映画『パワー・オブ・ザ・ドッグ』(三幕構成分析#61)

Netflix『パワー・オブ・ザ・ドッグ』

wikipedia パワー・オブ・ザ・ドッグ

※この分析は「脚本講習」の参加者によるものです。

※この作品は10/1の「分析会」でとりあげる作品です。

【ログライン】

1925年モンタナ州、米西部社会の亡き師ブロンコを信奉する牧場主フィル(ベネディクト・カンバーバッチ)は弟ジョージ(ジェシー・プレモンス)の新妻ローズ(キルスティン・ダンスト)を金目当てと侮辱し、息子ピーター(コディ・スミット・マクマフィー)を女々しいと嘲弄する。ローズはフィルから晩餐会のピアノ演奏を妨害されたことを機に、アルコール依存症になる。ある日、ピーターはフィルが同性愛者だと発見する。フィルはピーターをコントロールしようと近づき、ロープを作ってやると約束する。しかし、ローズが皮を売り払ってしまい、激怒するフィル。そこで、ピーターが皮を提供するが、翌朝、フィルは炭疽病で死んでしまう。

【ビートシート】


Image1「オープニングイメージ」:「窓越しに見える、牧場を歩くフィル」重々しい弦の旋律。冒頭、ピーターのモノローグ。「僕が母を守らなければ誰が守る?」母親を息子が守る物語のようだ。いったい何から守るのか?母子はなぜ孤立しているのか?砂埃を上げる牛の群れ、それを囲むカウボーイたち。窓越しから、牧場を悠然と歩く主フィルが見える。

CC「主人公のセットアップ」:「風呂に入らないフィル」/「炭疽症の牛に注意」/「ブロンコの教え」/「遅れるジョージ、けなすフィル」/「ピーターを揶揄するフィル」/「ジョージにはブロンコの愛の力はわからない」 バンジョーを弾くフィル。家で入浴するジョージと対照的にフィルは風呂に入らない。早朝からの牛の移動。炭疽症の牛を注意深く避ける。フィルにとって記念すべき牧場経営25周年だが、亡き師ブロンコの教え、アカシカの狩りの提案をジョージは全く意に介さない。これがフィルの抱える問題だ。米西部のカウボーイの時代は終わっているが、フィルは頑固に守り続けているのだ。カウボーイたちと行動を共にせず、遅れるジョージにフィルは25年前落第したやつを救ったのは誰なのかと、ブロンコを称え乾杯する。フィルたちは食事にローズの宿を訪れる。ピーターの造花に気づいたフィルは彼を揶揄する。男らしくないピーターが気に食わないのだ。そして、「障害物」を乗り越えたブロンコの「愛の力」を理解しようとしない弟。怒ったフィルはピアノで唄う隣の客を追い出す。

Catalyst「カタリスト」:「フィルにローズが泣いていたことを伝えるジョージ」19分たったころ、第1章の終わり。夜、ジョージがいないことに気づいたフィル。ジョージを探すも見つからず、いつしか眠ってしまう。そこへ帰ってきたジョージ。フィルの行動でローズが泣いていたことを伝える。フィルは「男のくせに女々しいまねをするからだ」と聞き入れない。この夜をきっかけに悲劇が始まる。

Debate「ディベート」:「ジョージとローズが結婚へ」第2章は悩みの時だ。丘の動物がジョージには見えない。他のカウボーイたちも見えていない。これがこの映画のテーマであり、この家にモンスターを呼び込んだ罪だ。フィルを孤独に押し込め、ローズやピーターを苦しめたもの。有害な男らしさという西部社会の価値観である。ローズの元へ通うジョージにフィルは女の狙いは息子の学費だと告げる。それでもジョージが本気なことを知ったフィルは両親に手紙でローズのことを書くが無駄だ。

Death「デス」:「ローズと結婚した」第2章の終わり。ジョージはローズと日曜に結婚し、ビーチの宿を売ったことをフィルに告げる。フィルは厩舎に迷い込んだ牝馬を売女と言って乱暴に追い払う。

