『シックスセンス』の是非
1999年公開の『シックス・センス』という映画があります。
上映前に、主演のブルース・ウィルスが観客に向かって「この映画のラストシーンについては、映画を見ていない人に話さないでほしい」と語りかける映像がついていました。
つまり「ネタバレしないでください」というお願いがついていたのです。
もう20年以上前の映画だし、検索すれば出てくるのでネタバレしてしまいますがラストに「主人公のカウンセラーが実は幽霊であった」というオチがあります。
読書会の『アクロイド殺し』でも考察しましたが「主人公が実は○○だった」というのは、観客には驚きが大きいネタです。
話題になればなるほどアンチも増えて、反発が起こります。
いろんな人がいろんなことを言っている間は、なかなか客観的にはなれないものです。
20年以上経った今、この作品をみたらどうでしょうか?
見たことがない人には、たった今、ネタバレしてしまいました。それでも楽しめるなら「いい作品」と言えるのではないでしょうか?
あるいは、オチは覚えてるけど詳しいシーンを忘れてしまったという人も見直してみて、それでも楽しめるなら「いい作品」と言えるのではないでしょうか?
僕はオチとは別に、いい映画だと思います。
「幽霊が見える」という少年を心配した母親(幽霊を信じていない)は、主人公のカウンセラーを雇います。
ちなみに、雇って最初の顔合わせをしているように見えるシーンがあって、これが観客を騙している(幽霊ではない)ように見えるのです。
このシーン以外では、カウンセラーと母親は顔を合わせません。
『アクロイド殺し』のオチでもフェアかアンフェアかという論争が起こったそうですが、その賛否に、あまり興味ありません。
物語として、いい作品かどうかに大切なのは、ドラマがしっかりしているかどうかです。
子どもと母親の関係には問題があって、それが「幽霊がみえる」に原因に思わせます。
カウンセラーは「幽霊なんていない」という立場から、子どもをカウンセリングしていき、母親との関係が改善するに従って治療が進んでいきます。
そして、治療が完了した証拠として「カウンセラーの姿が見えなくなる」というオチがつくのです。
つまり「幽霊がみえる原因=母親との関係」でしたが、「幽霊が見える」ということ自体は真実で「ああ、主人公はあのシーンで死んでいたのか!」となるのです。
「ターンオーバー」としても、よくできているのですが、子どもとカウンセラーのやりとり自体もよくできたストーリーです、だから、ネタバレしていても、20年以上経って見ても、いい映画だと思うのです。(ものすごくいい作品!とまでは言いませんが、いい映画だと思います)。
歴史上の「名作」と呼ばれるものは、時代を超えて鑑賞されます。
一部には、いわゆる「名作であるという固定観念」に持ち上げられて、名作扱いされている駄作もありますが、本当の名作はネタバレなんてものともしません。
何度見ても、何度読んでも面白いと思えて、だからこそ、鑑賞されつづけるのです。
では、反対にネタバレに負けてしまうストーリーとは、どんなものでしょう?
