脚本作法13:回想の力学

ライターズルームで「初心者禁止事項」に入っている項目の意義について解説します。

回想を使う/使わない

脚本初心者で、回想という書き方を知ると、安易に使い出す人がいます。

簡単にいろんなことを説明できて便利だからです。

たとえば、こんなかんじ。

例文1:
シーン1:公園(昼)
太郎(5)と友だちが遊んでいる
その様子を眺めている太郎母とママ友。
ママ友「太郎くん、元気そうだね」
太郎母「本当に。あのときは心配したけど」
ママ友「あのとき?」
太郎母「ええ、実は……」

回想シーン
詳細略:太郎が誘拐されたけど、無事に帰ってきた経緯。

シーン2:公園(昼)
ママ友「そんなことがあったんだ」
太郎母「うん、でも今はもう忘れたように元気になってくれてよかった」
ママ友「よかったね」
太郎母、時計を見て、
太郎母「そろそろ、帰らなきゃ」

この「回想シーン」の使い方は「太郎の過去」という設定を説明するだけの使い方です。

ストーリー上「太郎の過去」を伝えることは必須だとして、回想を入れないとすると、セリフで言わせるという選択肢があります。

回想シーンとのメリット・デメリットを較べてみますと、

〇回想シーンにするメリット
・映像で見せるのでインパクトが強くなる
・言葉だけで伝えづらい状況をわかりやすく伝えられる

〇デメリット
・時間がかかる(ビートが遅れる危険性)
・撮影のため予算もかかる(場合によっては子役などキャスティングも必要)
・役者にとって、演技の魅せ所が減る
・観客の集中が途切れる(※後述)

ケースバイケースですが、以上のようなことが目立った要素です。

使うときの考え方としては、メリットがデメリットを上回っているなら使うといいと言えます。

どうしても使わなくてはいけない状況であれば、デメリットの影響をなるべく抑えるという工夫も大事です。

「太郎の過去」は重要シーンで、映像として見せたいとします。

そのとき、考えるべきは「回想を入れる場所」すなわち「構成」です。

「例文1」のうち「回想シーン」を外せないとしても、前後の「公園シーン」が、ただ誘導するためだけのシーンになっています。

ストーリーの核になるような重要シーンなら、トップシーン(タイトル表示の前)に入れるという方法があります。

「太郎の過去」を冒頭で見せておいてから(タイトルとオープニングが入って)、現在時制の「公園のシーン」を始めるのです。そういう構成の作品を見たことがあると思います。

時間の順序通りにシーンが並んでいて遡ってないので「回想」にはなりません。デメリットの「観客の集中が途切れる」の影響を緩和できます。

こういう構成にしたとき「公園シーン」では、誘導をしなくていいので会話内容がまるで変わります。

例文2:
シーン1:公園(昼)
太郎(5)と友だちが遊んでいる
その様子を眺めている太郎母とママ友。
ママ友「太郎くん、元気そうだね」
太郎母「本当に。あのときは心配したけど」
ママ友「うん」
太郎母、太郎をじっと見つめる。優しい表情で。

時間も短縮できて、太郎母の「演技の見せ所」が生まれました(※なお、ママ友はサブキャラなので過去を知っているかどうかは全体の都合の良い方に処理すればいい)。

安易に回想を使う人は「構成」をあまり意識していないと言えるかもしれません。

回想の位置・回数

例に挙げた「例文」はセットアップあたり、つまり映画開始1~3分ぐらいのイメージとして書きました。

このあたりでは、まだ観客の集中度合いも深くないので、回想のせいで途切れることへの影響は少ないと言えます。

ベストとはいえませんが、許容されやすい範囲です。

アクト2以降であったり、回想の頻度が多いとなると悪影響が大きくなっていきます。

ある作品ではMP以降になって、回想で設定説明をしていました。主人公の過去が回想で明かされるのですが、MPまでのキャラクターの印象と違い、完全に「設定の後付け」の印象をうけて気持ちが離れました。

初心者の脚本では、説明したいことがある度に回想を入れて、メインストーリーがぜんぜん進まないというのもあります。頻度が多すぎるのです。

さきほど「太郎の過去」をトップシーンで見せてしまう構成を説明しましたが、この方法で入れられる回想は1つだけです(2つぐらい強引に入れてる映画がありますが違和感があります)。

トップシーンにもなるわけですから、ストーリーの核となり、映像としてしっかり伝えておきたいシーンを選んで見せるべきでしょう。

何度も回想が入るのは、ストーリーやキャラクターの核が絞れていない可能性があります。だから、アクト2に入ってから「設定の後付け」をするような回想が入るのです。

観客が惹かれるのは主人公の「昔話」(回想)ではなく、その過去を踏まえた「いま」です。

メインストーリーの勢いを増すような「回想」でないなら、不要である可能性は高いでしょう。

回想は入れることは簡単です。修正稿で入れるのも楽です。プロでも安易に使っています。

構成の意義を考えずに「ストーリーを説明する」姿勢で、脚本を書いてしまうと、それで良しとしてしまうのでしょう。

効果的な回想とは?

では、どのような回想なら効果的になる?

