物語を分析的な視点で読むときに、僕が使いがちな言葉について少し説明します。
業界用語でもなく、同じ用語を使ってもらう必要もありませんが「何が問題か?」という感覚を掴む参考にしていただければ幸いです。
「ノイズ」「悪目立ち」「潰れる」
邪魔な情報、設定など。悪目立ちしている状態。言わなくてもいいことを説明して観客を変に気にさせてしまうとか、設定とかリアルを意識しすぎて余計な説明を加えてしまっている場合などに使う。例文として、ライターズルーム米俵さんの『箱入り』の初稿では、恵子に「海外生活が長い」という設定があるが、この作品内ではノイズになっている。修正稿ではしっかりと修正されている。説明セリフによる「ワーキングナラティブ」の阻害(キャラ#58)という記事で説明した「元ホワイトハッカー」という設定も悪目立ちといえる。悪目立ちが過ぎると、重要なテーマや情報が「潰れてしまう」。潰れるとは観客の印象の残らないということ。
「ブレ」
キャラクターがブレている。テーマがブレている。邪魔な情報があるせいでブレに繋がっていることもあるので「ノイズ」と重なるときもある。シーン内において会話の方向性がブレるということもある。会話自体が面白くて魅力的でも、その作品のテーマに関係がないという場合はブレと言える。そもそものテーマ性がない作品の場合、ブレているのかテーマがないのか判断つかない場合もある。その場合は作者に「何を書きたいんですか?」「何を伝えたいんですか?」と訊かざるを得ない。キャラクターの設定からブレている例もある。例文として、ライターズルーム雨森れにさんの『タエコ』の初稿では、いくつかの話が詰め込みすぎでテーマがブレていた。作者と話し、一番書きたい部分が「タエコ」というキャラクターだということで修正稿では、そこに絞った構成にすることでテーマのブレはなくなった。大きいところ(構成)でのブレがなくなると、細かいところの「ブレ」が浮かびあがってくる。修正稿では以下のト書きはキャラのブレだと感じた。
タエコがドッグフードを見る。一番安い、980円の1週間分サイズを選ぶ。犬用おやつも手に取るが、悩んで戻す。
菓子パンコーナーに移動し、150円の小さいパンが数個入っている商品を1つだけ選ぶ。
貧乏生活をしてきたタエコが「おやつ」という発想を浮かべるところに小さな違和感がある(作者自身の発想が反映されているようにも感じる)。タエコの犬に対する優しさとしておやつを考えたのかもしれないが、それならば自分のパンを我慢してでもおやつを買ってやるべきだった。ここには次に説明する「刈り込む」の問題も潜んでいる。
「刈り込む」
無駄なシーン、とくに説明的なシーンをカットして展開のテンポを良くすること。メリハリが大事なので「刈り込む」だけが良い訳ではないが、創作において、とくに初稿のようにゼロからイチを生み出す段階では、丁寧に意識するため説明的なシーンや段取りが多くなりがちである。それを稿を重ねるごとに刈り込んでいくことで、テンポが良くなるだけでなく空いたスペースで、別のシーンを入れ込むこともできるようになる。最初から刈り込み過ぎて、バックストーリーが見えないような物語はよくない。作家になまじ演出的なセンスがあって物語力が不足しているような場合、シーンの勢いや思わせぶりなカットをすることでテーマやキャラの心情を誤魔化してしまっていることがある(次の項目で説明する「流れている」)。一方、修正稿を重ねていくと、大きなシーンで魅力的でもありながら、全体からみたときに、どうしても邪魔になっている巨木のようなシーンが出てくることがある。それは思い切って「切り倒す」必要があるかもしれない(普段は使わない言葉だが)。いずれにせよ、何をカットして、何を残すかには、最大限の注意を払わなくてはならない。邪魔だと思ってカットしたせいで不都合が見えてくることなんてザラである。物語は初稿よりも修正稿が大事なのはこのためでもある。幸い、樹木と違って切り倒しても、文章は簡単に戻したり「移植する」ことができる。