『一九五〇年の殺人』海野十三(三幕構成分析#21)

がっつり分析は三幕構成に関する基礎的な理解がある人向けに解説しています。専門用語も知っている前提で書いています。三幕構成について初心者の方はどうぞこちらからご覧ください。

著作権フリーの作品を使って、本文中のビートを示してみます。

海野十三(うんのじゅうざ)は明治~昭和の、日本SFの始祖の一人と呼ばれる作家です。『麻雀殺人事件』などの探偵・帆村荘六(ほむら そうろく)主人公としてSFミステリシリーズがあります。

今回、分析するのは原稿用紙8枚ほどのショートショートです。
ショートショートでオチの構造や、テーマは構成で伝えるといったことを考えていきます。
短い作品なので、まずはビートを探しながら本文を先にお読み下さい。

青空文庫
『一九五〇年の殺人』海野十三(2400字)

※分析は広告の後から始まります。










『一九五〇年の殺人』海野十三(2400字)ビート分析

※本文中のルビはイルカが削除しました。

「旦那人殺しでがすよ」
「ナニ人殺しだって? 何処だッ、誰が殺されたのだッ、原稿の頁が無いのだ、早く云え」


「カタリスト」:事件から始まり、読者を掴みます。主人公の捜査課長は職務をこなすWANTしかもっていないのでセットアップはありませんし、必要もありません。二行目の「頁がない」というメタ発言で読者との距離をとるのは「ジャンルのセットアップ」として機能しています。これから展開されるストーリーがあくまで創り話で真剣に受け取らないようにさせる効果もあります。見事な冒頭二行です。

「そッそんなに急いでも駄目です。場所は向うの橋の下ですよ。手足がバラバラになっていまさあ、いわゆるバラバラ事件というやつでナ」
「被害者の人相に見覚えは無いかネ」
「ああバラバラじゃ、人相は判りっこなしでさあ」
「じゃ直ぐに行ってみよう。さあ急げッ」


「プロットポイント1(PP1)」:ミステリーのプロットで「捜査開始」がPP1になります。

 捜査課は総出で、現場へ急行した。なるほど橋の下に、惨虐の限りをつくして、バラバラの屍体が散らばっている。
「殺されているのは、一体誰だろう?」
「それはレッド親分に極っていますよ」
「アレッ。人相は判らぬと先刻云ったじゃないか」
「人相はモチ判りませんよ。しかしここに転がっている腕に『ケテー命』とあるからにゃ、レッド親分に間違いなしでサ」
「そんなの無いぞ、貴様!」と捜査課長は顔を膨らました。
「さあ、この屍体はガランの中に拾い集めて、本庁の手術室へ送って呉れ。……あとは犯人探しだ。さあ方向探知器を持ってこい。こうやって目盛を合わせて、釦を押せばいい。ウム、出たぞ出たぞ。テレビジョンに犯人が現れた。なアんだ。これあ同じ渡世の競争相手のヤーロの奴じゃないか。オヤ真青になって、四十番街を歩いているぞ。よオし、無線電話で交番を呼び出せ……ナニ出たって。早く逮捕を依頼しろ。なんだってもう捕えたというのかいヤーロの奴を。それじゃ一同、本庁へ引揚げだ。それ、呼子の笛を吹くんだ、呼子の笛を……」
 ピリピリピリと鳴る笛の音に集った部下を引連れ、捜査課長はニコリともしないで凱旋の途についた。


「ミッドポイント」:犯人を逮捕して目的を達成しました。通常のミステリーではミッドポイントでは犯人を確信するほど有力な情報を得るが、次のフォールで真犯人が現れるという展開がセオリーです。この作品では、捜査は終わり次の「取調べ」のアクトへと入って行きます。

「課長!」と玄関の石段をのぼるが早いか、もうA組の主任警部が待っていた。
「犯人ヤーロが待ち疲れています。早くお調べが願いたいと云って喧しくて仕方がありません」
「そうか、五月蠅い奴じゃ。紅茶を一ぱい飲んでからのことだ」
 紅茶に角砂糖を四つ抛りこんだのを、さも美味そうに飲み終ってから課長は調べ室の方へトコトコ歩いていった。


「フォール」:前述したとおりアクト2後半部分「取調べ」が始まります。

「では調べを始めるとしよう。被害者の用意は、もういいナ」
「はい、出来ています。連れて参りましょうか」
「まだいいよ。加害者のヤーロが先だ。ここへ引立ててこい」
 チェリーを一服喫っているところへ、ヤーロ親分が留置場から連れられてきた。
「課長さん。早速ですが自白しますよ。レッドの奴をバラバラにしたなア、このあっしでサ。刑罰はどの位ですか」
「そんなことは、まだ云えない。それよりもお前は何故レッドを殺害したのか」
「ナーニね。あいつの面がどうにも気に喰わねえんでサ。むしゃくしゃとして、やっちゃいました。それだけのことです」
「よオし。では次に被害者を呼べ。レッドを呼ぶのだ」
 ヤーロはそれを聞くと椅子から立ち上った。警官は畏まって、隣室から被害者レッドを連れてきた。
「やッ、ヤーロ奴、ここにいたな」
「こらッ、静まれ、喧嘩をしちゃいかん。ところでレッド、被害者として何か申立たいことはないか」
「へえ、ありがとうごぜえやす。あっしを殺したこのヤーロの奴を、ウンと罰してやっておくんなさい。終り」
「それだけだナ。よし決まった。判決。ヤーロはレッドを殺害したる罪により、金五万円也の罰金に処す。但し二十日以内に納付すべし」
「えッ五万円を二十日間に……。そりゃひどい。月賦にしておくんなさい。毎度のことじゃありませんか」
「駄目だ、毎度のことじゃから……。閉廷!」
 捜査課長は、木の槌で卓の上をコツンと叩いた。加害者と被害者とは睨み合ったまま、室を出ていった。
 課長は手をのばして、葉巻を一本口へ抛りこんだ。そして思わず独白した。
「外科が進歩するのも良し悪しだ。バラバラ屍体も二、三十分のうちに、元のピンピンした身体に縫いあげられる世の中では、殺人罪が流行りすぎてイカン」


