※あらすじはリンク先でご覧下さい。
※分析の都合上、結末までの内容を含みますのでご注意ください。
【ログライン】
ヒトラーが現代にタイムスリップし、TV番組制作者・サヴァツキに物真似芸人と勘違いされタッグを組む。プロパガンダ活動を推し進め、生放送での演説を成功させる。暴挙で番組を降ろされサヴァツキから正体を見抜かれるも、サヴァツキを信じない世間に受け入れられていく。
【フック/テーマ】ヒトラーが現代にタイムスリップする/過去の過ちを繰り返す可能性に対する警鐘
【ビートシート】
Image1「オープニングイメージ」:「ナチス式敬礼について、現代のマナー講師に相談しているヒトラー」
GenreSet「ジャンルのセットアップ」:「オープニングイメージと同じ」、「現代人から好奇の目を向けられるヒトラー」ナチス式敬礼についてマナー講師に相談するヒトラーの様子や、タイムスリップしたヒトラーおよび群衆の態度から、歴史的要素を題材としたコメディ作品であることが示される。
Premise/CQ「プレミス」/「セントラル・クエスチョン」:「ヒトラーは現代ドイツでもナショナリズムを煽り、支持を得ることができるか」
want「主人公のセットアップ」:「現代ドイツにタイムスリップしたヒトラー」タイムスリップ前と変わらない思想を持っていることも示される。
Catalyst「カタリスト」:「ヒトラーがタイムスリップしたことに気づく」目覚めたヒトラーが現代の街を彷徨い、新聞の日付などからタイムスリップしたことに気づく。
Debate「ディベート」:「新聞などから現代について知り、状況を把握」自分の状況、歴史の流れ、現代ドイツについて把握し、国の現状を憂慮する。
Death「デス」:なし。
PP1「プロットポイント1(PP1)」:「サヴァツキの車に乗り、キオスクを去る」フリーのTV番組制作者・サヴァツキを紹介され、彼の車に乗ってついていく。
F&G「ファン&ゲーム」:「街で似顔絵を描いて資金を集める」、「インターネットに触れる」 プロパガンダを推し進めようとする中で、様々なことに触れ、挑戦する。
Battle「バトル」:「国民に取材して回る」、「アンチ対応をしつつファンを増やす」、「TV局との取引を成立させる」
「ファン&ゲーム」に加え、プロパガンダを推し進める為の活動に注力する。国民のナショナリズム感情を煽る。
MP「ミッドポイント」:「TVの生放送で大演説を行い、拍手喝采を浴びる」生放送での大演説を成功させ、 圧倒的な注目を集める。好感度アップや、一部からの支持にも繋がる。
Reward「リワード」「様々な番組に次々と出演し、思想を広める」、「新聞やネットで概ね好意的に拡散される」:
Fall start「フォール」:「局長から過去について問われる」ヒトラーの起用について恋人から非難された局長に、過去について問われる。
PP2(AisL)「プロットポイント2」:「犬を銃殺したことが暴露される」イメージアップの為に利用しようとしたドッグブリーダーの犬を、思わず銃殺してしまったことがTVの生放送で暴露される。好感度が地に墜ち、番組を降板させられる。
DN「ダーク・ナイト・オブ・ザ・ソウル」:「本を執筆する」サヴァツキの実家に避難し、本の執筆を開始。瞬く間に大ヒットする。
BB(TP2)「ビッグバトル(スタート)」:「映画制作を始める」 ヒットした著作が映画化されることに。制作や宣伝に精を出す。
Twist「ツイスト」:「サヴァツキに本物であると見破られ、対立する」ヒトラーが本物であると気付いたサヴァツキに銃を向けられ、屋上へと追い詰められる。
Big Finish「ビッグフィニッシュ」:「映画撮影がクランクアップを迎える」サヴァツキに屋上から撃ち落とされるも、何故か復活。このシーンが映画撮影の一部であったことが明かされる。そのままクランクアップし、打ち上げが始まる。
