映画『タリーと私の秘密の時間』(三幕構成分析#58)

※この分析は「脚本講習」の参加者によるものです。

『タリーと私の秘密の時間』
※あらすじはリンク先でご覧下さい。

【ログライン】

仕事、家事、育児を完璧にこなすマーロ(シャーリーズ・セロン)だが、3人目の子を機に心折れ、ナイトシッターのタリー(マッケンジー・デイヴィス)を雇う。タリーの仕事は完璧で、それどころかマーロの夫婦生活の悩みまで解決する。ところが、ある日、タリーはマーロを街に連れ出し、子守を辞めると告げる。マーロは引き留めるが、タリーの決意は固い。その帰路、マーロたちの車は川に転落してしまう。病室で目覚めたマーロ。実はタリーはマーロの妄想だった。マーロはタリーと別れ、完璧主義を捨て、夫と助け合う新たな生活を手に入れる。

【ビートシート】

Image1「オープニングイメージ」:「マーロが長男ジョナをブラッシングする」長男ジョナ(アッシャー・マイルズ・ファリカ)の寝室。ブラインドの隙間から夕陽が差し込み、部屋全体が穏やかな光に包まれる中で、ベッドの上に横たわるジョナを大きなお腹を抱えたマーロがプラスチックのブラシで優しくブラッシングする。音楽は「Ride into the Sun」都市生活の生きづらさとその中にあっても求める希望が歌われる。

「ジャンルのセットアップ」:「股間を抑えるジョナ」ブラッシングを終えるとジョナは自分の股間を抑えている。マーロがトイレに行きたいのかと聞くと、違うようだ。彼はそれで安心するのだと微笑む。この映画はミュージカルコメディに分類されている。)

CC「主人公のセットアップ」:「マーロと夫ドリューとの会話」/「長女サラとジョナに対し怒るマーロ」/「マーロと校長の面談」/「学生時代のルームメイトのヴァイ」夫ドリュー(ロン・リビングストン)は長女サラ(リア・フランクランド)の吸入器を渡し(小児喘息だろうか?)、マーロのブラッシングについて尋ねる。育児に協力的なようだ。マーロの兄クレイグ(マーク・デュプラス)と交流があるようだが、本音では仲は良くないらしい。マーロは兄との経済格差を皮肉な調子で語る。朝、学校へ出発するマーロと子供たち。思い通りにならない子供たちの振る舞いにマーロの怒りがぶちまけられる。しかし、ジョナがいつもの駐車場ではないことに騒ぎたてるところで観客はジョナが普通とちょっと違うことを理解する。校長との面談でそれははっきりと告げられる。情緒障害らしい。ブラッシングはそのセラピーだった。専任教師を雇うよう突きつけられるが、マーロは愛想よく帰るのがやっとだ。つづいてカフェに入るマーロ。妊娠時のカフェインについて忠告されるが彼女は構わない。そこで偶然に遭遇する学生時代のルームメイトのヴァイ。好きでもない友達の父親の葬式に来たらしい。かつて一緒に住んでいたロフトにまだいるようだ。マーロは2人の子どもがいるが、かつてと自分が何も変わっていないと言う。ヴァイは自分には子どものないことを暗示し、連絡くれるよう言い残し去る。彼女との出会いはなんだったのか、観客に疑問を残していく。

Catalyst「カタリスト」:「兄クレイグからナイトシッターの提案を受ける」クレイグ一家と夕食するマーロ一家。子どもたちは兄の家の子守りに任せられる。マーロは一人、クレイグにタヒチをイメージした自宅バーに通され、そこで3人目の子の出産祝いとしてナイトシッターを雇うよう提案を受ける。どうやらジョナの出産のときに問題があったらしい。しかし、マーロは他人には任せられないと拒否する。これがこの映画のテーマだ。彼女は3人の子の母親として成長するために自らに課している完璧主義を捨てて、他人と協力することを学ばなければならない。

Debate「ディベート」:「3人目の子ミアの出産」/「激しくなる育児」夜の子守りは自分にできないとドリューはナイトシッターに乗り気だが、マーロにその気はない。ドリューはこれから自分の出張が続くのを心配するが、マーロはどこか心あらずで、直後水中を泳ぐ人魚のカットになる。半身が魚に変化する人魚に若かった自分の心身に変化が起きているのを暗示しているのだろうか。続いて破水。以降この映画には人魚と水のイメージ系統が随所に現れていく。ミアの出産。疲れ切ったマーロ。彼女に笑顔はない。そして激しくなる3人の育児のモンタージュ。アニメのマーメイドを見て涙を流すマーロ。