PP1「プロットポイント1(PP1)」:「ピーターの下宿先を訪れるジョージたち」33分たったころ。第3章はジョージたちがピーターの下宿先を訪れるところから始まる。第二幕が始まった。ジョージとローズは結婚し、ピーターは大学に行くことが出来たのだ。フィルが恐れていた通りに。

Battle「バトル」:「兄じゃない、雌ギツネめ」案の定、フィルはローズを認めない。ローズに対して面と向かって侮辱する。ジョージはフィルの部屋に鍵をかけ、ローズを浴室に案内する、その物音を聞くフィルはたまらず家を出る。向かう先はブロンコの鞍。フィルとブロンコの関係はBストーリーだ。フィルは池に行き、身体に泥を塗って水浴する。

Pinch1「ピンチ1」:「ローズのピアノ練習を妨害するフィル」晩餐会のためにローズはグランドピアノでラデツキー行進曲の練習をする。たどたどしく止まってしまう演奏にフィルがバンジョーの巧みな演奏を重ねて妨害する。家の外に出るローズ。音によるフィルとローズの心理的な戦いが表現される。この映画の「お楽しみ」だ。

MP「ミッドポイント」:「晩餐会でピアノが弾けないローズ、揶揄するフィル」とうとう晩餐会でピアノを弾くことになったローズ。しかし、いざ弾こうとしても手が震え弾くことはできない。そこへ来ないはずのフィルがやってくる。フィルは客人の前でピアノが弾けないローズに嫌味を言う。そして、ラデツキー行進曲の節で口笛を吹いて去る。追い詰められたローズはカクテルをあおるよう飲む。第3章が終わる。

Fall start「フォール」:「アルコール中毒のローズ」大学の夏休みでピーターが下宿先から家に帰るところから第4章が始まる。晩餐会のピアノの一件を機にローズはアルコール中毒になってしまった。家のあちこちで酒を隠し飲むローズ、フィルはそれを部屋から笑みを浮かべて眺める。ローズはどんどん追い詰められ、二人の対立は深刻な事態に。

Pinch2「ピンチ2」:「ピーターがフィルの同性愛者であることを発見する」73分たったころ。AとBのストーリーが交差する。ピーターは森を散策していると偶然にブロンコの名が書いた男性ヌード誌やブロンコのスカーフを首に巻いて池を泳ぐフィルを発見する。それに気づいたフィルはピーターを追い出し、第4章が終わる。

PP2(AisL)「プロットポイント2」:「フィルとピーターが探検に行く」ピーターに自身の秘密を知られたフィルは彼に近づきコントロールしようとする。フィルはピーターにカウボーイの作法を教えるうち、彼もブロンコの目を持っていることを知る。ピーターが乗馬を身に着けたころ、二人はいよいよ遠出する。

DN「ダーク・ナイト・オブ・ザ・ソウル」:「ローズがジョージにフィルと代わるよう訴える」ローズはピーターがフィルと一緒にいることに耐えられず、とり乱す。ジョージはフィルが乗馬を教えているだけだと言って理解することが出来ない。

BBビッグバトル:「先住民に皮をもらっていくよう言うローズ」フィルにピーターを取られてしまったローズはルイスからフィルが先住民に皮を渡さないことを聞く。ローズは先住民の後を追い、皮をもらっていくよう申し出る。フィルに対する反撃だ。ところが、ローズはその帰路倒れてしまう(半人前の死)。そこへ帰ってきたフィルは皮がないことに激昂する。皮はロープに必要だったのだ。そこでピーターが皮を提供するという。フィルはピーターに「お前の未来になんの障害物もない、今夜ロープを仕上げる、見に来い」と告げる。「障害物」とはアル中のローズのことなのか、それとも?AとBのストーリーが交差し、その夜二人はブロンコの話を交わす。そして、たばこを共有する。ところが、翌朝フィルは朝食に降りてこない。彼は病に臥せっていた。

image2「ファイナルイメージ」:「窓越しから見える、ロープを持って歩くフィル」オープニングイメージと対。ピーターの元へロープを持って牧場を歩くフィルが窓越しから見える。しかし、途中でロープを棄てる。ジョージが代わりに渡すと言って、フィルを車に乗せる。たった一人自分を理解したブロンコの目を持つピーターにフィルは棄てられたのだ。部屋には落ち着かないピーター。走っていく車。突然霊安室に横たわるフィルのシーン。