Epilog「エピローグ」:「サヴァツキが精神異常者として隔離されている」ヒトラーの正体に気づいたサヴァツキが精神異常者として捕縛され、隔離されている。
Image2「ファイナルイメージ」:「車に乗り、進んでいくヒトラー」首尾よくプロパガンダを推し進めることに成功したヒトラーが、誰にも正体を気づかれないまま、車に乗って前を見据えている。
【作品コンセプトや魅力】
ヒトラーが現代にタイムスリップした場合どうなるか、現代社会は彼をどのように受け止めるかという思考実験を、コメディタッチに乗せてキャッチーに描きつつも、批判的な文脈で鋭く表現している。ヒトラーやナチズムを絶対悪として啓蒙してきた戦後教育の限界や手詰まり感、現代人とナチズムとの親和性に対して警鐘を鳴らし、「誰でもナチズム的イデオロギーに染まり得る」、「誰でもかつてのドイツ社会と同じ過ちを繰り返す可能性がある」と警告する作品になっている。
特筆すべきは、部分的に本物の市民の映像を使っている点である。ヒトラーに扮した役者がドイツの街で市民やネオナチの話を聞き、その映像を本編に採用することで、今作が発信しているメッセージの説得力がより高まっている。
「現代においてヒトラーはどのように振る舞うか」という大喜利的側面においても、非常にユーモラスなブラックジョークを多数仕込んでおり、思わず笑ってしまうような瞬間もあるが、「自分はこれを笑っていて良いのか」という自省をも促す作品になっていると言えよう。
【問題点と改善案】(ツイストアイデア)
構成的にはMPがやや遅めで、後半が若干駆け足気味ではある。現実的に難しかったのであろうと思われるが、折角ネオナチや親衛隊を叱咤激励、指導するシーンが入っていたので、その先の展開をもう少し見たかったかもしれない。ヒトラーが支持組織の強化を首尾よく進め、社会や政治に対してより強い影響力を発揮しかけている様子をもう少し描写すれば、ヒトラーやナチズムの恐ろしさを更に強調できた可能性はある。
【感想】
ヒトラーを主人公として分析したが、彼はある種の「(ネガティブな)現象」であり、視聴者視点に立っているのはサヴァツキである。その為、サヴァツキを主人公として分析することも可能ではないかと感じた。ヒトラーとサヴァツキの対決シーンがいかにもビッグバトルらしく見えるのだが、これはサヴァツキ視点で見たときにそうなり得るのであって、ヒトラー視点での物語においてはあくまで「プロパガンダを推し進められるか」が主題である為、ヒトラーにとっての対決シーンはツイストに留まるのではないかと分析した。
今作はヒトラーやナチズムの脅威を示す作品である為、ヒトラーは最後まで概ね順調に事を運び、大きな挫折や壁に直面するタイミングはあまり無い。よって「タイムスリップしたヒトラーは何をするか」という前半のバトル部分に尺が割かれ、オールイズロストやダークナイトオブザソウルは一瞬である。むしろ挫折をものともせず瞬時に再起する様子が、ヒトラーの恐ろしさをより際立たせていたと言える。作品の性質やテーマが構成に影響を与える一例として、興味深かった。
個人的には、本作の意図やメッセージには非常に共感でき、意義深い作品であると感じた。コメディタッチであることについての批判的見解も勿論存在し、頷ける部分も大いにある。しかし個人的にはむしろ、敢えてコメディタッチにすることで「真面目な問題意識ではなく野次馬的好奇心によってヒトラーに注目してしまう」、「危うくヒトラーに親近感やポジティブ寄りの感情を抱きそうになる」といった視聴体験を引き起こさせ、却ってそれが視聴者への警告となるよう意図されていると感じた。
「好き」5「作品」5「脚本」4
(しののめ、2025.8.19)