この記事は連載記事です。
目次:
①注意を向ける
②声に出る/独り言
③二人会話←NOW
④複数人会話
⑤その他
情動レベル3:二人会話
まずは悪い例から。
脚本例:
〇駅前(昼)
道に迷った花子がきょろきょろしている。
太郎「道に迷ってますか?」
花子「はい、そうなんです」
太郎「どこに行きたいんですか?」
花子「図書館です」
太郎「ああ、それなら、あっちですよ。よかったら一緒に行きましょうか」
花子「ほんとですか?」
太郎「はい、僕も図書館に用があったんで」
花子「ありがとうございます」
太郎と花子、歩き出す。
脚本スクールの生徒が書いたもので、こんなセリフをよく目にします。
「道に迷っている花子を、太郎が道案内する」古典的なシーンです。
ラブストーリーであれば恋愛のきっかけですが、そんな予感はありません。
サスペンスで、太郎が花子につきまとうストーカーになるような予感もありません。
シーン自体が説明的な、ひどい脚本です。
少しずつ直していきましょう。
登場人物が2人なので、それぞれの「情動の動き」を掴まなくてはいけません。
分析では「want」と呼んだりもしますが、作者としては「want」以前の「情動の動き」を掴んでいないと、一貫したキャラクターアークになりません。
まず、花子から考えます。
wantは「図書館へ行く」。道が分からないという障害にぶつかって困っています。
花子が若ければスマホを使えば済むような状況です。年配の人が書くと(脚本スクールには年配の方が多い)、その発想すらなく、若い人の描写が時代遅れになったりします。
これは年配の人だけに言えることではなく、作者自身と違う年代を描くときには常に注意すべきことです。
作者が「自分の感覚は若い」と思っていても、40代が10代の学園ものを書くだけでも言い回しやノリが古くさかったりしますし、逆に40代が老人を描くときには心身の感覚が若すぎる元気な老人になってしまったりします。
「情動の動き」とは別の話なので、ここでは深く掘り下げませんが、キャラクターの性格や身体の感覚が情動に関わることは言うまでもありません。
(作者の「年代漏れ」と「偽装テクニック」(文章#45))
まず一行目のト書きを直します。
脚本例:
〇駅前(昼)
花子、スマホを片手にきょろきょろしている。
「道に迷った」をとりましたが、ト書きではあってもなくても良いような修飾語です。
あった方がわかりやすい反面、つけることで伝えた気になってしまう危険性もあります。
この場合「きょろきょろしている」という動作で「道に迷っていると伝わるか?」がポイントになります。
街でスマホを片手にきょろきょろしている人=道に迷ってると言い切れるかどうかです。
「ゆっくりとスマホを見て、街を見る」という動きをしている人を想像してみてください。瞬時に迷っているとは判断し難いところです。
いかにも「慌てた速い動きで、きょろきょろしている」なら困っているのが一目でわかります。
これは、花子が「なぜ、図書館へ行くのか?」というバックストーリーに関わります。
「母に頼まれた本を今日中に返しにいけばいい」という設定であればゆっくり探しているかもしれないし、「トラブルに巻き込まれた母からの電話で向かっている」のであれば明らかに描写が変わります。
例にあげたシーンだけでは判断がつきませんが、ストーリー全体を通してみたとき相応しい描写が明確になります。
ここでは前者の「母に頼まれた本を今日中に返しにいけばいい」という設定にします。
花子の様子によって、話しかける太郎のセリフも変わります。
脚本例:
〇駅前(昼)
花子、スマホを片手にきょろきょろしている。
太郎「もしかしてお困りですか?」
花子「はい、道に迷っちゃって。スマホの地図、苦手なんですよ」
太郎「どこに行きたいんですか?」
花子「図書館です。母に頼まれた本を返しに行くんです」
「スマホの地図、苦手なんですよ」はスマホがあるのに迷ってることのケアとして追加しました。文章としては丁寧すぎて説明的です。あとでケアします。
「母に頼まれた本を返しに行く」という情報は「want」としての役割もありますが、キャラの背景を膨らませる意図もあります。
これも説明的ではありますが、あまりにリアルな会話に徹してしまうと、わかりづらくなったり、観客を混乱させる原因にもなります。
説明的なのを避けようとして、説明するべきことを説明しないままになのは、まるで違います。
さりげなくキャラクターの背景が提示されることでリアリティも増すし、感情移入もしやすくなります(反対にエキストラのようなキャラに余計なセリフを言わせると悪目立ちします)、
「初対面の男性にベラベラ喋るか?」という疑問もよぎりますので、このあたりのケアも必要です。
これには花子の社交性や、太郎の第一印象による安心感が関わります。
太郎についての描写がないので「判断できない」というのが読者の気持ちです。読み物としては不親切です。
太郎がどういう感情や目的をもって、花子に話しかけてきたのか?
「困っている人をみつけると放っておけない」というクリシェな解釈でもいいのですが、別のシーンとのブレがないように注意しましょう。
いくつか固めていきます。
まず「太郎」と「花子」のどっちが主人公なのか?
