなのかもしれません。

文学的な作品では、こういう価値観に抗おうとして、それこそが文学の価値です(ただし文学といってエンタメしているだけのエセ文学には注意。また文学=小説という意味に限らず、文学的な映画というのもある)。

そういうものは、一般的な商業ベースでは売れないのでしょうが、リアリティのある本物の人間はそういうものに多く描かれています。

話を戻します。

現実で「誰かに好きになってもらいたいとき、あなたはどうしますか?」という観点でした。

「第一印象」→「一歩踏み出して関係が始まり」→「誠実さで関係を維持する」という流れでした。

この先の「リアリティのある変化」というのは、結婚や出産、老い、そして死といった、多くの人が体験していく人生のエピソードにつながります。

人生に永遠はないので、いつかは大切な人を失うかもしれないし、先に自身に死が迫るかもしれません。

リアリティのない物語、きれい事では乗りこえられないものが、人生にあります。

そういうものに立ち向かっている人間を目にしたとき、感情移入を越えたものを感じます。

それは神話論でいう英雄、安直な意味でのヒーローではなく、真の英雄です。

もちろん簡単なことではありません。

作家自身も覚悟を決めて、人生を生きる必要があるでしょう。

作者の無意識がセリフなどに滲みでるという話をしましたが、同様に、作者が真剣に生きていれば、その真剣さが作品にも滲み出てくるのかもしれません。

緋片イルカ 2023.8.28

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