『母という病』岡田尊司(読書#18)

母という病 (ポプラ新書)

うつ、依存症、摂食障害、自傷、ひきこもり、虐待、離婚、完璧主義、無気力、不安……。本当の原因は「母という病」にあった――。

前回、ご紹介した『生きるのが面倒くさい人 回避性パーソナリティ障害』につづき、愛着障害の問題を母と子どもの関係から読み解いている本です。

 愛着形成が、子どもの成長や発達において、命にかかわるほど重要な問題だということを如実に示したのは、イギリスの心理学者ハリー・F・ハーロウの有名な実験だ。
 アカゲザルの子どもは、母親がいないとほとんど育たず死んでしまう。しかし、母ザルの人形を作って与えると、仔ザルはその人形に抱きついて、どうにか育つことができる。抱っこして掴まれる存在が、生存のために栄養と同じくらい必要なのだ。
 ハーロウは、柔らかい布でできた人形(ソフトマザー)と、硬い針金でできた人形(ハードマザー)を作り、どちらにでも掴まれるようにした。
 ハードマザーの方には、ミルクが飲めるように哺乳装置を取り付けたにもかかわらず、仔ザルが圧倒的に長い時間を過ごしたのは、ソフトマザーだった。
 柔らかい感触をもった、居心地のいいスキンシップを必要としているのだ。
 しかし、母ザルの人形に掴まってどうにか成長しても、母ザルに育てられなかった仔ザルは、不安が強く、誰とも交わろうとせず、社会的行動を行うことができなかった。
 それでも、何とか同年輩の仔ザルと遊ばせることで、ある程度社会的行動を発達させることができたが、どうしてもうまく身につかないことがあった。それは、正常な異性愛や子育ての能力だったという。
 母親に育てられなかった仔ザルは、性的な営みで躓くか、万一仔ザルが生まれても、育てようとしない。

もちろん、人間がその限りではありませんが、1歳までの愛着形成がときに生涯にわたって影響を及ぼす可能性があるのだそうです。

 最近の研究によると、日本人などアジア系の子どもでは、白人の子どもなどに比べて、不安の強い遺伝子タイプの持ち主が多く、母親のかかわりの影響を、欧米人以上に受けやすいことがわかってきた。
 不安の強い遺伝子タイプをもつかもたないかによって、愛情不足に敏感なタイプと平気なタイプの違いが生れる。前者は、親の影響を引きずりやすく、後者は、どんな育てられ方をしようとあまり関係ない幸福な人だ。
 白人は、鈍感なタイプが六割を占める。日本人などのアジア人種は、割合が逆で、三分の二が敏感なタイプだ。

『生きるのが面倒くさい人 回避性パーソナリティ障害』では子どもの愛着のタイプが紹介されていましたが、こちらでは成人のタイプが紹介されていました。

 成人の愛着スタイルは、子どもの愛着タイプとは、少し異なる名称で呼ばれる。子どもの抵抗/両価型に相当するのは、とらわれ型、または不安型だ。一方、回避型は、愛着軽視型とも呼ばれる。さらに、混乱型に相当するのは、未解決型だ。これらすべてを含めて不安定型と呼び、安定した愛着スタイルは、安定(自律)型と呼ぶ。
 母という病を抱えて、苦しんでいる人にもっとも多いのは、とらわれ型や未解決型だ。母親のことを考えないように切り離している人では、回避型(愛着軽視型)が多い。
 とらわれ型の人は、親に対する否定的な感情を今も引きずっている。見捨てられるという不安が強く、大切に思っているはずの人に対しても、相反する気持ちをもったり、批判的で攻撃的な態度を取ってしまいやすい。素直になれないのだ。
 だが、なぜそんな反応をしてしまうのか、自分でもわからない。記憶にもないくらい幼い頃に、傷ついた体験があったと考えられる。
 未解決型の人は、親との離別や悲しい体験の傷を今も抱えている人で、とらわれ型と異なるのは、その出来事をはっきりと覚えていて、心の傷を自覚していることだ。しかし、そのことを考えると、もう冷静ではいられないくらい気持ちがつらくなってしまう。未だ乗り越えられていないのだ。ストレスや疎外感を感じたときに、不安定になりやすい。
 愛情軽視型の人は、表面的には何も問題がないという態度を取り、自分でもそう思おうとしている。母親のことも、いいように考えているか、親のことなど、自分にとっては大した問題ではないと思っている。しかし、実際には、子どもだった頃には、寂しい思いを味わったり、愛情のなさを感じて育っていたという背景がみられる。
 愛着軽視型の人では、親以外の対人関係においても、表面的で、冷淡で、あまり親密になるのを好まず、距離が縮まりすぎると居心地悪く感じる。思いやりが乏しく、自分の大切な人が痛みを感じていても、平然としていたりする。人間関係よりも物や仕事に関心が高い。
 未解決型は、他のタイプと重複することがあり、その場合には問題が強まりやすい。母という病を抱えた人では、とらわれ型と未解決型の両方を抱えていることもしばしばだ。
 愛着スタイルは、幼い頃から今日までの親との関係を、おおむね反映する。逆に言えば、自分の愛着スタイルを知れば、親との関係をどれだけ克服できているかがわかる。

「子どもは親が言うようにではなく、親がするようにする」母子関係に問題がある場合、母親の方が愛着形成に問題を抱えている場合がほとんどだそうです。

 本来母親を母親たらしめている母性とは、極めて自己犠牲的なものだ。
 身を引き裂かれるような激痛に耐えて、わが子をこの世に生み出す。自分の栄養を削って、それをわが子に分け与える。自分の睡眠を削って、不眠不休でわが子の世話をする。それは、すべて自分の命や若さを犠牲にして、その一部を子どもに授けることだ。それは、自己愛とは、まったく正反対の行為だ。
 しかし、自己愛的な母親は、自分の美しさや寿命を削ってまで、それをわが子に与えようとは思わない。体型を崩してまで、母親に徹しようとは思わない。
 自己愛的な母親にとって、子どもとはせいぜいお人形遊びのお人形に過ぎない。自分が遊びたいときだけ、連れてきてもらい、お相手をしてやればそれで十分だ。
(中略)
 母親が自己愛的になるということは、母勢を失うということに等しい。自己愛的な母親をもつことは、子どもにとって、母親であって母親でない女性を、母親だと思わせられるということだ。

本の中には、ヘルマン・ヘッセ、宮崎駿、ショーペンハウエル、ジェーン・フォンダ、岡本太郎といった人の母子関係についても書かれています。

緋片イルカ 2020/02/05

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