エピローグ:ピーターが祈祷書の埋葬式のための一節「剣と犬の力から私の魂を解放したまえ」を読む。手袋をしてロープをベッドの下に隠す。フィルの葬式から戻るジョージとローズが抱き合う。それを窓から見るピーター。彼は笑みを浮かべてこちらを振り返る。愛の力によって障害物は乗り越えられた。ローズはモンスター、邪悪な犬の力から解放されたのだ。しかし、観客はフィルもまたその犠牲者だったのではないかと考えさせられる。

【感想】

同性愛者自身が防衛のために有害な男らしさの強弁者になってしまうという構図を見事にドラマにしている。フィルが同性愛者だと明かされるシーンは驚きだ。また差別が目には見えないということをしっかりシーンにしているのも良い。丘の動物が、理解されない者しか見ることのできない社会に対する恐怖であるというのと、他のカウボーイにとってはカリスマが見ることが出来る動物であると思っているというのは皮肉でよくできている。

音を巧みに扱っている。前半の音楽を使った心理戦は見事だ。ピーターの櫛を鳴らすのも面白い。

このテーマにハッピーエンドはないのだろう。しかし、最後にフィルが死ぬのだとしても、彼の愛が目覚め、魂が救われるのを見たかった。

(川尻佳司、2022.09.07)

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『映画『パワー・オブ・ザ・ドッグ』(三幕構成分析#61)』へのコメント

  1. 名前:緋片 イルカ 投稿日:2022/09/20(火) 18:18:45 ID:bcb884085 返信

    分析ありがとうございます。

    ビートなどの詳細は分析会当日に譲らせていただくとして、ログラインの書き方が少し気になりました。

    ログラインの役割は「ストーリーの構造を端的に言うこと」です。川尻さんは文章がとてもお上手で、あらすじもよくわかるのですが、ログラインとしては、曖昧になってしまっている点を感じます。むしろ、ログラインでは初見の人は読んでもわからないぐらいでも構いません。

    以下、僕は作品自体未見ですが、ログラインの仕組みの観点から書かせていただきます。

    まず、一度、極めてシンプルに「誰が、何して、どう変わった」という点のみに着目してみてください。書いていただいたログラインから、該当部分だけを抜き出してみると、不足しているorズレているのがわかるかと思います。

    誰が→牧場主フィル(ベネディクト・カンバーバッチ)は

    何して→ローズ(キルスティン・ダンスト)を金目当てと侮辱し、息子ピーター(コディ・スミット・マクマフィー)を女々しいと嘲弄する

    どう変わった→炭疽病で死んでしまう。

    他キャラのアークはともかくとして、フィルだけに着目すると、フィルにとってのアクト2は何でしょうか? (※群像劇的な作品だと主人公のアークと、プロット上のアーク=プロットアークが一致していないことが多々あります)。

    ストーリー上、フィルという人はいろいろなことをしていたと思いますが「侮辱」「嘲弄」することがメインの行動として的確でしょうか? 細かいエピソードはたくさんあったかと思いますが、要約して、あえて一言でいうと「何をしていたか」(wantに着目するとヒントになります)を考えてみてください。それが全体の構造を掴むことに繋がります。

    ローズやピーターについても書きたいのであれば、同様な構造で、別の一文として書いてみてください。

    「1925年モンタナ州」といった情報は、物語上の意義をもつので、ログラインに入れるべきだと感じますが、こういうものは、後で肉付けするイメージです。
    まずは骨格として、ストーリーの構造を成り立たせるログラインをつかんで、その上に肉付けしていくような感覚をつかんでください。

    ご質問などもあれば、分析会当日、よろしくお願いいたします。