埼玉県~神奈川県。
片道1時間半。
近いとは言えない。
けど、遠距離というほどでもない。
これが私と彼の距離。
平日はさすがに会えないけれど、気がつくごとにメールはするし、夜の暇な時間には電話もする。
週末には待ち合わせて会う。
中間で待ち合わせれば、負担は半分ずつ。
こういうのってなんかいいな、と私は思う。
家が遠いのと、気持ちが遠いのは別問題なんだろう。
午後の陽射しが川面に照り返し、きらきらと輝いている。電車は名前も知らない川を越え、彼の待つ駅へと向かう。
待ち合わせは14時。
5分早く着いた。
彼が登ってくるはずの階段の見える位置に立って待つ。
電車が着いて、降りてきた人の集団が押し寄せてくる。
きょろきょろと彼を探す。
いない。
どうやら、次の電車らしい。
寂しくはない。
次の波が押し寄せてきた。
きょろきょろきょろ。
いない。
また次の電車だろう…か?
寂しくは…ない。
私は30分過ぎて、彼に電話をした。
「もしもし?」
「ああ、悪ぃ。いま起きた!」
「え?」
「ごめん、昨日の夜中に急に友達が来てさ。」
「そう…。」
「準備するからさ、うちまで来れない?」
「いいよ。行く。」
「おう。準備して待ってる。」
「うん。」
私は早く電話をすればよかったなと思った。
けど、
彼を待っていた、30分は彼を思っていた時間だから、無駄ではなかったと思い直した。
彼の家の最寄り駅。
彼はいなかった。
「もしもし、着いたよ。」
「おう。じゃあ、ウチ来いよ? 今日、親いないし。」
「うん…。」
「あ、あと、コンビニでジュース買ってきて?」
「何の?」
「炭酸なら何でもいいや。」
「わかった。」
私はコンビニの袋を提げて、彼の家のインターホンを押した。
「いらっしゃい。あがって。」
彼はグレーのジャージを着ていた。いつも寝巻きにしているやつだった。部屋に入るとテレビゲームが点いていた。
「ゲームしてたの?」
「おう、昨日、友達が置いてったんだよ。もう少しでクリアできそうなんだ。」
わたしは彼の言葉を思い出していた。『準備して待ってる』と言った彼の言葉を。
もう夜だった。私は乗り換えて始発電車に座っていた。家まではまだまだかかる。1時間半がこれほど長く感じるのは初めてだった。
私は彼と過ごした過去を思い、彼とのこれからを考えた。これからがちっとも沸かなくて、好きか
嫌いかに置き換えてみたが、それも分からなかった。
発車ベルが鳴り、電車が動き出した。
あの名前も知らない川は夜の闇を飲み込んだように、暗くうねっていた。川の先は、真っ黒で何も見えなかった。
こうやって、私が彼とのことを考えている間も、彼は私のことなど考えていないのだ、と思った。
私は読みかけの文庫本が入っていたのを思い出し、読み始めたが、すぐすぐにうとうとして寝てしまった。
(「彼と私の間に流れる黒い川の先」おわり)