Death「デス」:「校長からジョナの転校を言い渡される」/「泣き止まないミア」激しさを増す育児。25分たったところで校長との面談になり、ジョナの転校を言い渡される。怒るマーロ。彼女に愛想よく返す余裕はもうない。駐車場で怒り叫ぶマーロ。泣くミアにおしゃぶりを与えるも泣き止まない。マーロはついにクレイグから渡されたナイトシッターの連絡先をバッグから取り出す。

PP1「プロットポイント1(PP1)」:「子守りを頼んだマーロ」マーロは疲れ切った様子で子どもたちと冷凍ピザの夕食をとっている。そこへドリューが帰宅。マーロは子守りを頼んだことを告げる。

Battle「バトル」:「子守りのタリー登場」「ジゴロ」という性生活指南番組を見るマーロのカットの直後、子守りのタリーが訪れる。マーロとタリーのあいだのやりとりはマーロが完璧主義を捨て、他人と協力することを学ぶためのBストーリーだ。タリーが余りに若いことに戸惑うマーロだが、子どもの世話だけでなく、マーロの世話まですると言われ、面食らってしまう。この子守りとの不思議なやりとりが、この映画の「お楽しみ」でもある。運転席を蹴るジョナ。と、助手席にもジョナが。マーロの夢だったのか。クレイグの言う通り、夜の授乳にタリーがマーロを起こしに来た。

Pinch1「ピンチ1」:「タリーの仕事は完璧」タリーが訪れた翌朝、子供たちには朝食が用意され、8年ぶりの床掃除が行われたことが判明する。彼女の仕事ぶりは完璧だ。マーロは久々の熟睡をとり、世界が明るくなったと言う。タリーを引き続き雇うことが決まった。

MP「ミッドポイント」:「今の気分は上々よ」映画の中盤にはタリーの仕事ぶりによって、マーロは快適な生活になっている。「まやかしの勝利」によって、いいママとしてカップケーキを学校へ持っていく。校長と仲直りだ。AとBのストーリーが交差してマーロはドリューに今の気分は上々だと言う。

Fall start「フォール」:「ドリューの出張」49分たったところで、ドリューが出張でいなくなる。転校先のトイレの音でジョナはパニックを起こすが、教師の指導によってなんとか落ち着きを取り戻すことができた。そして、タリーとの穏やかな育児のモンタージュ。マーロはメイクを始めるが、サラからアニメの1600歳のキャラクターに似ていると言われる。そして体型を戻すためのジョギングで若い女性を追い越そうとし転倒。タリーのお陰で穏やかな育児生活が続いているようだが、マーロは若かったころを取り戻そうと何か空回りしている様子だ。

Pinch2「ピンチ2」:「マーロのセックスレスの解決」タリーはついにマーロの心を開かせ、ドリューとのセックスレスの悩みを聞き出す。タリーはドリューの好みであるウェートレスの制服を着てマーロとともに寝ているドリューの上に乗る。その後何があったのか、翌朝ドリューは最高だったといい。マーロは満足気だ。タリーはマーロの夫婦生活の悩みまで解決したのだ。

PP2(AisL)「プロットポイント2」:「タリーがマーロを飲みに町に連れ出す」周囲も目を見張る程、輝くようになったマーロ。ある夜、タリーは遅れて家にやってくる。男を連れ込んだためにルームメイトとトラブルになったという。そして、ミアのことはドリューがいる、いいママになるために休むことも必要とマーロをかつて住んでいたブルックリンに飲みに連れ出す。二人は誰にも告げず、自家用車で夜の街へ飛び出す。お互いに命を託したと。果たして、マーロは無事に家族の元へ戻ってこられるだろうか?

DN「ダーク・ナイト・オブ・ザ・ソウル」:「タリーの辞職の申し出」71分たったところで、タリーはマーロに子守りを辞めると告げる。そのためにマーロを街に連れ出したのだ。マーロはタリーが必要なのだと引き留めるがタリーの決意は固い。突然、マーロの乳房が痛み出す。

