『キミへのバースデープレゼントだよ』
呼び出された公園へ行くと、ユーリは四角い板のようなものをぼくにくれた。赤い布張りの表紙に金の刺繍で、なにか記号が書かれていた。
『本だよ』
ユーリが白い歯をみせて笑った。
〝本〟というものについては知っていた。
マインドネットがなかった時代には、わざわざ文字というものを使って思考や感情を共有していた、と歴史ファイルにあった。
ぼくが気になったのは、こんなものをユーリがどこで手に入れたのかということだった。
思うと同時に、ぼくの疑問はユーリに共有された。
『学校の西に砂漠があるだろ。あそこは大昔には図書館だったんだ。本なんていくらでも捨ててあるよ。誰も興味ないからね』
ぼくはユーリの贈り物を見つめて、そっと表紙を捲った。
『これが文字……』
茶色く染みのできた紙に小さな昆虫が湧いてるみたいだった。クラクラする。
『古代人は、こんなものを介さないと精神共有できなかったんだね』
『エラーが多かったろうね』
思考と言葉が矛盾する〝嘘〟なんていうものもあったらしい。
『信じられないよ。こんな不便なものを使ってコミュニケーションしてたなんて……』
『今だって変わらないさ。便利になっただけで、他人の心の底はわからない。人間はいつでも孤独なんだ』
ユーリを見ると青い瞳がぼくを見つめてる。
するりとユーリの細い指が近づいてきて、僕の耳たぶをつまんだ。
鼓膜の奥でチッチッと電気が跳ねる音がして、僕はネットワークから切り離された。
『なにするんだ!』
ぼくは不安になって睨んだけれど、思考はもうユーリに届かなかった。
ユーリも自分の耳たぶをつまんだ。
風が吹いて葉の揺れる音が、きこえた。
ぼくとユーリだけの世界が生まれたみたいだった。
それからユーリが顔を近づけてきて、唇を、ぼくの唇にくっつけた。
「キスって言うんだよ」
ユーリの声を聞くのは初めてだった。
(了)
緋片イルカ2019/04/02
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