人間が感じる幸福感を生物学的にみると以下の三つしかないという。(参考『死に至る病 あなたを蝕む愛着障害の脅威 (光文社新書)』)
エンドルフィン系
満腹感や性的興奮の絶頂で生じる脳内麻薬。生理的な充足と関係し、生きることに最低限の喜びを与える。
ドーパミン系
目標を達成したときに大脳の側坐核で生じる快感物質。報酬系とも呼ばれる。例えばサッカーのゴールの瞬間、麻雀でアガった瞬間、数学の問題を解けたときなど。恋愛や覚醒剤でも放出される。
オキシトシン系
愛着の安定から、愛情や安らぎに満ちた喜びを感じる。これには「安全基地」をもつことが重要と考えられる。安全基地を持つことによって、基本的安心感や自己肯定感を得られ、生きていることそのものに喜びを感じられる。
物語のフックや感動には、生物学的に、観客にこれらの物質を放出させることと言えるかもしれない。
以下、それぞれの物語のパターンを考えてみる。
ストレス軽減系ストーリー
幸福物質ではないが、恐怖などを感じて交感神経が高まったあとにHPA系の活性化で放出される副腎皮質ホルモンは短期的にストレスへ対処となる。
これを放出させる物語として、一番わかりやすいのはホラーである。お化け屋敷、ジェットコースターなど、人間は娯楽として怖いものが好きである。それは恐怖によって交感神経を高めることで、その後に活性される副腎皮質ホルモンによって、スッキリするからである。
ホラー以外では「驚き」でも、同じように交感神経が高まる。
突然、街で昔の友人に出会ったときなどを想像するとわかりやすい。「おおっ!」と驚きと懐かしさに、目が覚めるような感覚がある。
これは、物語の登場人物にそういう「驚き」与えればいいという意味ではない。あくまで観客に「驚き」を与えなくてはならない。
「予想外の展開」や「突然の急展開」で観客を驚かせることである。有名役者の「カメオ出演」にも、この効果があるかもしれない。
また「笑う」という身体動作はそれだけでストレスを軽減する効果がある。内心、面白いと思ってなくても笑顔を作れば効果がある。
コメディ、ギャグ、シュールなど、笑いは嘲笑といえども、観客・読者にストレス緩和効果をもたらす。
人が笑うときは緊張からの緩和の意味もある。
緊張効果はホラーや「驚き」と同様なので、これらはすべて繋がっているともいえる。
エンドルフィン系ストーリー
そのもの、ずばり「食事」や「セックス」を題材にするものである。
テレビや雑誌でも、いかにその手の話題が多いことか。
ただし満腹感や性的絶頂は観客の身体に及ぶもので、物語を通して与えることはできない。それに近い気分を味合わせるのが限度である。
物語では「食事」そのものより、観客・読者の食欲をそそることが目的となる。
キャラクターが「おいしいものを食べている」ことではなく「ああ、おいしそう……」と思わせることが重要である。
たとえば、吹雪いた雪山を歩いたシーンのあとにでてくる「スープ」とか、子どもが空腹であることを描写したあとに、他の人がおいしそうに頰張るハンバーガーをじっと眺めるとか、観客・読者の空腹感を刺激するのである。
セックスも同様である。性行為の描写は、媒体によって規制もあるし、アダルトビデオがネットにですら流通している現代では(※むかしは映画の中の女優を見ることがエロスになっていた)、物語では性行為の描写よりも、そこへ到る「恋愛」の方が重要である(これはドーパミン系に属しますがが)。
また、別のジャンルでも、これらの要素はフックとなりえるので、アクション映画ですらラブをサブストーリーとしていれるのである。
サービスショットのようなお色気シーンもフックたりえるが、これも現代ではセクシャリティの問題に注意する必要がある。
性別や嗜好によって、ドキドキする人もいれば嫌悪し、ときにはハラスメントだと激怒する人もいる。
食事も同様で、ステーキを美味しそうに食べているシーンがあって、肉が大好きな男性であればおいしそうに見えても、胃腸が弱くて苦手な人は吐き気を催すかもしれない。
ドーパミン系ストーリー
わかりやすいのは「ミステリー」である。岡田さんの本に「数学の問題を解いたときに」とあるように、謎を解決したときの「なるほど!」は、それだけで快感である。トリックが簡単すぎたり、逆に難しすぎて謎解きをきいてもよくわからず「なるほど!」が不足していると、不満の残るミステリーになる。
