がっつり分析は三幕構成に関する基礎的な理解がある人向けに解説しています。専門用語も知っている前提で書いています。三幕構成について初心者の方はどうぞこちらからご覧ください。
著作権フリーの作品を使ってビートを示してみます。
三幕構成の作り方シリーズでは、浦島太郎の物語をラブストーリーとして構成するということをやってきましたので、今回は楠山正雄の浦島太郎を分析して違いをみていきたいと思います。
浦島太郎は民話なのであらすじ(構造)は固定されているけれど、解釈には幅があります。民話はそもそも著作権フリーだったものが語り継がれていくなかで定型化してきたものです。現代でも浦島太郎や乙姫をモチーフにしてオリジナル作品を書くのも自由です。今回の『浦島太郎』は楠山正雄(くすやま まさお)バージョンといえます。
ウィキペディアによると、楠山正雄は「日本の演劇評論家、編集者、児童文学者。主に大正時代から昭和時代戦後初期にかけて活動した」そうです。「1915年に、冨山房で児童書の杉谷代水のアラビヤンナイト翻訳の校訂を担当したことを機に、児童文学の編集・翻訳・再話を関わるようになり、『模範家庭文庫』『画とお話の本』などの全集シリーズやアンソロジーを編纂し、自らも創作に携わった。その過程で、鈴木三重吉が立ち上げた『赤い鳥』にも参与し、日本のみならず様々な国の童話の邦訳・再話作品を掲載した。第二次世界大戦が近づくと、主に日本国内のおとぎ話や神話・伝説の再話に専念していった。」とのことです。
今回は文章が長めですし、内容はいうて『浦島太郎』なので、読みながら分析していくのがおすすめですが、先に読みたい方は青空文庫からどうぞ。
青空文庫
『浦島太郎』楠山正雄(5542字)
※分析は広告の後から始まります。
『浦島太郎』楠山正雄(5542字)ビート分析
※本文中のルビはイルカが削除しました。
一
むかし、むかし、丹後の国水の江の浦に、浦島太郎というりょうしがありました。
浦島太郎は、毎日つりざおをかついでは海へ出かけて、たいや、かつおなどのおさかなをつって、おとうさんおかあさんをやしなっていました。
「むかし、むかし」という時間、「丹後の国」という場所、「両親を養っている漁師の浦島太郎」という主人公のセットアップがされます。ちなみに丹後国は現在の京都府北部で、今でも浦嶋神社が残っていたりします。浦島太郎の話自体は8世紀頃の『丹後国風土記』に記されているのが最古での記録です。
ある日、浦島はいつものとおり海へ出て、一日おさかなをつって、帰ってきました。途中、子どもが五、六人往来にあつまって、がやがやいっていました。何かとおもって浦島がのぞいてみると、小さいかめの子を一ぴきつかまえて、棒でつついたり、石でたたいたり、さんざんにいじめているのです。浦島は見かねて、
「まあ、そんなかわいそうなことをするものではない。いい子だから」
と、とめましたが、子どもたちはきき入れようともしないで、
「なんだい。なんだい、かまうもんかい」
といいながら、またかめの子を、あおむけにひっくりかえして、足でけったり、砂のなかにうずめたりしました。浦島はますますかわいそうにおもって、
「じゃあ、おじさんがおあしをあげるから、そのかめの子を売っておくれ」
といいますと、こどもたちは、
「うんうん、おあしをくれるならやってもいい」
といって、手を出しました。そこで浦島はおあしをやってかめの子をもらいうけました。
子どもたちは、
「おじさん、ありがとう。また買っておくれよ」
と、わいわいいいながら、行ってしまいました。
そのあとで浦島は、こうらからそっと出したかめの首をやさしくなでてやって、
「やれやれ、あぶないところだった。さあもうお帰りお帰り」
といって、わざわざ、かめを海ばたまで持って行ってはなしてやりました。かめはさもうれしそうに、首や手足をうごかして、やがて、ぶくぶくあわをたてながら、水のなかにふかくしずんで行ってしまいました。
