(イルカの独り言)梅雨くなってきた。

※イルカの日記です。有益な情報とかはありませんので、ご了承の上、お読みください。

仕事の夢という徒労感

「人は何故、寝ているときまで働く夢を見るのか?」

問いかけにしてみましたが、とくに意味はありません。

働いている夢を見ると、起きた時の徒労感がすごい。

僕はファンタジックな夢をしょっちゅう見る方なんですが、仕事の夢が出てくるときは、たいてい、焦っているときで、それも、なぜか、昔にしていたコンビニやファミレスの仕事をしていることが多いです。

今日もファミレス風でした。

お客さんのグループが上の階でパーティーのよううなことをしていて、みんないい人達で、注文もとれてないしドリンクすら運べていないのに「いいですよ~」と言ってくれている。

けれど、なんとか持って行かなくてはと、キッチンのある2階(知らない場所です)へ行って、作業をしていると、あげくゴキブリの登場。

給料も発生しない仕事の夢を見た上に、ゴキブリを退治するという徒労感……

夜の3時過ぎでしたが、もう一度、寝ようとしたらゴキブリの映像が浮かんで寝れないので、起きてこれを書いてます。

「夢は眠りが浅いところで見る」という説が一般的に言われていますが、これは「レム睡眠のときに起こすと夢を見ている」というところから来ているだけで、僕はノンレム睡眠でも夢は見ていると感覚的に思っています。

夢にも浅いところで見るものと、深いところで見るものがあるということです。

詳しく書くと、それだけで数時間、語れてしまいそうですが、瞑想を習っていた時期があって、瞑想の精神状態と、夢を見る状態は似ていると感じます。

夢を見るとは、意識が休むことによって、無意識的な情報処理が行われて、起きたときには、それを覚えているかどうか。

言語は、意識の表層に近い部分で処理される(人間が後天的に身につけた高次機能)なので、深い夢は言語化はできないし、ストーリーのような論理的な構造も持っていない。起きている状態からすると支離滅裂なのです。

映像とか、印象といったものは、より原始的なので、夢の中で感じる、そういった感覚は、より意味があると思います。

たとえば「大切な家族を殺す夢を見た」というようなときに、その表面的なストーリーの部分だけみて「本当は家族を嫌っているのか?」なんて思う必要はなくて、その夢を見たときに「すっきりしていた」か「悲しいと思っていた」かで、全く意味合いは変わるのです。

占いのような夢判断も、フロイド的な一般論も、闇雲に信じる必要も無いし、そもそも、安易に、他者の判断に委ねるべきでもないと思います(長期にわたって、夢の内容を共有しているカウンセラーなら別でしょうが)。

ああ、語り出すと、キリがないので、まとめようかと思いますが、無意識の深い領域で見た夢を、そのまま「夢の記憶」や映像として、覚えていられるときがあって、それは無意識領域と、表層意識が一致した、閃きのような瞬間になります。僕が習っていた先生は、それを「ビジョン」と名付けていましたが、まさにそれだなと思う夢を何度も見たことがあります。

よく、科学なんかでの発見を夢で見たことがヒントになったという例が、多々ありますが、それもビジョンの一種だと思います。

で、それに比べて、僕が仕事の夢を見るときというのは、たいていは焦っているような緊張状態のときで、それがどこからくると、身体の緊張から来ている、という話がしたかっただけなのです。かなり遠回りしました。

カーナビみたいに、話が逸れているときに、指摘してくれる装置があったら、注意されまくりです。

それで、なんで、身体がこうも強張ってるかというと「梅雨ですね~」と言いたかっただけなのです。夢の話は興味がある人がいれば、いつか、どこかで語りあいたいです。

梅雨とクールビズ

うちの職場では、今日からクールビズが始まりました。

上着を着なくてもいいというのは、とても楽なのですが(ちなみに男性だけスーツを強制されるのは男性差別ですよね)、ついつい必要以上に薄着になりすぎて、体を冷やしてしまいがちです。

湿度で大腿の裏筋が強張るので、ストレッチして意識的にほぐすようにしていますが、ほぐしきれず、腰や肩が固まって、頭痛へと繋がってくる。

そんな身体状態が、仕事の夢にもつながっているという自覚です。

手で触れてみると、足の表面温度が下がっていて、自覚している以上に脚が冷えているのだなと思いました。

蒸し蒸しして、暑苦しいから、つい薄着になりがちですが、そのせいで体を冷やさないように注意しないと。

同僚(兼友人)が呟いていたけど「こういう気候だとイライラしちゃいますね」。

まさに、無益な諍いも増えそうな時期なので、苛ついている自分や、他人を刺激しないように、気をつけようと思います。

100文字小説一次通過の作品

がらっと話題が変わって100文字小説大賞の投票が〆切となって、一次選考通過作品が決定しました。

残念な結果の人もたくさんいますが、通っていた方はTwitterでリツイートで悦びを表明されていたりして、なんだか、こちらも嬉しくなります。

僕が選考したわけでもないので、素直に「よかったね!」と。コメントに返したいこともあったのですが、一応、選考途中なので、個別のコメントは避けました。

選考は、予定ですが、22日(土)にしまうまさんと行う予定です。ライブ配信するかもしれませんが、前回に比べて話し合うことが多いので、グダグダしそうなので、当日次第。

22日に会えればの話ですが、来週中には発表できると思っています。

「大賞」「スプリング賞」は、一次選考通過作品の中から1つずつ。

それとは別に、個人的に好きなものに「イルカ賞」。(※「しまうま賞」もあります)