移植した場合は、周りの土壌(前後のシーンや全体の流れ)が変わってしまっていることも多いので、そのままコピペという訳にはいかず、きちんと馴染ませてやらなければいけない。前述の『タエコ』のシーンでは、いちいち「菓子パンコーナーに移動し~」を見せるのは説明的。このシーンの意義は「タエコがドッグフードを買ってやる」ことなので、ドッグフードを選んだところでカットして、次のシーンでタエコはパンを食べているば十分伝わる。ちなみにタエコの自分が我慢して犬に食べさせてやる優しさを表現するために食べるの「小さなパン数個」というアイテムがベストかも疑問。小ささは映像では伝わりづらい。別の「我慢している」のが伝わるアイテムはありそうだし、犬にだけ食べさせて自分は我慢するという選択肢もありえた。キャラクター創作は作者次第ではあるが、細部の描写を見ると「ブレ」が目立つので稿を重ねて刈り込んだり、新しい魅力的なシーンを「植える」ことで、もっと良くなっていくだろう。
「流れる」「流す」
「流れてしまっている」という場合、観客に十分に伝わっていないことを言う。例えば、説明セリフによる「ワーキングナラティブ」の阻害(キャラ#58)という記事の処理で「元ホワイトハッカーであることをセットアップする」ということを書いたが具体的なシーンとして、セリフでさらっと言っているだけだと「流れてしまう」。例えば、大きなカニの入った鍋を食べながら、部下が「ハッカーをしていたときにもカニを食べて……」などと言わせただけで、観客に伝わったと思ってはいけない。脚本上は、文字情報なのでで「ハッカーをしていた」という言葉が目立つようにも感じられるが、映像にしたとき、そこには観客の目を引く「大きなカニ」が映っていて、話題もカニを食べた話をしている。そんな中で「元ハッカー」という情報を潜ませたところで、観客は聞き落としてしまうかもしれないし、聞いていても回収(あとでその設定が活かされるとき)が遅いと、その頃には忘れてしまっている。こういう状態を「流れてしまっている」という。流れないようにインパクトに残すのであれば、しっかりと「ハッキング能力を発揮するシーン」を見せることが必要だが、それを入れると、全体から見て「ノイズ」になってくることがある。それは、つまり、その設定自体が「ノイズ」であるとわかる(その作品で「元ハッカー」設定が活きるシーンが少ないので)。同じ記事で説明している「流す」というのは、むしろ逆に観客の意識にあがらないように、気を引かないように、すっと流すことで乗り切ってしまう荒技である。強引にやるとゴリ押し、作者のご都合に見えてしまうので、手品のようにスッとスマートにやるのが「流す」技術。会話の工夫も必要で、
部下「あなたのパソコンデータを見ました」
上司「どうやって見たんだ?」
部下「私、元ホワイトハッカーなんです」
上司「くそう……それで、私の秘密を知って、どうするつもりだ?」
などとやると、悪目立ちするので、
部下「パソコンデータを見ました。あなたがトイレに行ってる隙にね」
上司「……それで、私の秘密を知って、どうするつもりだ?」
と、さらっと「流す」ために、上司に「どうやって?」という質問をさせない。
作品のテーマや雰囲気にもよるが「トイレに行っている」もとって、
部下「パソコンデータを見ましたよ」
上司「……それで、私の秘密を知って、どうするつもりだ?」
と勢いで行けてしまう場合もある。これで流せるかどうかは、この作品において、観客が「部下、どうやって見たの?」と疑問に思うかどうかによる。前提として「この部下ならやりそう」とか「この上司なら見られそう」とか「パソコンのデータ自体が大したものではない場合」であれば、変に理由を説明しない方が流せる。
作者が「流した」つもりでも流せていない場合は、逆効果なので、繊細な意識で処理する必要がある。
以上
イルカ2025.1.10
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用語解説2「ノイズ」「ブレ」「刈り込む」「流す」(文章#42)