それから二、三日たって、浦島はまた舟にのって海へつりに出かけました。遠い沖のほうまでもこぎ出して、一生けんめいおさかなをつっていますと、ふとうしろのほうで
「浦島さん、浦島さん」
とよぶ声がしました。おやとおもってふりかえってみますと、だれも人のかげは見えません。その代り、いつのまにか、一ぴきのかめが、舟のそばにきていました。
浦島がふしぎそうな顔をしていると、
「わたくしは、先日助けていただいたかめでございます。きょうはちょっとそのお礼にまいりました」
かめがこういったので、浦島はびっくりしました。
「まあ、そうかい。わざわざ礼なんぞいいにくるにはおよばないのに」
「でも、ほんとうにありがとうございました。ときに、浦島さん、あなたはりゅう宮をごらんになったことがありますか」
「いや、話にはきいているが、まだ見たことはないよ」
「ではほんのお礼のしるしに、わたくしがりゅう宮を見せて上げたいとおもいますがいかがでしょう」
「へえ、それはおもしろいね。ぜひ行ってみたいが、それはなんでも海の底にあるということではないか。どうして行くつもりだね。わたしにはとてもそこまでおよいでは行けないよ」
「なに、わけはございません。わたくしの背中におのりください」
かめはこういって、背中を出しました。浦島は半分きみわるくおもいながら、いわれるままに、かめの背中にのりました。
かめはすぐに白い波を切って、ずんずんおよいで行きました。ざあざあいう波の音がだんだん遠くなって、青い青い水の底へ、ただもう夢のようにはこばれて行きますと、ふと、そこらがかっとあかるくなって、白玉のようにきれいな砂の道がつづいて、むこうにりっぱな門が見えました。その奥にきらきら光って、目のくらむような金銀のいらかが、たかくそびえていました。
「さあ、りゅう宮へまいりました」
かめはこういって、浦島を背中からおろして、
「しばらくお待ちください」
といったまま、門のなかへはいって行きました。
言うまでもなく竜宮城という旅=非日常の世界が始まります。それが「プロットポイント1(PP1)」です。「門」という描写はプロットポイントのイメージとしてよく用いられるモチーフです。
二
まもなく、かめはまた出てきて、
「さあ、こちらへ」
と、浦島を御殿のなかへ案内しました。たいや、ひらめやかれいや、いろいろのおさかなが、ものめずらしそうな目で見ているなかをとおって、はいって行きますと、乙姫さまがおおぜいの腰元をつれて、お迎えに出てきました。やがて乙姫さまについて、浦島はずんずん奥へとおって行きました。めのうの天井にさんごの柱、廊下にはるりがしきつめてありました。こわごわその上をあるいて行きますと、どこからともなくいいにおいがして、たのしい楽の音がきこえてきました。
やがて、水晶の壁に、いろいろの宝石をちりばめた大広間にとおりますと、
「浦島さん、ようこそおいでくださいました。先日はかめのいのちをお助けくださいまして、まことにありがとうございます。なんにもおもてなしはございませんが、どうぞゆっくりおあそびくださいまし」
と、乙姫さまはいって、ていねいにおじぎしました。やがて、たいをかしらに、かつおだの、ふぐだの、えびだの、たこだの、大小いろいろのおさかなが、めずらしいごちそうを山とはこんできて、にぎやかなお酒盛がはじまりました。きれいな腰元たちは、歌をうたったり踊りをおどったりしました。浦島はただもう夢のなかで夢を見ているようでした。
ごちそうがすむと、浦島はまた乙姫さまの案内で、御殿のなかをのこらず見せてもらいました。どのおへやも、どのおへやも、めずらしい宝石でかざり立ててありますからそのうつくしさは、とても口やことばではいえないくらいでした。ひととおり見てしまうと、乙姫さまは、
「こんどは四季のけしきをお目にかけましょう」
