前回、キャラクターの性格により論理的なセリフを話したり、感情的なセリフを話すということを考えました。
今回は同じキャラクターでも、そのシーンでのテンションによって、セリフが変化するということを考えていきます。
例文は前回と全く同じです。けれど今回は夫のセリフに注目してお読み下さい。
パターンA
妻「誰と会ってたの?」
夫「はあ? 会社の後輩を飲みに連れてくって言っただろ」
妻「女でしょ?」
夫「違うよ。田中くん。ほら、この前、書類を届けにきただろ、あいつだよ」
妻「女と逢ってたんでしょ? 浮気してんのわかってんだから」
夫「はあ? 証拠でもあるのか?」
妻、夫のスマホを奪って、
妻「このユミって誰? 今日の18時にかけてる」
夫「ああ、田中くんの女だよ。奥さんにバレたくないからってスマホ貸してあげたんだよ。よく頼まれるから電話帳に登録してるけど、もし俺が浮気してんなら、こんな堂々と残しておくわけないだろ?」
妻「……うん」
パターンB
妻「今日は誰と会ってんだっけ?」
夫「ん? 田中くん。ほら、この前、書類を届けにきただろ、あいつだよ」
妻「どこで飲んでたの?」
夫「いつもの店。会社の近く」
妻「どんな話したの?」
夫「なんだよ。今日は妙に訊くな。まあ、会社の愚痴だよ」
妻「浮気相手の話とか?」
夫「まさか、そんな話しないよ」
妻「ふーん」
妻、夫のスマホを奪って、
妻「じゃあ、このユミって誰? 今日の18時にかけてるね」
夫「ん? ああ、田中くんの女だよ。奥さんにバレたくないからってスマホ貸してあげたんだよ。よく頼まれるから電話帳に登録してるけど……」
妻「ふーん、そうなんだ~じゃあ、かけてみていい?」
夫「えっ……」
同じキャラクターでも状況によって、動揺したりセリフに変化がでます。
パターンAではうまく丸め込めると思っているので余裕でベラベラと喋ってますが、パターンBでは危機感のせいで「……」が増えています。
基本的な捉え方として、緊張や悩み事でストレスがあると人は本来の性格とは変わります。無口になる人が多いようですが、緊張を紛らわせるためにやたらとおしゃべりになる人もいます。
慣れない相手とお酒の呑むとペースが早くなってしまうなんてことを経験したことがある人も多いかと思います。前に考えた「言い間違い」が起こることもあります。
妻、夫のスマホを奪って、
妻「じゃあ、このユミって誰? 今日の18時にかけてるね」
夫「ん? ああ、えっと、娘じゃなくて、妹! 妹だよ」
妻「妹? あんたに妹なんていたんだ? 初めて聞いた」
などなど。
恐怖に対して動物的な反応は「Fight or Flight]=「逃げるか戦う」と言われます。(※追記。心理学の本にfreeze=「思考停止」もあると書いてありました)
ストレスは恐怖の前段階なので、性格による個体差があります。
前回、例にあげた「ヒステリー」を起こすという反応は「戦う」、もはや夫に興味を失って里帰りするとか、離婚や自分も浮気をするといった反応であれば「逃避」になります。
そういえば以前に舞台の脚本を書いたときにこんなことがありました。
そのキャラクターは救急救命士をしていた後に消防士になったという設定で人を助けることに真剣な、生真面目すぎるキャラクターです。新人と呼んでおきます。
一方、先輩の消防士は不謹慎なジョークを言ったりして彼を苛つかせます。
口は悪くとも仲間からの信頼は厚く「お前、あの人が何人助けたと思ってるんだよ」などと言われますが、何人か尋ねると「忘れた」という始末。
二人は初めての火災現場で消防活動にあたり、先輩は命をかけて仲間を救います。
新人「教えて下さい。隊長は今まで何人救ったんですか!? 俺は……絶対あなたより多くの命を助けてやります。教えてください。何人ですか?」
先輩「15人」
新人「え?」
先輩「俺が救えなかった命だ。助けた数は覚えちゃいねえ」
そこで、新人は次のセリフが吐きます。
新人「……あなたが、俺の救えなかった1人目です」
そして先輩を置いたまま、自分たちは避難します。クライマックスのシーンです。
この「救えなかった1人目」というのは救急救命士だった過去を考えると矛盾です。
同じことを、新人役を演じた役者さんも感じたらしく、
新人「……あなたが、消防士になってから俺の救えなかった1人目です」
とセリフを言い替えていました。これは論理的に正しいですが、この状況、このテンションで論理的に正しいことが重要でしょうか?
実は僕も一度はそのように書いてから「消防士になってから」は削除しました。
このセリフは観客に「ん? ああ、元々救命士だったんだった」という思考を促してしまいます。
それに「救命士だったこと」は前半で少し語られている程度なので忘れてしまっている人には「ん?」しか残りません。
クライマックスの重要なシーンで、観客の思考を促すのはマイナス効果です。
また、このキャラクターの内面の掘り下げという意味では、救急救命士だって立派な仕事なのに、どうしてわざわざ消防士になったのか?
もしかしたら、彼は仕事や作業としては救命という仕事をしていても、実感としては「助ける」ということを感じられていなかったのかもしれません。
その彼が初めて「救えなかった」と感じたなら「1人目です」でも感情的には矛盾ではないのです。
今回は「脚本家はそれなりに考えてるんですよ」という話になってしまいましたが、役者さんの役作りからキャラクターの内面に気付かされることも多々ありました。映画や舞台は共同作業である楽しさや発見がとてもあります。そんな話もどこかでできればと考えています。
緋片イルカ 2019/07/14
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