『きみに読む物語』のように過去がメインプロットになっているものでは、通常の回想とは考え方がまるで違います。

『市民ケーン』もシークエンスごとの回想(過去)が入りますが、現在と過去でプロットが2本走っているような構成です。

『(500)日のサマー』『ブルーバレンタイン』、極みというのか複雑すぎるというのか『いつも2人で』なども同様です。

ミステリー作品で、犯人のトリックを解き明かすとき、映像的に説明するのも回想の一種ですが(厳密にはイメージシーン)、回想を使うメリットとして「言葉だけで伝えづらい状況をわかりやすく伝えられる」という特色を活かした例です。言葉だけでトリックなど理解できない場合もありますので問題はないでしょうが、どこからどこまでをを回想にするかの選別は必要でしょう。

いろいろな位置、いろいろな回数の使い方があれど「構成」の観点から見て効果的であれば使えばよいのです。メリットがデメリットを上回っていれば、です。

効果的でない=ただ説明的に使うのは弊害が多いということが、ライターズルームで「初心者は回想禁止」にしている意図です。

効果的かどうかの判断ができるようになれば、自由に使いこなせるはずです。

※以下の説明は感覚的な部分も大きいので、わからない人はレベルが到達していないと思ってください。

回想の力学

「効果的かどうかを判断できる」ようになるためには、物語の力学を捉えるセンスが必要があります。

構成の目的として、表面的には「読者/観客が混乱しない」「矛盾がない」「辻褄があっている」といったことがあります。物語を伝える上で最低限の目的です。

表層しかみずに構成をしているライターは「回想」を入れることに違和感を持てません。説明的なことが「わかりやすい」=「良いこと」と判断してしまうのです。

潜在的には構成によって「読者/観客の気持ち」「読者/観客の集中度」をコントロールすることが求められます(中間にはキャラクターたちのコントロールもありますが、この記事では割愛します)。

そもそも、映像ドラマでは「物事が時間通りに進む」という、我々人間が日常的に生きている感覚に基づいて構成されています。

たとえば、主人公が「家に帰ろう」と言って、次のシーンで室内にいれば、それは説明がなくても「同じ日の、家に帰ってきたシーン」だと観客は解釈します。

「家に帰ろう」と言っていたのに、断りもなく「他人の家」に来ていたり、数日後のシーンだったりしたら混乱します。

この「ストーリー上の時間の流れ」(あるいは編集のリズム)は、初心者が最初に獲得しなくてはいけない能力です。

小説なら地の文で説明できることが、脚本では映像の繋ぎ方で自然と伝わるように構成(編集)しなくてはいけません。

これができれば「読者/観客が混乱しない」という表層の目的は達成されます。

「回想」というのは、時間法則に逆らうシーンが入るので、前置きなしに過去が始まると混乱の原因になります。

だから、冒頭に示した「例文」のように、誘導から回想に入る脚本がよく書かれます。

混乱しないようにという気遣いは大切ですが、より繊細な「観客の集中度」に関して鈍い作家が多いため、回想が頻繁に使われるのかもしれません。

「観客の集中度」が途切れるとはどういうことか?

一番わかりやすい例は地上波テレビやyoutubeなどのCMです。

前者はまだタイミングを気遣ってCMが始まりますが、後者は唐突に割りこんでくるのでびっくりしたことがある人も多いのではないでしょうか?

人間は物語世界に浸っているとき、その世界との同一化が起こっています。一般的に感情移入と言われる状態です。

キャラクターの誰かや、何らかの視点から、物語の世界をじっと見つめているような状態です(※視点は必ずしも主人公とは限らない。この勘違いも多い)。

観客がドキドキしたり、手に汗握ったり、心身共に影響を受けるのは何よりの証拠です。

この集中状態は、外部から刺激でかんたんに現実へ引き戻されます(戻されなかったら恐ろしいでしょう)。

映画館なら、隣の席の観客が咳払いやくしゃみをしただけで気をとられます。

そういった視聴環境まで制作側がコントロールすることはできません。視聴者の個人的な気分や体調にも左右されるでしょう。眠い時や体調不良で見れば、作品自体がつまらないように勘違いしてしまうこともあります。

外部の視聴環境が良くても、入り込める作品と、入り込めない作品があります。

この違いは、作品自体の力です。

映像やストーリーに「違和感」があると、集中が途切れます。

「ん?」と気にさせた途端、観客は物語世界とは別のことを考えてしまい、その間にも物語の時間は進むのでセリフを聞き逃したりしてしまうのです。

こういうことがないように、読者/観客の「気持ち」や「集中度」をコントロールしなくてはいけないのです。

良くない喩えでいえば、物語作家は詐欺師のようなものです。

ウソの世界を本物だと思わせて、お金をもらう仕事です。

騙す相手に、ウソだと気づかせてはいけないのです。

物語のなかで、どんなものが集中の阻害要因となるか? それに気づけるか?

これには慣れとセンスが必須です。

鈍い人は本当に鈍いです。

鈍い人は、観客としては細かいことに文句を言わない「ありがたい客」ですが、そういう人を基準にしてしまうと、観客数が増えたときに弊害がでてきます。

作家は観客より鋭くなくてはいけません。

センスが身につくと、説明的な回想がいかに弊害があるかわかるようになります。

表層的には説明してわかりやすくなっていても、潜在的にはつまらないものになっている危険があるのです。

とくに「時間法則」に逆らうので影響力が大きいのです。

この点では「夢のシーン」「妄想やイメージのシーン」なども力学は同じです。

そういった自然に逆らったシーンが入ることによって、観客を物語世界への引込む力が増すのであれば、それはすべて効果的な使い方といえます。

「回想」を使いこなすには、構成の意義=物語の力学をつかめるようにならなくてはいけないのです(頭で理解するのではなく感覚としてわかるように)。

緋片イルカ 2023.7.25

補足:
・「初心者禁止事項」に入れている「文字情報」も集中を途切れさせるから禁止しているという点では同じです。これについては要望があれば別記事を書きます。

・小説では「時間法則」に支配されていないので、回想が頻繁に使われてもデメリットは少ないです。

参考:
脚本作法1:回想

脚本作法2:「回想」と「フラッシュバック」の書き方

脚本作法13:回想の力学

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