といって、まず、東の戸をおあけになりました。そこは春のけしきで、いちめん、ぼうっとかすんだなかに、さくらの花が、うつくしい絵のように咲き乱れていました。青青としたやなぎの枝が風になびいて、そのなかで小鳥がないたり、ちょうちょうが舞ったりしていました。
次に、南の戸をおあけになりました。そこは夏のけしきで、垣根には白いうの花が咲いて、お庭の木の青葉のなかでは、せみやひぐらしがないていました。お池には赤と白のはすの花が咲いて、その葉の上には、水晶の珠のように露がたまっていました。お池のふちには、きれいなさざ波が立って、おしどりやかもがうかんでいました。
次に西の戸をおあけになりました。そこは秋のけしきで花壇のなかには、黄ぎく、白ぎくが咲き乱れて、ぷんといいかおりを立てました。むこうを見ると、かっともえ立つようなもみじの林の奥に、白い霧がたちこめていて、しかのなく声がかなしくきこえました。
いちばんおしまいに、北の戸をおあけになりました。そこは冬のけしきで、野には散りのこった枯葉の上に、霜がきらきら光っていました。山から谷にかけて、雪がまっ白に降り埋んだなかから、柴をたくけむりがほそぼそとあがっていました。
浦島は何を見ても、おどろきあきれて、目ばかり見はっていました。そのうちだんだんぼうっとしてきて、お酒に酔った人のようになって、何もかもわすれてしまいました。
何もかも忘れてしまうほどに酔いしれた島太郎が「ミッドポイント」と言えます。浦島太郎は「竜宮城という夢のような世界」を見てみたいと思い、訪れ、その世界に酔いしれたのです。ミッドポイントの後には折返し「フォール」(ブレイク・スナイダーの「迫り来る悪い奴ら」)が始まります。帰ろうと思うのです。
三
毎日おもしろい、めずらしいことが、それからそれとつづいて、あまりりゅう宮がたのしいので、なんということもおもわずに、うかうかあそんでくらすうち、三年の月日がたちました。
三年めの春になったとき、浦島はときどき、ひさしくわすれていたふるさとの夢を見るようになりました。春の日のぽかぽかあたっている水の江の浜べで、りょうしたちがげんきよく舟うたをうたいながら、網をひいたり舟をこいだりしているところを、まざまざと夢に見るようになりました。浦島はいまさらのように、
「おとうさんや、おかあさんは、いまごろどうしておいでになるだろう」
と、こうおもい出すと、もう、いても立ってもいられなくなるような気がしました。なんでも早くうちへ帰りたいとばかりおもうようになりました。ですから、もうこのごろでは、歌をきいても、踊りを見ても、おもしろくない顔をして、ふさぎこんでばかりいました。
その様子を見ると、乙姫さまは心配して、
「浦島さん、ご気分でもおわるいのですか」
とおききになりました。浦島はもじもじしながら、
「いいえ、そうではありません。じつはうちへ帰りたくなったものですから」
といいますと、乙姫さまはきゅうに、たいそうがっかりした様子をなさいました。
「まあ、それはざんねんでございますこと。でもあなたのお顔をはいけんいたしますと、この上おひきとめ申しても、むだのようにおもわれます。ではいたし方ございません、行っていらっしゃいまし」
こうかなしそうにいって、乙姫さまは、奥からきれいな宝石でかざった箱を持っておいでになって、
「これは玉手箱といって、なかには、人間のいちばんだいじなたからがこめてございます。これをおわかれのしるしにさし上げますから、お持ちかえりくださいまし。ですが、あなたがもういちどりゅう宮へ帰ってきたいとおぼしめすなら、どんなことがあっても、けっしてこの箱をあけてごらんになってはいけません」
と、くれぐれもねんをおして、玉手箱をおわたしになりました。浦島は、
「ええ、ええ、けっしてあけません」
といって、玉手箱をこわきにかかえたまま、りゅう宮の門を出ますと、乙姫さまは、またおおぜいの腰元をつれて、門のそとまでお見送りになりました。
もうそこには、れいのかめがきて待っていました。