小説では一人称、三人称などと視点を定めることを言われますが、脚本ではあまり言われません。
視点は、キャラクターアークや構成の問題だけでなく、ト書きの書き方やショットにも大きく関わります。
プロでも、このことを理解していない脚本家や演出家が多いようです。
ここでは「花子」を主人公、花子視点のシーンとしましょう。
ジャンルはサスペンス。
「太郎はサイコパスな殺人者でターゲットを探しているところで花子を見かけた」としてみます。
脚本例:
〇駅前(昼)
花子、スマホを片手にきょろきょろしている。
太郎「もしかしてお困りですか?」
太郎が立っている。身なりのいい男で優しそうな笑顔。
花子「道に迷ってしまって……苦手なんです」
花子、スマホの地図を見せる。
太郎「どこに行きたいんですか?」
花子「図書館です。母に頼まれた本を返しに行くんです」
太郎の善人風なト書きを一行入れただけで、花子が「安心した様子」が出ました。
これなら「母に頼まれた」という個人情報を出してしまっても、違和感がありません(もちろん善人面は太郎による演技です)。
「スマホの地図を見せる」というト書きを入れたことで「スマホの地図、苦手なんです」という説明的なセリフを「苦手なんです」だけに短縮できました。
ドラマ的な仕草ですが、映像での動きがつくし「画面を見せる」という動作の中に役者の演技も入るので、花子のキャラクターが伝えやすくなります。
また、セリフを耳で聴くのは、文字で読む以上にまどろっこしさがあります。
これは感覚的なので、たくさん作品を見てもらって養ってもらうしかありませんが、邦画やアニメを参考にしてるとセリフが長くなりがちです。
セリフひとつひとつの間延びが、全体のテンポの悪さや、紙芝居的なショットに繋がってしまうのです。
実際にセリフを声に出して読んでみることは、初心者が思っている以上に大切なのです(ちゃんとやってくださいね?)。
脚本例にもどります。
太郎と花子の会話はマシになりましたが、まだサスペンス感や太郎のサイコパス感が出ていません。
せっかく善人面して近づくサイコパスを見せたのに、ラブストーリー?と勘違いされてしまう可能性もあります。
「この段階では、まだわからなくていいんだ」といった演出論を掲げる人もいるかもしれませんが、サスペンス感を出したらどうなるのか、検証した上で判断するべきです。
ジャンルをミスリードするテクニックだってあります。
比較・検証をしないまま掲げる演出論は頑ななだけで説得力に欠けます。
脚本例:サスペンス
〇駅前(昼)
花子、スマホを片手にきょろきょろしている。
太郎「もしかしてお困りですか?」
太郎が立っている。身なりのいい男で優しそうな笑顔。
花子「道に迷ってしまって……苦手なんです」
花子、スマホの地図を見せる。
太郎「どこに行きたいんですか?」
花子「図書館です。母に頼まれた本を返しに行くんです」
太郎「よかったら一緒に行きましょうか。僕も行くとこなんで」
花子「じゃあ、お願いします」
太郎「はい」
太郎の笑顔。不気味に張りついたまま……
シーンの終わりは次の展開への予感につながります。
演技上はただの笑顔でも「不気味に張りついたまま……」とあれば「太郎の笑顔を長めの尺に撮ったショット」になるでしょう。
普通以上に長くするだけで違和感が出て、サスペンスを暗示できます。あるいはライティングを工夫したり。
「ジャンルのセットアップ」しておくことは大切です。
ラブストーリーにミスリードするなら、きちんとミスリードするべきです。
脚本例:ラブストーリー
〇駅前(昼)
花子、スマホを片手にきょろきょろしている。
太郎「もしかしてお困りですか?」
太郎が立っている。身なりのいい男で優しそうな笑顔。
花子「道に迷ってしまって……苦手なんです」
花子、スマホの地図を見せる。
太郎「どこに行きたいんですか?」
花子「図書館です。母に頼まれた本を返しに行くんです」
太郎「よかったら一緒に行きましょうか。僕も行くとこなんで」
花子「じゃあ、お願いします」
太郎「はい」
太郎の笑顔。
花子も顔がほころぶ。
一行変えただけで、なんだか「良い関係」が予感されます。
「顔がほころぶ」は前記事で書いた「発話行為以前」です。
こういうト書きが書けないと、脚本は絶対に巧くならないし、説明的にセリフばかりになるということがお分かりになるかと思います。
サスペンスの例、ラブストーリーの例を示しましたが、これら二つと、ジャンル不明のものを比べてみてください。
脚本例:ジャンル不明
〇駅前(昼)
花子、スマホを片手にきょろきょろしている。
太郎「もしかしてお困りですか?」
太郎が立っている。身なりのいい男で優しそうな笑顔。
花子「道に迷ってしまって……苦手なんです」
花子、スマホの地図を見せる。
太郎「どこに行きたいんですか?」
花子「図書館です。母に頼まれた本を返しに行くんです」
太郎「よかったら一緒に行きましょうか。僕も行くとこなんで」
花子「じゃあ、お願いします」
太郎「はい、行きましょう」
太郎と花子、歩き出す。
ジャンル不明は印象が薄く、説明的に見えてしまいます。
シーンの終わりも違います。
サスペンスやラブの予感がないので、花子の「じゃあ、お願いします」で終わると、次のシーンへいく勢いが足りないので、歩き出す動きが欲しくなりました。
感情の流れでシーンを繋がず、出来事の説明で繋ごうとすると「説明的な動作」が入ってしまいがちです。
場合のよっては、撮影の手間もかかるし、編集で残した場合、そのショットのための貴重な時間を使ってしまいます。
脚本上で時間を使う=予算を使うと考えてみるのは良いと思います。
クライマックスなど、多くの人が引き込まれ、興奮するシーンに、たっぷりと予算を使って感動させる方が良くなるのは想像できると思います。
そのためには説明なシーン(ストーリー上、見せなくてはいけない説明シーンは必ずあります)は、テンポ良く、予算もかけずに飛ばしていきたいところです。
目次:
①注意を向ける
②声に出る/独り言
③二人会話
④複数人会話←NEXT
⑤その他
イルカ 2023.3.2