※あらすじはリンク先でご覧下さい。
https://amzn.to/3YsOJcG
一個人の感想
「好き」4 「作品」4 「脚本」3
前作の魅力がストーリーではなく多彩なコラボが要因だと考えるなら、続編は「ゲーム」でなく「インターネット」でやろうという企画は納得はできる(※ちなみに原題は Ralph Breaks the Internet。2018年公開)。デジタルという意味では似てるようでも「インターネット」と「ゲーム」はまるで別の題材。危険な路線変更。「オンラインゲーム」とするれば前作の延長上の雰囲気はよくでたかもしれないが規模は小さくなる。ラルフとヴァネロペが共に冒険をするというバディものは安定したはず。ヴァネロペが独立していく成長・変化は描きたかったテーマだとしても、題材と合っているか、キャラクターアークが描けているか疑問。「インターネット」の先で見つけた世界が「新しいレースゲーム」でよかったのか? 理屈だけならゲームセンターに新しいレースゲームがやってきたのと同じ。インターネットならではの世界の広さの中で変化していく様子が描けていない。続編にありがちな失敗ではあるが、ラルフの魅力もない。前作では「ヒーローになりたい」「メダルが欲しい」というwantの背景には仲間外れの寂しさがあった。それはヴァネロペも同じだった。前作で、克服して安定の幸せを見つけているので、そこから始めると「ハンドルを手に入れる」という外的なwantだけではキャラの魅力が立たない(それでも前作の人気に頼る形で前作のファンは共感してくれるが)。ヴァネロペの「退屈さから刺激を求める」という動機はスタート地点としては納得できるが、最終的なゴールが「新しい刺激的なレースゲーム」で、それが「本当に私のやりたいこと」(プリンセスとして歌いあげるほどに)なるのかの心情変化が描けていない。ただ新しい刺激に興奮している若い子にすら見える。あのレースゲームにも数年したら飽きるんじゃないかとすら思わせる。一方、ラルフの「平和な毎日が幸せ」という価値観も、それをメインにも据えられるテーマであるのに、寂しさから執着するストーカーのような視点に落としてしまっていて、もったいない。ラルフの行動は「ヴァネロペを大切に思っているからだ」ということをしっかり立てなくては、本当にただのストーカーになってしまう。ラルフが立つことで、価値観の違いを認めるという決断にもつながったが、ただ、外的なアクションの中で、自分の価値観を抑え込んでいるような展開で、ラストに哀愁も漂っている。それが狙いとはいえない。アクト1にセットアップがないものを狙いというのは、都合のいい解釈。構成からブレているので描写も当然、理屈っぽくなっている。具体的にひとつ挙げるとしたら、前作の「ヴァネロペが死ぬことを心配して、大切だとわかっている車を壊す葛藤」と今作の「ヴァネロペを連れ戻したいからウィルスを巻く気持ち」のような差。描写はまさに腕が出るが、前作の脚本を書いていたジェニファー・リーがアナ雪にいってしまった影響は大きかったのかもしれない。ディズニープリンセスのコラボはファンでなくても豪華なのはわかる。途中で長めシーンがあるのは許せても、アクト3で活躍させるところまで入れる必要があったのか。入れなくてはいけない要請があったとしても、もっと効果的な使い方があったはず。全体的にストーリーが制作上の要望に引っ張られて歪んでいる印象。あるいは要望を、ドラマ上で処理しきれていないともいえる。
緋片イルカ 2023.3.6