浦島はうれしいのとかなしいのとで、胸がいっぱいになっていました。そしてかめの背中にのりますと、かめはすぐ波を切って上がって行って、まもなくもとの浜べにつきました。
「では浦島さん、ごきげんよろしゅう」
と、かめはいって、また水のなかにもぐって行きました。浦島はしばらく、かめの行くえを見送っていました。
帰ってきました。旅は終わりです。「プロットポイント2」といえます。浦島太郎は「もう一度、竜宮城へ行きたい」と思うアクト3の「ビッグバトル」に入りますが……
四
浦島は海ばたに立ったまま、しばらくそこらを見まわしました。春の日がぽかぽかあたって、いちめんにかすんだ海の上に、どこからともなく、にぎやかな舟うたがきこえました。それは夢のなかで見たふるさとの浜べの景色とちっともちがったところはありませんでした。けれどよく見ると、そこらの様子がなんとなくかわっていて、あう人もあう人も、いっこうに見知らない顔ばかりで、むこうでもみょうな顔をして、じろじろ見ながら、ことばもかけずにすまして行ってしまいます。
「おかしなこともあるものだ。たった三年のあいだに、みんなどこかへ行ってしまうはずはない。まあ、なんでも早くうちへ行ってみよう」
こうひとりごとをいいながら、浦島はじぶんの家の方角へあるき出しました。ところが、そことおもうあたりには草やあしがぼうぼうとしげって、家なぞはかげもかたちもありません。むかし家の立っていたらしいあとさえものこってはいませんでした。いったい、おとうさんやおかあさんはどうなったのでしょうか。浦島は、
「ふしぎだ。ふしぎだ」
とくり返しながら、きつねにつままれたような、きょとんとした顔をしていました。
するとそこへ、よぼよぼのおばあさんがひとり、つえにすがってやってきました。浦島はさっそく、
「もしもし、おばあさん、浦島太郎のうちはどこでしょう」
と、声をかけますと、おばあさんはけげんそうに、しょぼしょぼした目で、浦島の顔をながめながら、
「へえ、浦島太郎。そんな人はきいたことがありませんよ」
といいました。浦島はやっきとなって、
「そんなはずはありません。たしかにこのへんに住んでいたのです」
といいました。
そういわれて、おばあさんは、
「はてね」と、首をかしげながら、つえでせいのびしてしばらくかんがえこんでいましたが、やがてぽんとひざをたたいて、
「ああ、そうそう、浦島太郎さんというと、あれはもう三百年も前の人ですよ。なんでも、わたしが子どものじぶんきいた話に、むかし、むかし、この水の江の浜に、浦島太郎という人があって、ある日、舟にのってつりに出たまま、帰ってこなくなりました。たぶんりゅう宮へでも行ったのだろうということです。なにしろ大昔の話だからね」
こういって、また腰をかがめて、よぼよぼあるいて行ってしまいました。
浦島はびっくりしてしまいました。
「はて、三百年、おかしなこともあるものだ。たった三年りゅう宮にいたつもりなのに、それが三百年とは。するとりゅう宮の三年は、人間の三百年にあたるのかしらん。それでは家もなくなるはずだし、おとうさんやおかあさんがいらっしゃらないのもふしぎはない」
こうおもうと、浦島はきゅうにかなしくなって、さびしくなって、目の前がくらくなりました。いまさらりゅう宮がこいしくてたまらなくなりました。
しおしおとまた浜べへ出てみましたが、海の水はまんまんとたたえていて、どこがはてともしれません。もうかめも出てきませんから、どうしてりゅう宮へわたろう手だてもありませんでした。
そのとき、浦島はふと、かかえていた玉手箱に気がつきました。
「そうだ。この箱をあけてみたらば、わかるかもしれない」
こうおもうとうれしくなって、浦島は、うっかり乙姫さまにいわれたことはわすれて、箱のふたをとりました。するとむらさき色の雲が、なかからむくむく立ちのぼって、それが顔にかかったかとおもうと、すうっと消えて行って箱のなかにはなんにものこっていませんでした。その代り、いつのまにか顔じゅうしわになって、手も足もちぢかまって、きれいなみぎわの水にうつった影を見ると、髪もひげも、まっしろな、かわいいおじいさんになっていました。
