映画『ハクソー・リッジ』(三幕構成分析#93)

※この分析は「脚本講習」の参加者によるものです。

※この作品は次回の「分析会」でとりあげる作品です。

※あらすじはリンク先でご覧下さい。
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【ログライン】

第二次世界大戦で友人の出征を黙って見ていられずに、父に愛されず信仰上人を殺せないデズモンド(アンドリュー・ガーフィールド)は、弟の入隊を機に陸軍を志願し、ドロシー(テリーサ・パーマー)と結婚の約束をして、武器を持たない衛生兵として認められると、ハクソーリッジの戦いで死に物狂いの日本兵に部隊が壊滅させられそうになるが、敵味方共多くの兵を救助して、部隊を勝利に導き、殺さない戒めを守り抜く。

【ビートシート】

Image1「オープニングイメージ」:「ハクソーリッジ、鷲の翼の聖句をかみしめ、担架で運ばれるデズモンド」ハクソーリッジの激戦地。砲撃、火炎放射や銃弾で次々と兵士たちが凄惨な最期を遂げていく。その戦場の中を担架で運ばれていく負傷したデズモンド。彼はイザヤ書の聖句をかみしめている、「主は永遠の存在で世界の創造主なんだ。疲れも飽きもせず思いやりに溢れた方だ、疲れた者に強さを、弱い者に力をくださる。少年も疲れるし、青年も道に迷うが、主を信じればまた力が湧いてくるんだ。鷲のように空を飛び、果てしなく野を駆けどこまでも歩いていける」と。

「ジャンルのセットアップ」「戦争映画」)

CC「主人公のセットアップ」:「16年前の事件」「父の暴力」「医学」「第二次世界大戦と恋愛」16年前、デズモンドは弟のハルを喧嘩の末にレンガで殴ってしまい、大怪我を追わせてしまった。その時からモーセの「第六戒汝殺すなかれ」の戒めが彼を捉えて離さなくなった。彼がこの信仰的な戒めを守り抜くことが出来るのかが、この作品のテーマだ。そして、父トム(ヒューゴ・ウィーヴィング)は先の大戦のトラウマからアルコール中毒となり母やデズモンドたちに暴力を振るっている。
それから15年後、デズモンドは交通事故で処置した止血から、医療に興味を持ち、看護師のドロシーと出会って恋をする。しかし、世間では戦争が激化してきていて、恋する二人の世界にも危険が忍び寄る。

Catalyst「カタリスト」:「弟ハルの入隊」18分たったところで、突然弟ハルが軍服で食卓に現れる。家族の誰にも告げずに入隊したのだ。両親は反対だが弟の意志は固い。ただ、デズモンドだけはハルに目配せして理解を示している。

Debate「ディベート」:「入隊すべきか」デズモンドとドロシーの愛は深まっていくが、戦地への思いが2人を離れさせる。崖の上で「ぶったら2人とも落ちる」、暗示的なシーンの後、デズモンドは衛生兵に志願することをドロシーに告げる、彼女は怒るが、それは結婚する意志が2人にあるからだ。入隊して最初の休暇に式を挙げることを約束する。続いて、父トムが反対する、戦争にお前の信念は通用しない、たとえ戦争で生き残っても神に感謝はできないと。

Death「デス」:「ドロシーから聖書」父の反対も振り切ってデズモンドは出征を迎える。見送りのドロシーから渡される聖書。中には彼女の写真。裏には「無事に私の元に帰って」とメッセージ。弟や友人の出征を見ているしかできなかった古いデズモンドは死んだ。

PP1「プロットポイント1(PP1)」:「ジャクソン基地に到着」デズモンドはジャクソン基地のグローヴァ―大尉(サム・ワーシントン)の部隊という「権威」に配属される。「眼帯と松葉杖」のチームが紹介される点呼のシーン。続いて、激しい訓練シーン。戦争映画の「お楽しみ」だ。

Battle「バトル」:「ライフル訓練を拒否する」部隊はいよいよライフルの訓練を始めるが、デズモンドは銃を取らない。彼は完全に水から上がって陸地に到着した魚だ。このデズモンドの信念と軍隊の規律あるいは戦争という状況の対立が「バトル」だ。臆病者とのそしりを受け、大尉やハウエル軍曹(ヴィンス・ヴォース)、隊員から執拗な嫌がらせが始まるが彼の信念を曲げることは出来ない。

Pinch1「ピンチ1」:「大佐との面談」神と会話はできない。あくまで正気だとデズモンドは主張し、戦争であっても銃を取らないのが神による教えだと独自の宗教観を披露する。大佐は除隊の理由を見つけられず、彼には他の訓練をさせろと大尉に告げる。しかし、この「他の訓練」という言葉が後に中隊長から軍法会議にかけられる口実となってMPに向かう。

MP「ミッドポイント」:「軍法会議で無罪判決」中隊長から命令拒否で軍法会議にかけられるデズモンド、罪を認めても不名誉除隊、認めなければ刑務所、どちらにしても窮地だが、皮肉にも入隊を反対した父親(父親は先の大戦の軍服を着ていて、もう一人の水から上がったバカになっている)の助けによって、彼は無罪となり「まやかしの勝利」を得る。AとBストーリーが交差して、晴れて自由となった信念を貫いたデズモンドとドロシーは結婚する。