また、サッカーの例にあるように「スポーツ」や「ミッション」をこなすアクション映画のようなものも、これに該当する。
たとえば地球に迫る隕石を破壊するアクション映画で、最後に失敗したら、観客には「ドーパミン」が発生せず、不満が残る。報酬系のドーパミンは「成功したとき」に放出される。
観客・読者には、その危機(ミッション)に自分も挑戦していると感じさせなくてはならない。つまり主人公への感情移入が必要である。
これは、自身がゴールを決めなくとも、応援しているチームが決めればドーパミンが放出されるのと同じである。興味のないスポーツで金メダルを獲ったと聞いても、あまり興奮しないのである。
「主人公に共感させる」のは構成の基本中の基本テクニックである。
例えば、たまたまテレビを点けたら「知らない映画のクライマックスシーン」をやっていたとしても、瞬時にドキドキなんてできないだろう。
映画の始めからのプロセスで感情移入させていくのである。
「事件が起きて、主人公は大切な人のために解決しなくてはいけない、しかし、そのミッションがいかに困難かを知って、うまくいくと思っていた作戦は失敗におわり、最後の賭けで、主人公は命がけの挑戦をしている……」と、プロセスを見てきたからこそ、そのクライマックスに手に汗を握るのである。
この点、ミステリーでは主人公への共感はそれほど求められない。探偵役の主人公と観客は、同時に謎に挑んでいる同士である。ときには探偵よりさくに謎を解いてやろうという読者もいる。観客の興味は「謎」に対する「答え」である。主人公の性格が奇抜で非常識でも、謎を解く能力に秀でてさえいれば主人公を認める。ただし観客よりアホな探偵は認めない。
オキシトシン系ストーリー
一言でいえば「癒し系」と「ヒューマン系」である。
癒し系は「可愛らしい」もの。動物であったり、ファンタジーの小人や妖精、ETのようなSFのキャラクターにかわいさを感じる人もいる。
いつも主人公のそばにいて、絶対に裏切らない、仲間キャラクターを「サイドキック」と呼ぶが、それも癒やしキャラクターの一種である。
「トイ・ストーリー」では主人公が人間にとってのサイドキックであり、同時にウッディの周りには多数のサイドキックとなるオモチャ達がいる。見ていて、どこか楽しく、安心するのである。
「ヒューマン系」のストーリーでは、生き方そのものを問われるものが多い。
孤独や病気など生きづらさを抱えた人が友情や愛情を得たり、家族との不和を抱えた主人公が和解するなど、まさに「安全基地」を得るまでの話である。個人的な悩みのことも多いが共感できる人には他人事ではない。主人公が癒やされると同時に、観客・読者も癒やされる。
人を幸せにするストーリー
快感物質がでて幸せになれるストーリーはお金を払ってでも見たい、読みたいと思う。だから売れる、人気が出る。
それは、おいしいものを食べるのと同じで、気分よくなれる時間と体験を買うのである。
人を幸せにするストーリーとは、ハッピーエンドで終わらすことではない。
これまでの説明でおわかりだと思うが、主人公が幸せになることと観客が幸せな気分になることは違う。
ときには、主人公が不幸になることで、観客が幸せになることもある。
コメディはその最たるもの(主人公の失敗を気兼ねなく笑う)だし、復讐ものストーリーもよくある。悪趣味に見えるかもしれないが、嫌いなやつをやっつけてスカっとするのである。現実ではなく物語の中でやっつけるのだから健全である。多くの人が、内心では不満を感じている相手を悪者に仕立て上げれば社会派風にもなる。
物語は他者とのつながりのためにある。
けれど自分自身のためでもある。
あなたの書いた物語が100人中99人から、くだらない、つまらないと言われても残りの1人にとって、大切なものであれば、その物語に価値がある(ちなみに100人中1人はむしろ多い方である)。
そして、その一人が自分だけであってもいい。
あなたの物語が誰にも認められなくても、あなた自身に書き上げたというドーパミンがでたなら、それは、あなたにとって幸せな物語である。
緋片イルカ 2020/03/03