「枚数の調整」(文章#23)

あるショートショートを読んでいて非常にイライラすることがありました(星新一ではありません)。主人公が一挙一動するたびに心理描写が入るのです。これは、日常で喩えるなら、ちいさな子どもが自分の行動をいちいち親に報告するのに似ています。

「ママ、トイレ行ってくるね」「ママ、今からテレビ観るね」「ママ、歯磨いてくるね」「ママ……」「ママ……」

親子ならともかく、会社の部下がいちいちこんなこと報告してきたらどうでしょう?

「そんなこと、いちいち報告しなくていい!」と怒鳴りたくなってしまいますね。

同じ作者は「重複説明を避ける」も犯していました。
主人公の特殊能力を説明した後に、別の新しいキャラクターが登場してきて、そのキャラに向けて同じ説明を繰り返すのです。
読者としては同じ説明を読まされているので、イライラします。ショートショートという特性上「オチ」をつけたら終わりになってしまうので、それまでの枚数稼ぎをしているという感が否めませんでした。

前置き(愚痴)が長くなりましたが、今回は物語を停滞させる原因の1つであるくどい心理描写に注目しながら「枚数の調整」について考えてみます。

くどい心理描写の例

ますは読みづらい文章から(読みづらく書いたんですよ?ほんとですよ?)。

例1
 もう三月か。春かという陽気で暖かい日だった。シャツの中がいくらか汗ばんでいた。
 昼食を買ってコンビニから出たときだった。
 「あの、すみません……」
 振り返ると若い女性が立っていた。OLの昼休みだろうか、ピンクのカーディガンが春めいている。
「はい。なんでしょうか?」
 俺はいくらかスマートに声を出していた。女性が好みのタイプだったからだ。さっきまで考えていたテレビアニメのことなど吹き飛んでしまった。
「落としましたよ」
 彼女は落とし物を拾ってくれたようだ。よくあるシチューエーションだが、実際にはないシチューエーション。胸のドキドキを感じるなんてライブの抽選にあたったとき以来だ。
 可愛いだけでなく親切なんて、なんて素敵な女性だろうか。こんな人が恋人だったら、そんな妄想が俺の頭にふくらむ。
「ああ、ありがとうございます」
 手の平をさしだした。右手には昼食のコンビニ弁当にハンバーグ弁当の袋を提げていたから、左手だ。
 落とし物をおくときに彼女の細い指先がつんと触れた。指から全身に向けて稲妻が走りぬけた。
「では」
 頭をちょこんと下げて、彼女は去って行った。その後ろ姿から目が離せなかった。角を曲がっても、見えなくなっても、もう一度、現れるのではないかと期待するように俺は見つめていた。
 だが、彼女が現れることはなかった。
 俺は溜息をひとつついてから、彼女が触れた左手を見つめた。そこには心やさしい彼女が拾ってくれた落とし物だけが残されていた。
「これ……」
 それは手書きで電話番号が書き添えられた、「一期一会」というキャバクラの名刺だった。
「俺のじゃねえし!」
 その名刺をくしゃくしゃに丸めて、俺は会社へ戻るのだった。春はまだやってこない。

雑文ですが、こんなところでご容赦ください。
文字数でみると、ちょうど704文字あります。
初見での判断はむずかしいとと思いますが(作者自身もそうなので推敲が大事なのです)、少し読みづらいな、テンポが悪いなと感じていただけなら、僕としては成功です。
ムダな心理描写を入れたつもりです。

では、これを400字ほどに削らなくてはいけないとしたら、どこを削りますか?
やってみましょう。

ムダをカットする

例2
 会計を済ませてコンビニから出たときだった。
「あの、すみません……」
 振り返ると若い女性が立っていた。OLの昼休みだろうか、ピンクのカーディガンが春めいている。
「はい。なんでしょうか?」
 俺はいくらかスマートに声を出していた。女性が好みのタイプだったからだ。
「落としましたよ」
「ああ、ありがとうございます」
 手の平をさしだした。落とし物をおくときに彼女の細い指先がつんと触れた。
「では」
 頭をちょこんと下げて、彼女は去って行った。その後ろ姿から目が離せなかった。角を曲がっても、見えなくなっても、もう一度、現れるのではないかと期待するように俺は見つめていた。だが、彼女が現れることはなかった。
 俺は溜息をひとつついてから、彼女が触れた左手を見つめた。そこには心やさしい彼女が拾ってくれた落とし物だけが残されていた。
「これ……」
 それは手書きで電話番号が書き添えられた、「一期一会」というキャバクラの名刺だった。
「俺のじゃねえし!」

これで408字になりました。推敲ではなく、無駄な文章をカットだけしただけです。表現を変えた箇所はありませんが話の要点は変わっていません。
文章量が減っているので「俺」がやや薄くなったように見えるかもしれませんが、キャラクターよりオチが重要なストーリーなら、これぐらいでいいのです。

ショートショートに限らずですが、オチの基本はミスリードです。
「Aと思わせて、Bである」という構造をつくることです。

この話でいえば、
A:女の子との新たな出会いを期待している
B:可能性はなかった(遊び人と思われている)

この場合、Aと思わせるような心理描写は不要ということになります。
例1でいうと、ハンバーグ弁当やテレビアニメといった情報は、本筋に関係ありません。

ムダを削っていくと、最低限の情報ばかりになっていきます。脚本に近くなるともいえるかもしれません。
実際、ショートショートでは会話だけというものもあります。

文章を書き慣れている人は、初稿が長くなる傾向があります。
まずは書きたいものを好きなだけ書いてから「例1→例2」のように要点が何かを意識して(分析して)、削っていけばよいのです。

