物語初心者への「ファンタジー設定」禁止の意味(文章#41/脚本作法)

先日の「分析会」で、物語創作の初心者は「ファンタジー設定」の話を書かないようにという指導をしました。

「ファンタジーとは何か?」と聞かれたので「現実にないものはすべてファンタジー」と答えました。

ジャンルは関係ないので、幽霊、妖怪、魔法、テレパシー、超能力、変身だとか、心身の入れ替りなどなど、古今東西、無限にありますが、一般的な常識でありえないものは、すべてファンタジーとしました。

現代のテクノロジーでないものはSFと呼ばれますが、同じです。

目的は「人間ドラマ」の練習をするためです。

たとえば「オオカミ男で変身してしまう体に悩んでいる主人公」がいたとします。

「オオカミ男」という要素が目立つので、物語経験が浅い人が読むと、なんとなく個性的ストーリーに思うかもしれません。

けれど、歴史に目を向ければ、過去にどれだけの数の「オオカミ男」の物語が描かれてきたか?

スクールのような狭い範囲で物語を学ばれていると、ちょっとしたファンタジー設定が個性に見えてしまいますが、広い視野で見たら(あるいはプロ視点で見たら)クリシェです。

もちろん「オオカミ男」を書いてはいけないという意味ではありません。

大切なのは「オオカミに変身してしまう体に悩んでいる感情」です。

それが魅力的に描けなければ、この物語は成功しません。

ちなみに、ホラーとしてオオカミ男を描くのは論外。クリシェ過ぎます。オオカミが恐怖の対象って何百年前のホラーですか?というかんじです。ホラーとして描くなら「オオカミ」よりも恐い、新しい現代のモンスターを考えなければいけません。サイコパス? それも古い(1960年の最新です)。

さて「オオカミに変身してしまう苦悩」を描こうとすると、なぜ「人間ドラマ」の練習にならないのか?

設定に逃げ道ができてしまうからです。

たとえば、こんなかんじ。

初心者の物語に「オオカミになった翌朝、何もなかったように日常を過ごす主人公が描かれていた」とします。

講師「この主人公はオオカミのときの記憶がなくなっちゃうの?」

初心者「そうです」

講師「どうして苦悩するの? 記憶がないなら覚えて自分がオオカミとも気付かないよね?」

初心者「うすうす、感じるものがあるんです。半分ぐらいは記憶が残っているというか。夢に出てきたり」

講師「ルールが曖昧だけど、それならそうと分かるシーンがないと、観客が理解できないよ」

初心者「じゃあ、夢のシーンを追加します」

こんな具合に、設定の説明ばかりするシーンが増えて、肝心の「感情」を描くシーンが減ってしまうのです。

脚本では尺(ページ制限)がありますので、余計なものが入れば、その分、重要なものが抜け落ちていきます(※裏を返せば、重要なものが何かがわかるようになると、ムダなシーンとは何かもわかるようになってきます)。

初心者「だけど、『ファンタジー設定』を入れないことが、どうして人間ドラマの練習になるんですか? オオカミ男のままドラマを入れればいいじゃないですか?」

そんな文句も聞こえてきそうですが、「感情」を抽象的にとらえられるか、どうかです。

「オオカミの体に悩む」のと「肉体的な欠点を悩む」のは描き方としては構造的に同じです。

これでも、わからない人のために、念のため例を示しておきます。

「オオカミの体に悩むストーリー」
1:オオカミ男であることを、観客に認知させるシーン。ルール:「毎夜、オオカミになる」

2:ある女性に恋をする。

3:デートまで行くが、夜は一緒に入れない。

4:悩む

「肉体的な欠点を悩む」
1:極端な汗搔き症で、尋常じゃないほど汗を掻いてしまう退室。ルール:「緊張すると多量の汗が出る」

2:ある女性に恋をする。

3:デートまで行くが、汗が出すぎて逃げ出してしまう。

4:悩む

どうですか? 同じじゃないですか?

「オオカミ男」と「汗搔き症」では、「オオカミ」の方がビジュアル的に映えるし「物語っぽく」なります。

つまりは、「汗搔き症」で面白くする方が「難しい」ということです。

だからこそ、練習になるのです。

「汗搔き症」でしっかり「人間ドラマ」を描けるようになれば、「オオカミ男の苦悩」も描けるようになります。

創作は自由です。

何をやってもいいのです。「オオカミ男」だって描いてかまいません。

ただ、「魅力的なオオカミ男」を描けるようになりたいなら、初心のうちは「ファンタジー設定」を禁止することをオススメします。

「オオカミ男はファンタジーでなく本当にいるんです!」と言われると困ってしまいますが、そこまでの思い込みの激しさを持っていたら、ある種の天才かもしれません(ただし脚本より小説が良いんじゃないかな)。

緋片イルカ 2022.11.28

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