「ストーリーエンジン」という視点から考えてみます。
エンジンの種類
ジャンルとしてのミステリーと、ストーリーエンジンとしてのミステリーの違いは「ストーリーエンジンの実例(三幕構成27)」の記事に書いてますので、そちらをお読みください。
物語に「謎」があると、観客の中で「答えを知りたい」というエンジンが掛かります。それがミステリーというエンジンです。
あるいは「大きな出来事が起こったところ」で話を止められる場合もあります。こちらはサスペンスのエンジンです。
そういったエンジンがかかることで、観客は「つづきを見たい」という気持ちになります。
連載マンガや連続ドラマなんかでは、このエンジンを巧みに使って引っ張ろうとします。いいところでCMに入るというのも同じです。
ネタバレというのは、このエンジンを止めてしまうことです。
ミステリーというジャンルはまさにストーリーエンジンの「ミステリー」を中心とした物語です。
「犯人が誰か?」ということを、あれやこれやと推測しながら、探偵と一緒に解いていくところに、読む楽しみがあります。
本を読み始めた人に、横から「こいつが犯人だよ」なんて、教えてしまうことは読書の楽しみを奪ってしまう行為です。
だから、相手の立場を無視したネタバレは嫌わます。
一方で「ネタバレを知りたい」という人も多くいます。
忙しい時代だからか、結論だけ知りたいと検索してしまう人が多くいます。それに応えてか、アクセス数を稼ぐための記事にしたサイトもたくさんあります。
ツイッターなどで、知りたくなかったのにネタバレされてしまったときは、不満を感じる人もいるので、ネットではマナーが必要かもしれませんが、知りたい人は調べればいいのかもしれません。
手軽に「知りたい」という欲求は、売り手側の宣伝文句に対する反発という側面もあるのでしょう。
「衝撃のラスト!」
「これを読まずにミステリーを語るな!」
といった、煽り文句につられて読んでみても、どこかの二番煎じのようなオチであることはよくあります。
通販サイトでも、商品解説の説明よりも、レビュアーの意見を参考にするというのに、どこか似ています。
テレビや雑誌が中心メディアであったころは、ネタバレは知りたくてても、知ることができませんでした。
制作者から「情報規制」がかけられていれば、メディアは守ります。ネットが普及していない頃は、身近な知人からしかネタバレを知ることはできませんでした。
そういう時代だったからこそ『シックスセンス』のブルース・ウィリスのメッセージは通用したのです。
しかし、今の時代で、SNSのネタバレまで規制することはできません。
ネタバレを防ぐことは、もはや不可能だといえるのです。
このことから、考えられるのはストーリーエンジンの「ミステリー」や「サスペンス」だけで巧みに煽るような物語では、通用しないということです。
ちゃんとした物語
日本のあるテレビドラマ脚本家で、やたらとエンジンの「ミステリー」を使う人がいます。
視聴率としては大ヒットをした作品も何本かあります。
その方のヒットドラマを何本か見たのですが、僕はとても苦手でした。
印象としては「煽るだけ煽って、中身のないストーリー」だったからです。
初回から「謎」をおいて観客を興味を惹き、次が見たいと思わせるので視聴率は上がるのですが、キャラクターに魅力やリアリティがなく、さらに肝心の「謎」の答えを最終回近くまで引っ張るのです。
最後まで見てみて、結局、大した「真相」ではなくて、がっかりして、そこまで見てきた10時間近くを返せという気分になります。これなら「ネタバレ」記事で知れば充分だと思ってしまいます。
視聴率はとれていても、DVDになっても買う人はほとんどいないのではないかなと思ったりします。
ネームバリューからか、最近でも書かれている方ですが、先日のドラマでも視聴率を一桁台だったという記事をみかけて、さもありなんと思いました。
ネタバレがあって、視聴者のレビューがある現代で、あんな手法は通用しないのです。
『シックスセンス』は煽って大ヒットした側面はあっても、今でもそれなりに楽しめる作品ではあると思います。
けれど、その質すらがないドラマは、ヒットしても忘れ去れていくドラマです。
大量消費の時代は、こういった消費されて忘れ去られていくようなドラマがたくさんありました。ジャンクストーリーとでも呼んでもいいかもしれません。
けれど、ネット配信で簡単に残せるようになった今は「いいもの」しか見られない時代になってきたと言えます。
売り手の側でも、ジャンクストーリーを煽ってでも売ろうとするのではなく、ちゃんとした「いいもの」を創ることが、ちゃんとしたヒットを生むことに気がつくべきかもしれません。
ちゃんとした物語には、しっかりとした「構成」があります。
魅力的な「描写」があります。
強い「テーマ」があります。
広告業界が、大衆の購買意欲をコントロールして大手をふるっていた時代は過ぎつつあるのではないでしょうか。
観客のひとりひとりを、きちんと「感動」させることで、口コミが広がり、結局はヒットを生むのです。
マスコミが口コミを広げようとしても、ジャンクストーリーでは、煽られた(あるいは騙された)人が買う以上には売れないのです。
緋片イルカ 2021/01/13