反対に、書き慣れていない人は、ネタを思いついてもページ数が足りないという事態が起こります。
冒頭に書いたように、ムダな枚数稼ぎをして、物語を停滞させる事態に陥りかねません。

そうならないための2つのテクニックをご紹介します。

①キャラクターを立てる

 いうまでもなくキャラクターの魅力は重要です。一人称小説では、話し手がキャラクターそのものでもあります。咄家さんのように、同じ内容でも語る人が変わると魅力的に見えるのです。
 例2の文章を内容を変えずに、話し口調を変えてみます。ややオーバーになりますが。

例3
 もう三月か。ぽかぽかして小鳥がちゅんちゅう鳴いて、いかにも陽気だ。だが俺の心には寒いままだった。
 会計を済ませてコンビニから出たときだった。
 「あの、すみません……」
 振り返ると若い女性が立っていた。
 春がキタ!
 OLの昼休みだろうか、ピンクのカーディガンが春めいている。かわいい。めっちゃかわいい! あれだ、スーパーエンジェルスのカレンに似ている。
「はい。なんでしょうか?」
 イケメン声優みたいに低いトーンで答えた。
「落としましたよ」
 可愛いだけでなくやさしいなんて、まさしくカレンじゃないか! それも落とし物を拾ってくれるなんて。スーパーエンジェルスの神回とまったく同じだ! ドキがムネムネ。フラグが立った。この後の展開は決まっている。
「ああ、ありがとうございます」
 くるりと回して手の平をさしだした。落とし物をおくときに彼女の細い指先がつんと触れた。母ちゃん以外の女性に触れたのなんて、小学校のフォークダンス以来だ。
「では」
 頭をちょこんと下げて、カレンちゃんは去って行った。その後ろ姿がスローモーションに見えた。角を曲がっても、しばらくすると再び姿を現す。脚本は知っている。
 さあ、来い。カモン、カレンちゃん。
 だが、彼女が現れることはなかった……
 しょうがない。
 俺は曲がり角まで走って、彼女を探したが、花に水をやっていたオバちゃんと目があって、睨まれただけだった。
 溜息をひとつついて、握っていた左手をゆっくり開花した。心やさしい彼女が拾ってくれた落とし物。
「これは……」
 手書きで電話番号が書かれていた。「一期一会」というキャバクラの名刺に。
「俺のじゃねえし!」
 地面に叩きつけた。春はまだ来ない。

 これで690字です。キャラが個性的であれば、いくらか無駄な文章が面白味に見えてきます。
例1ではテレビアニメが中途半端な情報でしたが、そこを膨らませて個性へともっていけば、ムダがキャラになるのです(もちろんやりすぎは禁物ですが)。

ショートショート専門にしていて、長い小説を書いたことがない作家は、キャラクターを立てるという作業が苦手なのかもしれません。
長編になればなるほど、キャラクターの重要性は増していきます。ここが短編とショートショートのさじ加減にもつながります。

②プロットを立て直す

 枚数が足りないときに物語を膨らませるための、もう一つの方法がプロット自体を立て直すことです。下手にキャラクターを立てて、くどい描写を増やすよりは、もう一ひねり加えたえしまうのです(ハリウッドではツイストと呼びます)。

例2では408字で、
A:女の子との新たな出会いを期待している
B:可能性はなかった(遊び人と思われている)
とオチがつきました。

この続きで
B:どうせ出逢いはない
A:出逢いがあった

という流れをもう400字使って書いてしまうのです。これは物語論でいうところの「行って帰る」の構造にするということです(くわしくはログラインを考える3「主人公の願望と旅」などをご覧下さい)

具体的にどんな展開になるかというと、例2のつづきとして(疲れたのであらすじだけで勘弁して下さい)

会社の後、上司に呑みに連れられていく。そこがキャバクラ「一期一会」。「あ、ここは……」なんて思っていると、そこにコンビニで会った女の子が働いている。「お昼はどうも」などと彼女は笑顔。「気になったから、落とし物のふりをして名刺を渡したんだと答える」と言われる。春は来ていた。

などです。オチが二つついた形になります。

また、これは短編、長編とつなげていくテクニックともつながります。

例3の主人公にアニメオタクっぽいキャラをもってきたとしたら、キャバクラの女性は合わなそうです。合わなそう、出逢いが良くないというのは恋愛プロットのセオリーです。そんな二人がくっついていくのを読者は観たいのです。具体的な展開としては、次のシーンで、店外デートをしたり、「どうしてあんな店で働いてるの?」、「実はお金が必要で……」、「もしかして俺は騙されてるんじゃないだろうか?」……もうどこかで見たオタク映画に似てきました。

Aと思わせてB、Bと思わせてAというシーンを積み重ねていけば、テンポよく物語を続けていけるのです。

短いものほど難しいという人もいれば、長いのを書くのは大変という人もいます。
それでも、物語の本質は「キャラクター」と「プロット」です。
枚数に合わせたバランス感覚は経験がものをいうところなので、わからない人はたくさん読み書きするかしかないかもしれませんが、ポイントを意識すれば、何が「ムダ」で何が面白味になるかは自ずと見えてくるはずです。

緋片イルカ 2020/02/10

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