「プロットポイント2」:取調べ終了。判決まで下してしまう。冒頭でジャンルのセットアップがしてあるので、誰も「ありえない」なんてケチはつけません。ショートショートではアクト3にオチとしてもってくる構造がよくみられます。この作品でも、ここまではSF世界観を説明するためのフリとも考えられます。次のアクト3がオチになるわけです。しかし、アクト2での展開がテーマを立てるというのは同じです。「殺人罪が流行りすぎてイカン」というテーマは現代にもつながるものを感じます。それに対して捜査課長の1つの解決がアクト3で示されるのです。

 そのとき扉が開いて、警官が顔の色を変えて入って来た。
「課長、大変です。本庁の前で殺人です!」
「ホイ、また流行ったか」
「レッドがヤーロをバラバラにしてしまいました。先刻と反対です。レッドの身体を本庁で縫い合わせたとき、肩の肉が途中で落したものか無かったため、穴ぼこになっているのです。そうなったのもヤーロのせいだというので、ヤーロの肩の肉をナイフで切り、その序にバラバラにしてしまったのです」
「仕方がない。早く両人を集めてこい。こんどは罰金をすこし高くしよう」
 それから二十一日経った。捜査課長はご機嫌甚だ斜めだ。さっき総監からイヤな言葉を抛げつけられたのだ、「君のところには、取り立て未了の罰金がすこぶる多くて責任額にも達しないじゃないか。あまり成績が悪いと気の毒だが、退職して貰わにゃならぬぞ」と威されたのである。
(よオし、こうなったらば已むを得ん。最後の手を用いて、総監の鼻を明してやろう……)
 彼は机上のマイクロフォンを取りあげて、レッドとヤーロの逮捕を電命した。
 二人の親分が本庁に到着したのは五分の後だった。
「二人揃ったネ。揃ったら、そのまま此の手術室へ入れッ」
「なにをするんです、課長さん」
「罰金は二、三日うちに届けますよォ」
「黙って入らんか。わしの命令だッ!」
 レッドとヤーロが手術室の中に姿を消してから、約一時間の後扉が明いて、一人の人間が出て来た。レッドのようでもあり、ヤーロのようでもあった。よく見ると縦半分に切断した二人の身体を半分ずつ接ぎ合わせてあった。右がレッドで、左がヤーロ。ちっとも足並が揃わず、二本の手は激しく抓り合っている。
「さあ、こっちへ来い」と課長は意地悪い笑みを浮べて云った。
「当分この状態で暮してみろ。不便で参ったら、例の罰金を調達してこい。そうすれば元々どおり、レッドはレッド、ヤーロはヤーロの身体にしてやる。金が払えないうちは駄目だぞォ」
「課長、ひでえや。もう一人のあっし達はどうなるんで……」
「あれは人質にとっといて今日から下水掃除をさせる。辛けりゃ早く金を納めて引取りに来い」


「ビッグバトル」被害者が復讐するという新しい事件がバトルです。復讐の連鎖をとめるための捜査課長の解決方法がオチとなり、喧嘩両成敗、「仲良くしなさい」といったテーマが伝わります。

 

底本:「海野十三全集 (第5巻) 浮かぶ飛行島」三一書房
   1989(平成元)年4月15日第1版第1刷発行
初出:「モダン日本」モダン日本社
   1934(昭和9)年7月号
入力:tatsuki
校正:田中哲郎
2005年5月6日作成
青空文庫作成ファイル:
このファイルは、インターネットの図書館、青空文庫(http://www.aozora.gr.jp/)で作られました。入力、校正、制作にあたったのは、ボランティアの皆さんです。

テーマは構成で伝えるもの

ご覧のように、ショートショートは必須のビートのみで、テンポ良くストーリーを進めることが読みやすさにつながります。もしも、捜査課長の社会批判や人生哲学のようなものがくどくどと語られていたりしたら、このテンポは生まれません。現代のショートショート作家ではそういう作品を書く人を見かけますが、そういったテーマをしっかり伝えるためには、それなりのページ数が必要になるのです。もちろん短くても長くてもアクト2で展開することでテーマを伝えるという仕組みは同じです。ブログのように、ぐだぐだと持論を展開することがテーマを伝えることではないのです。

緋片イルカ 2020/03/18

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