BBビッグバトル:「マーロとタリーの問答」/「川へ転落」タリーは子守りが一時的なもので自分は先に進まなければならないのだと訴える。その決意を知ったマーロはタリーの自由奔放な若さはいつか衰え、失われる、それを怖がるべきだと告げる。タリーはやがておとずれる単調でありきたりな毎日こそ素晴らしいのだと諭すが、マーロの老いの恐怖を抑えることは出来ない。マーロはたまらず自転車でかつてのルームメイトと過ごした家に向かう。追うタリー。AとBのストーリーが交差し、タリーから昔の家はもうないこと告げられる。若い頃に戻ることはできないのだ。再びマーロの乳房が痛みだす。タリーに介抱されながら、クラブハウスのトイレに駆け込み、マーロはこれまでの鬱積を吐き出すようにお乳を搾りだし、嘔吐する。そして帰路、マーロは運転中で眠気に襲われ川に転落する。水中で人魚姿のタリーがマーロのシートベルトをはずし、脱出する。病室で眠るマーロ。ドリューは精神科医からマーロの極度の疲労状態、睡眠不足を聞かされる。実際にはナイトシッターなど来ていなかったのだ。そして観客はマーロの旧姓がタリーであることを知らされる。これまでのマーロがずっと一人であったことを示すモンタージュ。そしてマーロに別れを告げに病室に来るタリー。お互いにお陰で命が救われたと感謝を告げる。

image2「ファイナルイメージ」:「ジョナがブラッシングは不要と告げマーロと抱き合う」オープニングイメージと対。マーロがジョナをブラッシングしようとするとジョナがこれは本当のことなのかと尋ねる。これまでのタリーとの話が重ねられている。マーロが聞き返すと、ブラッシングは効くのかとジョナ。マーロはわからないというと、ジョナはブラシは不要で、一緒にいることがいいのだという。マーロは完璧な親ではないが、一緒にいることが大事なのだとBストーリーで学んだことに気づく。

エピローグ:イヤホンをしてお弁当を作るマーロ、そこへドリューがやってきてマーロの片方のイヤホンを自分につけると、一緒にお弁当をつくる。ドリューは転落事故をきっかけにマーロのことを見ていなかったと反省し、マーロと改めて一緒に歩むと変わったのだ。マーロはそれを受け入れた。マーロは完璧主義を捨て、他人と協力して、家族を大切にすることを学んだのだ。

【感想】

シャーリーズ・セロンの22キロ増量したという役作り。その身体を使った素晴らしい演技力。
脚本のディアブロ・コディのアイデアはある完璧主義の女性の若さへの未練を見事に表している。

マーロがタリーを受け入れるまでにもっと葛藤があればタリーの真相がより際立つように思う。彼女が妄想によってしか助けを求められなかったことの切実さをもっと表現したい。ある精神病者が悩まされる死の呼び声が、実は悲劇的な認知の歪みを訴え、助けを出している自分自身の声であるかのように。

老いを受け入れる師メンターとしてタリーは適切であったか。タリーが完璧主義のかつての自分として家事と3人の育児を助けるのであっても、マーロに老いを受け入れていくことを諭すのには適切であったろうか。確かにタリーには考える時間があり、想像を巡らせることが出来るのかもしれない。年若い神父が自分よりはるかに先輩の聴衆に聖書の一説を人生の教訓として教授するように、マーロに助言することもできるかもしれない。しかし、真の意味でそれを悟るにはやはり師メンターがカフェインを忠告するおせっかいおばさんが必要なのではないか。

(川尻佳司、2022年9月4日)

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『映画『タリーと私の秘密の時間』(三幕構成分析#58)』へのコメント

  1. 名前:緋片 イルカ 投稿日:2022/09/05(月) 16:36:06 ID:9697f6b98 返信

    とても丁寧な分析ありがとうございます。ログラインは「誰が、何して、どう変化した」の形式になっていませんが、よくまとまっていて、映画を見たことのない人でも内容がわかるような的確な文章だと思いました。ご参考までに、ビートで気になった点を1つだけコメントしておきます(良い悪いとか正誤ではありません。あくまで僕の一意見として聞いてください)

    ブレイク・スナイダーのBストーリーはシークエンス的あいまいな範囲でとらえています(それ故、僕は使わないようにしています)。Bストーリーという言い方で捉えるなら、メインストーリーである「タリーとの関係」ではない部分、「娘との関係」「息子との関係」「夫との関係」といったところだと思います。一括りに「家族との関わり」とも言えてしまいます。

    僕がビートとしている「ピンチ」(元のシド・フィールドの使い方とは少し変えていますが)でとる場合は、あいまいな範囲ではなく、何らかのシーンをピンポイントの点として「ピンチ」とします。

    その観点からいうと、
    ピンチ1:車内での息子の蹴り(35分)
    ピンチ2:新しい学校での樹のフリ(51分)
    などは、フリとウケになっていると言えそうです。
    ピンチはMPの前後で変化しているということが多くあります。
    とはいえ、蹴りは夢ですし、あまり効果的なサブプロットとは言えないと思います。
    (そもそも、この作品のサブプロットが弱いという意味です)

    ピンチはほとんど機能していない作品も多いので、形式的にとるか、スルーしてしまっても問題ないです。