「SNOW LOVE」

 ホームルームの終わりに生徒会の話が出た。
「各クラスから一人ないしは二人出さなくてはならないんだが、誰かやってくれる人はいないかな?」
先生の言い方は面倒な仕事を押しつけるようだった。私は当然のこと興味もなかった。もちろん手も挙げない。誰も挙げない。
「じゃあ、明日また時間をとるから、みんなよく考えておいてくれ」
 私の名前は雪衣娘。といってもそれはペンネーム。セツイジョウと読む。白いオウムのこと。だからユキゴロモムスメなんて読まれるとちゃんと辞書を引け! と思う。私だって辞書を引いて付けたのだ。知っててユキゴロモと呼ぶ人もいるけれど。
私は文学部の一年生部員で、部誌の締め切りが明日に迫っていた。文学部員は二ヶ月おきに発行される部誌に何か載せなければならない。しかも夏休み明けの九月は特大版でいつもの二倍のページを埋めなければならない。夏休みの宿題が一つ増えるようなものなのだ。
私はアイデアが浮かばず、溜め息をついては窓の外を眺めていた。山々が連なっている。緑の山肌がところどころ禿げ始めている。これがすっからかんになって、冬には真っ白い帽子をかぶる。雪の帽子って暖かいのかな? 冷たいのかな?
「ユキゴロモせんせい! 取ってよ」
「ああ、ごめんごめん」
いつの間にかプリントが配られていた。前の席のアケミが背を向けたままでプリントを回してきたが、外を眺めていて、てんで気がつかなかったのだ。プリントを揺すって急かすアケミの手から慌てて受け取った。
「何のプリント?」
「知らん。んんと、セイトカイツウシン。生徒会通信だってさ」
「ふうん」
プリントには厚ぼったいローマ字が踊っていた。読みにくい! と思った。そのまま机に押し込んだ。先生が生徒会の話を始めたので、私は改めて原稿に取りかかった。

昼休みになるとアケミと清子が集まってきた。
「先生、できました?」
「いや、まだだね」
 私もアケミの乗りに合わせて小説家ぶって答えた。清子が笑う。
「一休みして購買行こうよ」
「ううん。どうしよっかな」
「今日はお弁当?」
 清子が聞く。
「違うけど」
「いいからいいから、ほれ、行くよ」
 アケミが私の頭をバスケットボールのように掴んだ。
「ほい、清子、パス」
「痛いって」
清子は目を漫画みたいに細くして笑った。アケミの握力は冗談には強くて痛いけど、私はアケミの嫌みのない強引さが嫌いではなかった。
三人で歩くとき背の高いアケミは、いつも私の肩に腕を載せてくる。私の背がちょうど良いらしい。私がその腕を払おうとすると、するり避けてはまた載せてくる。
「まったく、文鳥みたいなやつ」
「あら、ありがとう」
「褒めてない」
「けど、文鳥って悪くもないでしょ?」
「それもそうだ」
「あんたはオウムみたいによく喋る」
また、アケミの腕が肩に止まった。もつれる私たちの側を清子が小股で付いてくる。清子はいつもにこにこしている。
購買はいつも混んでいる。昼休みになると長いテーブルが露店のようになる。端からおにぎりやらサンドイッチやらが並び、購買のおじさんがいるもう一端がレジになる。みんな端から一列に並び順々に欲しいものを取っていき、最後にレジでお金を払う。さいわいのこと先輩優先制度はないが、空くのを待ってのんびりしていると煎餅(一枚入り、八十円)やドーナッツ(五十円)などのお菓子ばかりになってしまう。
「今日も混んでますねぇ」
「アケミ、お祭りじゃないんだから。ああ、あ。時間かかりそう」
 アケミは小走りで列の最後尾にくっついた。私と清子がたらたらと向かう。アケミと私たちの間に二人組の男子が入った。
「締め切り、今日だっけ?」
「そう。今日から印刷入るから、今日中に提出しないと怒られる。先輩は遅れても後から刷ったりするくせにねぇ」
「大変ね」
 私ははっとして周りを見回した。ここに文学部の先輩はいないかしら? 先輩がいないのを確認しているあいだ、清子は鳩が豆鉄砲を喰らったような目をしていた。
「危ない、危ない」
 その言葉で清子も察して、二人で笑った。
と、清子の目線が私からずれた。それを追うと、前でアケミが虫を叩くような勢いでチョコパンを取っていた。私たちはもう一度、顔を合わせて笑った。

教室に着かないうちにアケミはパンを食べ始めている。アケミの口から黒いカカオの匂いがする。
「さっき、生徒会長いたね」
「口の中のものを飲み込んでから喋りなさいって」
 ごくりとやってから、
「清子、生徒会に入ればいいじゃん」
「なんで、そうなるの?」
 清子の雪のように白い頬がみるみる赤くなっていった。私は初耳だった。
「え? そうなの清子?」
「違うよ。ただ、素敵なこと言ってるっていっただけでしょ?」
 清子がアケミを避難するように言った。アケミが私に説明がてらに清子を冷やかした。
「清子ね、さっきの、生徒会通信、目、輝かして読んでたんだよ」
「生徒会通信?」
「そうそう、あれに生徒会長のお言葉が書いてあったの、読んでない?」
「読まないよ」
「まあ、あたしも清子が見せて来なけりゃ読まなかったけど」
 私は清子に、
「何て書いてあったの?」
「うん。生徒会長が小学校の時に友達がいじめで登校拒否し始めたんだって、その時に何もしてあげられなかったのが悔しかった、って。だから少しでも学校を楽しくしたいから一緒に生徒会やりませんか? って書いてあったの」
「よく覚えていることね?」
「もうアケミ。ほんと、そんなんじゃないって。ただ、生徒会ってなんか暗いイメージあったから――真面目な人ばっかで事務的な仕事ばっか、みたいな。だから素敵な生徒会長ねって言っただけなのに」
「ふうん、入ってみれば? 清子、部活も入ってないし」
「もう」
 私は真剣に勧めたつもりだったけど、清子はからかわれたと思ったらしかった。

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