【固定】映画『英国王のスピーチ』(三幕構成分析#297)

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※あらすじはリンク先でご覧下さい。

※分析の都合上、結末までの内容を含みますのでご注意ください。

【ログライン】

言語療法士・ローグとともに吃音の克服を目指すことにした英国王子のバーティは、平民でありながら自らと対等に接するローグに心を開くも、放蕩者の兄・デイヴィッドに代わってバーティが王になるべきとのローグの言葉に激怒し、治療を取りやめる。その後、即位し王の重圧に苦しむバーティは戴冠式に臨むため再びローグの協力を求め、さらにはナチスドイツとの開戦に向けたスピーチに臨み、成功させる。

【フック/テーマ】
吃音の王がスピーチの練習をする/王の重圧、身分を超えた友情

【ビートシート】

Image1「オープニングイメージ」:「博覧会のスピーチ」
博覧会の閉幕スピーチを任されるバーティだが、吃音のためうまく言葉が出ない。どうしたのかと心配する大衆の視線に晒される。

GenreSet「ジャンルのセットアップ」:「ヒューマンドラマ」

Premise/CQ「プレミス」/「セントラル・クエスチョン」:「バーティは吃音を克服できるのか」
同時に、吃音の王であるバーティがどのように国難に立ち向かうのかがセントラル・クエスチョンとなる。

want「主人公のセットアップ」:「吃音で、癇癪持ちの王子」
王族に生まれるも吃音のためうまくスピーチで喋ることができない。初対面のローグに対して、王族が故のプライドの高さからか、癇癪を起こす。

Catalyst「カタリスト」:「妻と二人でローグの元へ」
妻・エリザベス妃の勧めで言語療法士・ローグの元へ向かうバーティ。二人きりになることが必要だと話し、エリザベス妃は席を外す。治療を開始するもファーストネームで呼び合うことを求めたり、タバコをやめるように言ったりと、王族である自分への配慮を欠いた振る舞いを嫌うバーティ。挙句、シェイクスピアのセリフを読んで自分の声を録音するように言うローグに辟易。遠慮なく指図をするローグに腹を立て、途中でやめる。ローグは録音したレコードを土産に持って帰らせる。

Debate「ディベート」:「父の放送に立ち会う」
父・ジョージ5世のクリスマスラジオ中継に立ち会い、自らも原稿を読むよう言われるバーティ。うまく読めず、叱責される。

Death「デス」:「土産のレコードを聞く」
ローグからもらった土産のレコードを聴くと、澱みなくシェイクスピアの台詞を読み上げる自分の声が。バーティとエリザベス妃、驚く。

PP1「プロットポイント1(PP1)」:「治療開始」
再びローグの元に赴き、治療を受けることにする。

Battle「バトル」:「スピーチの特訓」
ローグ直伝のスピーチの治療を受ける。ストレッチや発声など様々なトレーニング。

Pinch1/Sub1「ピンチ1」/「サブ1」:「兄デイヴィッド登場と父の死」
飛行機に乗って兄・デイヴィッド登場。離婚歴のあるウォリス・シンプソン夫人に熱をあげているという。先王が亡くなり、デイヴィッドが即位することに。

MP「ミッドポイント」:「ローグと盃を交わす」
バーティ、突然ローグの元を訪れ、酒を飲み交わす。

Reward「リワード」:「ローグとの友情」
バーティにとってローグは初めて分け隔てなく接してくれる平民である。幼少期の想い出など素直な想いを話し、ローグとの友情を深めていく。

Pinch2/Sub2「ピンチ2」/「サブ2」:「バルモラル城でのパーティ」
放蕩者の兄・デイヴィッドに王としての相応しい振る舞いを求めて対立。吃音を揶揄されたりして言葉を返すことができない。

