掌編『チャイム』(1758字/SoC5)

 鳴る。チャイムが鳴る。スピーカーからプツン、スイッチが入った音がするからわかる。鳴った。四時間目のチャイム。昼休みに入る。一番のチャンス。やらなくてはいけない。誰を? 生贄は神聖でなくてはいけないというルールを決めた――決めた? 俺が決めたわけじゃない、契約。
「忘れたわけじゃないだろうな?」
 忘れてません。忘れるわけがありません。チャイムが鳴り終わった。売店行こーぜという声――バスケ部の中島。急な笑い声、女子たち。教師の三村が出ていく。早く始めなければ。誰にする? 右ポケットの金属。握りしめる。汗ばんでる。トイレに行くフリをしよう。誰かが個室に入る。閉まりそうな扉。そこへ押し入って脇腹あたりに刺す。足手の顔も見ない。それで神聖さも保たれる。
 廊下。前を歩いているグループ。野球部のやつら。たらたら歩いていて邪魔。方向が同じ。こいつらもトイレか? 三人捧げてくれても構わないぜ? 小便器に並んだ三人を順番に指していくのは簡単そうだが――小便は一人だけ。二人は鏡で髪。邪魔。一人が下がってきて俺の上履きを踏む。謝ったが、つま先が痛くて苛つく。苛ついてしまった。神聖さが失われてしまったので、こいつらはダメだ。一番奥の小便器に立つ。なかなか出ない。したくもなかったし……ちょっとだけ出る。野球部の三人は出ていった。部室で昼飯を食べるよう。手を洗って出る。女子生徒――同じ学年で顔は見たことがあるが名前は知らないが、隣の女子トイレに入っていく。女子なら個室に入る。チャンス――でも、鏡の可能性も高いか。
 階段を上る。図書室。入って見る。本を読んでいる生徒が数人。本棚の奥。百科事典コーナー。誰もいない。ヨジガタリ神を引いてみる。
「載ってるわけないだろう。私の存在に疑いを抱き始めているのか?」
 違います。ただ確信が欲しいのです。
「私の声が聴こえている。それ以上に何を求める必要があるのか?」
 あなたの声は、私が――俺が自分で考えているだけということはありませんか。
「お前は契約を交わした。生贄を捧げなければならない」
 本が落ちた。本棚の上の方から。俺の手にある巻とは関係ない列。手もとどかない距離。誰もいない。ありえない落下。あなたが落としたのですか?
「……」
 拾うと重い――啓示! ナイフではなくて、落とせばいいという啓示。本を戻して図書室を出る。足早に。
 消火器の赤。第二の啓示。これを落とせばいい。第三の啓示――男子トイレの小窓。校庭側。校庭には誰かいる。当たる可能性は関係ない。これは啓示だ。トイレには誰もいない。導かれている。小窓は高いところにあって、持ち上げた消火器を通すのがやっとの幅しかなくて、遠くまでは投げられないが、それでも当たる。消火器の丸底が槌のように、誰かの頭頂部を打ち砕く。誰かは知らない。神聖さ。これは人々への啓示であり、俺の役割も果たされる。
 落とした。すぐにガンと何かに当たり、数秒して、もう一度、大きなドン。地面に落ちたか。当たったか? 耳を澄ます。声が聴こえない。誰もいなかった? 啓示が違っていた? そんなはずはない。
 小便器のヘリに足をかけて、小窓に顔を突っ込む。消火器とともに倒れている――男子だと制服でわかる。当たっている!
 階段を駈け降りる。校庭――いない! いない? どうして? あなたの御業ですか?
「……」
 やってきた体育教師――溝田。何でこんなところに、と呟く。状況を訊かれる。たまたま通りがかっただけだと嘘。イタズラだと断定して不機嫌な言葉を連ねる。その時、チャイムが鳴った。予鈴。あと五分で昼休みが終わる。戻れと命令する溝田。ムカツク。右ポケット、ナイフを握る。神聖さ? そんなことどうでもいいのかもしれない――チャイムは鳴り止んだ。声が聴こえる。
「今はその時ではない」
 早く行けと、溝田が肩を押す。押された箇所が叩かれたように痛みが残る。俺は階段を上っていき、教室へ入る。ほとんどの生徒が席に戻っている。この中の誰かが、本当は死んでいるのかもしれないと、校庭に倒れていた男子生徒を重ねていくが、最後まで戻ってこなかったバスケ部の中島が最後に席について、全員が揃った。他のクラス? それとも、誰にも当たっていなかったのか。どうしてですか? 
「……」
 教師が入ってきて、スピーカーがプツンと鳴る。チャイムが鳴り始める。

(了)

緋片イルカ 2022.9.30/テーマ「忘却」

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