浦島はからになった箱のなかをのぞいて、
「なるほど、乙姫さまが、人間のいちばんだいじなたからを入れておくとおっしゃったあれは、人間の寿命だったのだな」
と、ざんねんそうにつぶやきました。
春の海はどこまでも遠くかすんでいました。どこからかいい声で舟うたをうたうのが、またきこえてきました。
浦島は、ぼんやりとむかしのことをおもい出していました。
浦島太郎はバッドエンドといえます。そのあたりを構成の面から、以下で検証します。
底本:「むかし むかし あるところに」童話屋
1996(平成8)年6月24日初版発行
1996(平成8)年7月10日第2刷発行
底本の親本:「日本童話宝玉集(上中下版)」童話春秋社
1948(昭和23)~1949(昭和24)年発行
入力:鈴木厚司
校正:林 幸雄
2001年12月19日公開
2008年10月10日修正
青空文庫作成ファイル:
このファイルは、インターネットの図書館、青空文庫(http://www.aozora.gr.jp/)で作られました。入力、校正、制作にあたったのは、ボランティアの皆さんです。
竜宮城への旅とは何だったのか?
浦島太郎について、よく言われる感想として「亀を助けたお礼で竜宮城に行ったのに、玉手箱を渡されておじいさんになるのは可哀想」というのがあります。
しかし、帰らなければ浦島太郎は永遠の命を手にいれていました。竜宮城で夢のような日々を過ごし続けることができたのです。前回の『星の銀貨』の分析や、三幕構成の作り方 Step6「旅の往復」でも触れましたが「行ったきり帰ってこない」型で、亀を助けただけで不老不死を得るのであれば、倍返し以上です。
問題は「帰ってきてしまったこと」です。
物語は「主人公の行動」によってテーマを提示します。また、それによってポジティブエンド(ハッピーエンド)か、ネガティブエンドに分かれ、いずれにせよ、そうなる原因があります。
つまり、ポジティブなエンドになるためには旅の途中で「リワード」(宝、報酬)を得ます。モノミスでいえば「究極の恵み」です。主人公が成長するビルドゥングスロマンという型(ヒーローズジャーニーもその一種にすぎない)であれば、精神的な成長こそが得たものだったりします。
「リワード」を持ち帰ることは困難です。山登りでは登りよりも下りが危険と言われたりもします。成長を遂げた主人公が元の世界に帰ったとき起こるのは、元の世界の住人との齟齬です。「地方を離れて東京に行った人が、帰ってきたときに東京に染まっていた」というような卑近な例でもわかりやすいでしょう。
竜宮城を経験した浦島太郎は、元の世界とはズレてしまっているのです。これは人間には「永遠」を持ち帰ることはできないと解釈すれば、玉手箱はある種の天罰と言えるのかもしれません。神だと捉えづらければ、「道理」と言い替えてもかまいません。人間には変えることのできないものがあるのです。
もう一つ、浦島太郎が「ネガティブエンド」になってしまった原因はやはり「玉手箱」をあけてしまったことです。乙姫は「あなたがもういちどりゅう宮へ帰ってきたいとおぼしめすなら」開けてはならないと言っています。(まあ、物語では「~してはいけない」という禁止が守られることはありません。守られるなら禁止するシーンは不要です。「禁止」と「違反」というビートはセットで機能するのです「ウラジミール・プロップの31の機能(昔話の形態学)」)
面白味や、教訓を無視するのであれば、浦島太郎は玉手箱を開けなければ、不老不死のままだったのかもしれませんし、改めて亀が迎えにきて竜宮城へ再び行けたのかも知れません。
緋片イルカ 2020/04/27
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