「ねえ、付いてるよ、ソース」
ワタシはスガコに言われて胸元の汚れに気付いた。
「あああああ。」
「すぐに拭きなよ? ミートソースだから染みになっちゃうよ?」
「うん。」
濡れタオルで叩き拭いたが、赤黒い点はもう届かないところまで染みこんで、傷跡みたいにピンクのセーターに残った。
不意に大切な人を傷つけてしまったようで、そう思ったらよけいに悲しくなって、涙が出てきた。
「ちょ、ちょっと…泣くほどのこと…? ねえ、大丈夫…?」
「だって…、悲しいんだもん。」
「高かったの?」
ワタシは首を横に振った。
「もしかして…ケンイチくんのプレゼント?」
ワタシは首を縦に振った。
「そっか…。」
けれど、そういうことではないのだ…。
ワタシはパステルグリーンのマフラーを巻いて家を出た。スガコが泣き止まないワタシに買ってくれたマフラー。
「買ったの? そのマフラー?」
ケンイチが聞いてくれて、ワタシは嬉しかった。
「んん。スガコが買ってくれたの?」
「は?」
「ワタシが、セーターにソース付けて泣いちゃったら、買ってくれたの。」
「何だよ、それ。」
「どうして怒るの?」
「スガコちゃんって友達だろ? 何で買ってくれんだよ?」
「友達だからだよ。」
「そうやって、子供みたいにわがまま言って、周りの人に迷惑かけんなよ。」
「迷惑かけてないよ?」
「スガコちゃんに悪いとは思わないの?」
プレゼントしたいからする、くれたからもらう、それは悪いことなのかな?
「プレゼントもらって、喜んじゃいけないの?」
ケンイチは大きなため息をついた。
「セーターって、俺が買ってあげたやつだろ?」
「そうだよ。」
「それで、遠まわしに俺にも何か買えって言ってんの?」
「???」
ケンイチは財布から一万札を抜きだして、ワタシの手に握らせて去っていってしまった。
ワタシはケンイチがどうして怒っているのかも、どうしてお金をくれるのかも、全然わからなかった。
クリスマスに飾られた街を歩くだけでワタシは楽しくなってしまった。
店先のクリスマスリースに誘われて、そのお店に入った。
トナカイが描かれたカップとソーサーを見つけた。鼻の赤いトナカイ。スガコがティーカップを欲しがってたのを思い出した。1組にするか2組にするか考えた。
ワタシの中のスガコが
「何で2つ? ひとりもんの私への嫌味?」
と言った。
「サンタさんにミルクを出すとき必要でしょ?」
ワタシは答えた。
ワタシは2組のカップとソーサーをレジに持っていった。
「プレゼント用ですか?」
ワタシは大きく頷いて、ケンイチのくれた一万円札を出した。
ケンイチが怒った理由はまだわからなかった。こんなに楽しいんだから一緒にくればよかったのに、とワタシは思った。
何か嫌なことでもあったのかな?
「クリスマスは会えない」と言われたので、プレゼントは先に渡すことにした。
「ごめん。」
ケンイチは会うなり謝った。
「実は、クリスマス約束があるんだ。」
「いいよ、別に。」
「…女の子なんだ。」
「女の子?」
「…その子のこと…好き…なんだ…。」
「へえ~。よかったじゃん!」
「え?」
「好きな人が出来たって素敵なことだよ。」
「うん。だから、お前とは…。」
「わかってるよ。」
「ごめん…。」
「どうして謝るの?」
ワタシはケンイチが去って、プレゼントを渡しそびれたのに気付いた。だから、その足でスガコの家に向かった。
スガコは、ワタシがケンイチに渡そうと思っていたプレゼントを見ていった。
「何これ?」
光に反応して首を振り続けるトナカイの置物。
「可愛いでしょ? ケンイチ、元気なさそうだったから、これ見たら元気になるかなと思って。」
「これってケンイチ君へのプレゼントだったの? ここで開けちゃダメだったじゃん?」
ワタシはケンイチに好きな人が出来たことを伝えた。スガコは聞き終えると、黙って紅茶を入れてワタシの前においた。ワタシがあげたトナカイのカップだった。
「悲しいね、この時期にね…?」
スガコは言った。
「どうして?」
スガコがちょっと驚いた顔をした。
ワタシはスガコの次の言葉を待った。
「あんたって、もしかして、トナカイ好き?」
「うん、大好き。鼻が赤いから。」
スガコがどうして笑ったのか、わからなかった。
(「ふわふわふわ」おわり)