Fall start「フォール」:「死体となって戻る先発隊」1945年5月沖縄。デズモンドの所属する第77歩兵師団はハクソーリッジと呼ばれる激戦地に向かう。その途中戻ってきた先発隊は死体の山。「危険度アップ」だ。

Pinch2「ピンチ2」:「壕を制圧」壮絶な戦闘を終え、日暮れには壕を制圧する部隊。デズモンドは救助を続行し、かつて彼を虐げていたスミティ(ルーク・ブレイシー)が援護する。AとBストーリーが交差して、その夜、デズモンドはスミティから誤解していたと告げられ、臆病者というバカから「変質」する。父親の愛を受けられなかった2人。人を憎んだスミティにデズモンドは父を心で撃ったが何も変わらなかった後悔を打ち明ける。銃を取らない理由を明かして、ピンチ1の対になる。

PP2(AisL)「プロットポイント2」:「スミティの死、部隊崖から追われる」一夜が明けた後、地から湧いた日本兵の猛追に部隊は撤退を余儀なくする。スミティが負傷し、デズモンドは彼を抱えて崖まで走るが、「インサイダー」の彼はこと切れてしまう。艦砲射撃の中、大勢の負傷兵を残して、部隊は崖を降りてしまう。過酷な戦争の前にやはりデズモンドの信念は通じないのか。

DN「ダーク・ナイト・オブ・ザ・ソウル」:「衛生兵を呼ぶ声」デズモンドは主に訊ねる「僕に何をしろと?声を聞かせて」。すると、嵐の砲撃の間から衛生兵を呼ぶ声がする。

BBビッグバトル:「ハクソーリッジに留まり負傷兵を救助する」デズモンドは自分の助けを呼ぶ隊員の声に、主の声を聞いた。雨のように降る艦砲射撃の中で彼は救助を開始する。最後の戦いは彼の信念と戦争そのものとの戦いだ。負傷者を崖下までもやい結びのロープで降ろす。降りてきた負傷兵を見張りたちが発見し、医療テントに運ぶ。まだ崖に味方がいる。砲撃は中止されるが、今度は日本兵が反撃に来る。殺される負傷兵たち。からくも生き延びたデズモンドは壕に隠れる。敵味方関係なく、次々と負傷兵を降ろし、最後に軍曹たちを救助して崖下に戻るデズモンド。水浴をして聖書を読む。多くの負傷者を出し、援軍を待つ時間もない部隊には奇跡が必要だ。大尉が彼を認め、安息日に最後の戦いに挑む。デズモンドの祈りが出撃の準備だ。再びの激戦で、デズモンドは手榴弾をはじき返し、脚を負傷するが、日本兵は降伏し、部隊は勝利をおさめる。

image2「ファイナルイメージ」:「天に浮かぶデズモンド」日本軍の将兵の首が落ち、ハクソーリッジを完全に制圧して、デズモンドの手に聖書が戻る。彼は担架ごと崖からロープで降ろされて、光り輝く天に浮かぶ。まるで、主を待ち望む者の鷲の翼ように。激戦地で自らは人を殺さず、力の及ぶ限り多くの人を救助した。そして、戦争で生き残って、神に感謝している。これが真の勝利、ジンテーゼだ。

エピローグ:実際のデズモンドのその後が語られる。この戦いで75人を救助した彼は良心的兵役拒否者として初めての名誉勲章を授与。最愛のドロシーとその最期まで添い遂げた。彼は死んだ兵士こそが英雄なのだと語り、負傷兵の顔を洗って、目が見えるようにしたときの喜びを話す。今も道を求める人々に信仰の目を開かせている彼は2006年3月、87歳でこの世を去った。

【感想】

ハクソーリッジの戦いを通して自分の信念を曲げなかった宗教的英雄の物語。キリスト教をテーマにした作品をいくつも手掛けたメル・ギブソン監督。ハクソーリッジというタイトルではあるが、あくまで英雄の過酷な試練として描かれているので、多くの民間人も巻き添えになった沖縄戦ドラマとしては物足りないと感じるかもしれない。その点宣伝では一切沖縄に関して語られず配慮されたようだ。
その凄惨な迫力ある戦争描写は力強く、評価を集めた。所々のホラー的な演出がそぐわないと感じる部分はあるが、それも宗教的英雄を描くためだからなのだろう、実際のそれらしさよりも彼に与えられた過酷な試練、死の恐怖の演出なのだ。ディベートも彼自身が悩むというより、すでに心に決めた者と周りとの軋轢であり、まさに宗教的英雄らしい。
ラストで、彼の信念の奇跡が部隊の戦争の勝利と一つとなっていくので、その点、反戦感情があると共感を得られにくいものになっている。彼が兵役に志願した帰結としてふさわしい結末だとは思うが、部隊の勝利は強調せずに、戦争の中にあっても信仰を失わない表現をしても良かったのではないか。もっと複雑に沖縄戦の全容を含めて、彼の信念を描けたならもっと面白い作品になったのではないかと思う。

(川尻佳司、2022/11/13)

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