あと、ほっこりトークでしまうまさんが思い付きで言っていた「アオハル賞」(青春っぽい作品に)。

オチが怖い、笑えるなどの、いかにもショートショートっぽい話に「SS賞」というのを特別賞として作りたいなと考えています。

たくさんの応募者の方がいらっしゃったので、たくさんの方にあげたいという気持ちがあります。

一次選考通過に関係なく、すばらしいと思った作品がたくさんあったので、そういう作品を積極的に評価していきたいという気持ちもあります。

おこがましい言い方をするなら「こういう読み方ができたら、この作品、もっと面白くない?」という発見をを提示していきたいというのがあります。

投票による選考は「わかりやすいオチ」のものが評価されやすい傾向があるけど、小説の面白さは、オチだけじゃないし、それが「100文字小説」という、あえて「小説」と呼んで主催している拘りでもあります。

「読書会」でも、いろんな読み方を考えていますが、読み方は「書き方」にもつながってきます。

表向きには「楽しく書いたり読んでもらうイベント」になればいいと思っているけど、その先で「文学村」らしい活動になればいいと思っています。

特別賞については、当日、しまうまさんと相談次第なので、まだ、どうなるか、わかりませんが、とにかく賞を出したいな~思います。もちろん賞金も出しますが、たいした額ではありません。

そもそも大賞を含めて、大した額ではありませんが、そこには狙いもあって、へんに賞金を高額にして、お金目当てて応募されるような、あざとい作品は、求めていないという趣旨もあります。

出版社が原稿料代わりに払ってる賞金や、他業種の企業が、余剰金で開催しているコンクール(税金対策の意味もあるらしいです)とちがって、うちのような個人主催のコンクールの賞金は、僕としまうまさんの自腹です。

一応、社会人ですから、財布の紐をゆるめれば、数千円、数万円ぐらいは上げられます。

賞金の額が「コンクールにかける思いだ」と言う人もいるかもしれませんが、まあ、僕らだってM沢さんぐらいの収入があれば、ポンと100万ぐらい出しますけど、庶民なので生活レベル的に、何十万はちょっと無理です。

賞金が出せない分という意味ではありませんが、応募していただいた作品はしっかりと読み込んで、しっかりと僕なりに評価していきたいと思っています。(ちなみに芥川賞や直木賞でも賞金は副賞となってます。)

応募してくださった方々も、賞金が低いのは承知の上で応募してくださってるので、金額について、どうこう言う人はいらっしゃらないと思いますが、それでも評価した作品には賞金を出したいと思うのは、「素敵な作品を読ませたいただき、ありがとうございました」というような気持ちです。今風でいえば「投げ銭」に近いかもしれません。

僕自身、書く身なのでわかりますが、作品が評価されて、受賞するというのは、賞金以上の嬉しいはずなので、そういう気持ちを少しでも味わってもらいたいとも思います。

一次選考に通ってなくても「僕はこの作品好きです!」と特別賞を出したいというのは、そんな気持ちからです。

それでも、選考の上、落としてしまう人もいますが、それは、こちらも「真剣に選考した上」なので、シビアにいきたいと思います。シビアに評価してるからこそ、受賞にも価値がでるはずです。

なんだか、何が言いたかったのか、わからなくなりました。

ともかく、特別賞をいくつか作りたいと思っているって話でした。それから僕が投票した作品の感想については、大賞発表後、公表予定です。

ギリギリで特別賞からも漏れてしまう作品もありますが、それでも、これは好きでしたよというのを感想という形で、表明したいと思います。

もちろん、僕の投票からも漏れてしまった作品もあります。そういう作品でも、感想が欲しいという人がいれば、応えるつもりです。

「100文字小説大賞」は、いずれ、第3回もやるつもりでいますが、一方通行なコンクールではなくて、いろんな交流の機会になればいいと思っています。それが「文学村」という、このサイト自体の趣旨でもあります。

自作を書きなさい

2週間ほど前から、仲間2人と次の応募(9、10月)に向けて、執筆を始めています。

お一人は同作会に入ってくださった方で、もう一人は検討中の方です。

毎週土曜に、お互い進捗を報告して、データ管理もしています。

お二人は順調に進んでいて、喜ばしいかぎりですが、僕の方はまだプロットを立てただけで遅れています。

各自のペースがあるので、必ずしも周りと同じにする必要はないのですが、いい意味での刺激を受けていて、やらなくてはと思っています。

今回、書こうと思っている作品は、自分の中で思い入れのある作品なので、どうしても丁寧に書きたいと身構えてしまい、取りかかれないでいる部分もあります。

資料的な作品も見ておきたいと思ってしまったりして、昨日は『友罪』という邦画をチェックしました。

図書館で、数冊、関連資料の予約もしています。

資料集めは「やってる気」になってしまう危険性もあるので、書きながら集めていきたいと思っていますが、きりかえが難しい。

先週は仕事が忙しくて、ちょっと振り回された、というのは言い訳でしかないので、言わないつもりですが(と言い訳している)。

ともかく、仲間がいることは、たいへん有難い。いい方たちばかりなので、プラスしかない。頑張ろう。

こんな風に、ここで、書くことで、こんな日記を書いていないで、小説の方を書くかという気持ちになるのです。

今日の一枚
近くに、毎年、きれいな紫陽花が開くお宅があるのですが、まだ撮っていないので、ちょっと前に撮ったこちら。

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