Fall start「フォール」:「ローグと喧嘩」
兄との確執について触れられ、興奮するバーティ。

PP2(AisL)「プロットポイント2」:「診察を終了」
兄に代わって王になるべきだとのローグの言葉に激怒し、「診察は終了する」と告げられる。

DN「ダーク・ナイト・オブ・ザ・ソウル」:「書斎で妻に弱音を吐く」
王位を継承したバーティ。アルバートではドイツ的な名前なので、ジョージ6世を名乗ることに。即位の書面にサインをし、退位するデイヴィッドのスピーチを聴く。王の重責を担うこととなるが、緊張のあまりスピーチも失敗。書斎に籠り、少しでも王の仕事に慣れようとしていたところ、妻に弱音を吐き、慰められる。バーティとの結婚を初め嫌がったのは、王族になるのが嫌だったからで、ステキな吃音だと思っていたと話される。

BB(TP2)「ビッグバトル(スタート)」:「妻と再びローグの家へ」
妻と二人でローグの家に。喧嘩のことを互いに謝る。聖堂に赴き、大主教と対立しながらもローグとともに戴冠式のスピーチの準備に臨む。

Twist「ツイスト」:「ナチスドイツと開戦」
戴冠式の映像にヒトラーの映像が紛れている。「なんて言っているかは分からないが、演説のうまいやつだ」と敵を評する。まもなく、ドイツと開戦。

Big Finish「ビッグフィニッシュ」:「開戦の演説を成功させる」
空襲が迫る中、バーティはローグを呼び寄せ、目前に迫る開戦の演説スピーチを練習し、成功させる。

Image2「ファイナルイメージ」:「熱狂する国民」
スピーチを聞いて宮殿の前に集まった熱狂する国民。バーティ、バルコニーから手を振って応える。

Epilog「エピローグ」:「生涯に渡っての友となる」
字幕でのエピローグ。その後、バーティとローグは終生友であったとのこと。

【作品コンセプトや魅力】

 吃音の克服を目指す王と、言語療法士という異色の組み合わせでありながら、ストーリーラインは王道なバディもの。大英帝国の命運というマクロな歴史的危機に立ち向かう王の外的葛藤を、吃音症の克服というミクロな個人的葛藤と同期させて描写する脚本が面白い。

【問題点と改善案】(ツイストアイデア)

 特にない。三幕構成のバディプロットのお手本のような脚本。ややPP2が早いものの、サブの物語も重厚かつ、長いFallを使って王の重責を描写している点が構成の妙となって上手く効いている。

【感想】

「好き」3「作品」4「脚本」4
 アカデミー賞で作品賞、脚本賞含む四冠を獲ったという前提で見てハードルを上げまくってしまったというのもあるが、そこまで好きな作品ではなかった。よく出来てはいるが、心を打たれる傑作ではなかった。もちろん私のようなドーパミン中毒の若輩者がオスカーに楯突くつもりは毛頭ございませんのですけれども、「評価を得ている作品なのに自分的にはそんなにと感じてしまうこと」は映画に限らず、よくある。そんな時は私の不勉強が故なのかと、ちょっぴり歯痒い悲しさに襲われる。一方で、この年のアカデミー賞の対抗馬と評されていたらしい『ソーシャル・ネットワーク』を先週初めて観たら、とても好きな作品だった。また少し、悲しさは膨らんだ。
まずこの作品の特徴として、「バーティが吃音を治す話」のように思えてメインのストーリー自体は本人の意思とは関係の無い外的な事件を中心として進んでいく点が奇妙に映った。吃音以外にも王族として様々な問題を抱えているバーティであるが、奮闘も虚しく、兄からの王位継承、迫るナチスドイツの脅威など様々な出来事に見舞われていく。ある意味でずっと受け身なのであるが、これによって翻弄される王の宿命が逆説的に表現されているようにも思う。王というのは主人公が主体的に動かなくても、あるいは動かないからこそテーマを体現する唯一無二な立場なのだなと気づいた。一方でバーティが受け身なことが多いため、通常の手順ではカタルシスを得にくいという性質はあると思う。
 そういう意味でバーティとローグとの交流を描くバディものとして、枠組みは王道だがそこまで煮え切らず、面白さの中心は激動の大河を吃音の王がどう生き抜くかという企画、フック部分の比重が大きかったように映った。作品4は、前者3、後者5の間を取ったようなイメージだ。例えばこの点は第二次大戦中の昭和天皇を描いた邦画作などと比較することで、何か示唆を得られるかもしれない。
(さいの、2026.06.27)

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