物語を通して「感動させる」ということは、喩えようによっては観客の心を「ノックアウトする」ようなものです。
今回は、ファイターとライターをなぞらえて、物語にとって大切なポイントを考えてみたいと思います。
パワーのあるライター
パワーとはパンチ力のようなものです。
クライマックスで、ドーンと盛り上がるシーンがあれば、それだけで楽しんでくれる観客がいます。
「すごく泣けるシーン」「すごくカッコイイシーン」「すごく綺麗なシーン」……
何でもいいのですが「すごく〇〇なシーン」があるだけで、その物語の価値は格段に上がります。
というより、観客が物語に求めているものは「感動(広い意味での)」ですので、パンチ力のない物語など、物語として価値がないとまで言えるかもしれません。
格闘技でもKOシーンは大きな歓声が上がります。
思わず声を出してしまうようなシーンが、あなたの物語にはあるでしょうか?
シーンだけに限りません。
すごくいいセリフでもいいし、ミステリーなら大きなどんでん返しとか。
どこかで見た作品の真似や焼き回し(クリシェ)では「ああ、あれね」と言われるだけです。
CMのキャッチコピーや、どこかの名セリフを、物語の中で見かけたことがありませんか?
蘊蓄系マンガ(料理系とか)などであれば「蘊蓄自体」が物語の価値になることもあります。
その「蘊蓄」が、どこかのバラエティ番組で特集されているような程度では弱いということです。
誰も見たことがないようなものを見せられたとき、感動が起こります。
自分にし書けないドラマを生み出してください。
生みだそうとしても、知らず知らずと過去作品と被ってしまったということはあります。
それは仕方ありません。
けれど、何度も悩んでいいドラマを生みだそうと、もがいていれば「パワー」が養われていきます。
やがて、あなただけのオリジナル「スーパーパンチ」が繰り出されるでしょう。
テクニックのあるライター
腕力のある格闘家を想像してみてください。
一発当てれば、確実に相手をKOできるようなパンチ力を持っている。
けれど「当たらなければどうということはない」のです。
物語のテクニックは、主に構成によるところが大きいといえます。
ラストにパンチ力のあるオチが用意されていたとしても、それが途中でバレバレだったらどうでしょう?
犯人がバレバレのミステリーとか。
反対に、カウンターで入ったパンチは、そのパワー以上のダメージを相手に与えます。
構成はパンチをクリーンヒットさせるため、すなわち、感動を効果的に起こすために組み立てるものです。
構成だけできてもKOはできません。
抜群にテクニックがあっても判定勝ちです。
「面白いね」ぐらいは言ってもらえても、「感動」はさせられません。
スピードのあるライター
1ラウンド目からスピード感があって、すぐにでも決着がついてしまいそうな試合と、前半5ラウンドぐらいは両者が様子見ばかりしている試合を想像してみてください。
どちらもラストに大逆転が待っていたとしても、前半がタラタラとしていたら飽きられてしまいます。
物語で飽きられないようにすることは、格闘技以上に重要です。
ストーリーのテンポと言い換えてもわかりやすいかと思います。
この能力は、パワー、テクニックの両面に支えられています。
パンチ力のあるシーンが続けば飽きないし、構成が上手ければムダをカットしてテンポを速められます。
個性のあるライター
格闘技では、試合以前から盛りあげるための戦いが始まります。
煽り合い(プロレス)によって、試合への注目度が上がり、選手の人気やチケットの売上げにも大きく影響します。
物語では第一に宣伝が影響します。
売り方の上手い下手、予算の多少などが関わりますが、これはマーケティングなどの話に入ってしまうので置いておき、作者レベルでの「ドラマ」を考えてみます。
それは「テーマ」です。
作者がどんなテーマに取り組むのかで、観客のその作品を読みたいという欲求が高まります。
一方、残念な方向に進んでしまう作家もいます。
格闘技でもボクシングルールとかMMAとかルールが変わるだけで強さがガラっと変わりますが、作家でも自分の作風と相性の悪いジャンルに取り組んで、本人は新しい境地を開いたつもりになっていても、それまでのファンにがっかりされている場合があります。
ジャンルの表面的な個性を越えた、普遍的なテーマまで切り込んでいる作家であれば、どんなジャンル、どんなテーマを扱っても、その人らしさが滲み出ます。
そんな強い作家性を持った人であれば、新しい挑戦を読んでみたいと付加価値になるのです(※ちなみにこの個性の参考になる作家はカズオイシグロです)。
タフネスのあるライター
タフネスは体力や根性とも言えそうです。
作家でいえば「書き上げる力」です。
期日までに決められた文量を書き上げる力は、12ラウンド戦いつづける体力や根性です。
すばらしいパンチ力があってもショートショートしか書けないようでは、戦えないリングがあります。
もちろん、ショートショート専門という「個性」でいくのは構いません。
ただし仕事として考えた場合、ショートショートは単価が安くなるので、本数をたくさん書けなくてはいけないというタフネスが求められます。
つまり、タフネスは「書き上げる力」と同時に「書きつづける力」でもあるのです。
肉体で戦う格闘技とは違い、創作では年をとるにつれて衰えるとは一概には言えません。
知名度こそあれ、年とともに感性が時代遅れになり、パンチ力の弱くなった老齢のボクサーのような作家もいますが、年とともに新たなテーマに取り組んだり、同じテーマに生涯挑みつづけているような作家もいます。
作家は書かなくなったら「引退」ですが、書きつづけていれば、いつまでも「現役」です。
書けば書くほど、少なくともテクニックは上がっていきます。
タフネスというのは、ライターにとって一番大切な能力なのかもしれません。
緋片イルカ 2023.1.10