小説「カムフラ」

小説「エンシェントスクリプト」

『ママ、もう寝るね』
 わたしはロキの部屋へ行って、ベッドの中にいる息子に額をつけた。今日の記憶を家族クラウドにバックアップするため。
『ロキ、接続を切った? 記憶のブランクがある。公園にいるとき?』
『ユーリとふざけてたら切れちゃったんだ。でも、すぐに繋いだよ』
『気をつけなさい。もしもマインドネットから切れてるときに誘拐なんかされたら……』
『ごめんなさい』
 まさか十二歳の子どもが〝カムフラ〟をいれてるなんて、考えすぎだろう。
 あの人じゃあるまいに……。
『今日は遅くなる』
 取引先への接待があるとかで、参加予定者の情報とお店の地図まで送られてきた。いかにもカムフラが作りそうな設定。女の勘はAIより鋭い、とは言うものの確かめることはできない。
 ネット記事。
 ある妻が浮気の証拠を押さえようと、夫が『今いる』という店に乗り込んだ。しかし店に近づくたびに、夫は何かと理由をつけて移動してしまう。
 どうやら一キロ圏内に入ると移動するプログラムになっているらしいと突きとめた執念深い妻は、そこでオフラインにして店まで全力疾走した。マインドネットに繋いでなければタクシーも使えない。
 それでも夫の嘘は暴けなかった。妻がオフラインになった時点で、夫にアラートがいっているらしく巧みにアリバイが作られてしまう。
 夫だけならともかく、人工知能が手助けしてると女の勘でも太刀打ちできないのだ。
『先に寝てるね』
 夫に伝えて、わたしはベッドに沈んだ。
 久しぶりに夢を見た。人工的な夢じゃなくて自然に見る方の。
 わたしは蝶になって野原を飛んでいる。ふわふわして自由できもちいい。
 突然、縛られたように動けなくなる。顔を倒すと蜘蛛がいる。わたしは蜘蛛の糸にひっかかってしまったらしい。
 蜘蛛は丸い口先をもぞもぞ動かして、何かを語りかけているようだが聞こえない。
『ママ、助けて』
 見るとロキも夫も糸に絡まっている。
 わたしは、そこで、
「みんな繋がってる」
と、思って妙に安心したところで目が覚めた。
 隣では夫が眠っていた。
 わたしは寝ている夫の顔に額をつけようと近づいたが、こわくなってやめた。

(了)

緋片イルカ2019/04/03

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