小説『黄色い葉』(2450字)

 なかなか明けない梅雨に、ぐずぐずとしていた。
 今日こそは三、四時間は書こうと思っていたのに、今になってもまだ一枚も書いていない。
 昨日までの仕事のクセで午前中に何度か目を覚ましていたが、クーラーをつけて二度寝した。二回目に目が覚めたときには冷えたかんじがしたが、布団をかぶってもう一度寝て、出たのは四時を過ぎていた。朝の四時ではない。逆算してみると十時間も寝ていたことになるが、まだ眠かった。冷えてだるかった。
 台風が来るとか来ないとかはっきりしない予報で、母が明日の予定を決めかねていた。
 降ってなければ東川口の兄のところまで行ってブルーベリー狩りをするので、持って行く菓子折を買いに行きたいが、雨だと中止なので無駄になってしまう。どうしたものかと迷っていた。
 夜から降ってくるというわりには青空が見えていて、いい天気だった。風はあったが、それがむしろ心地良い。
 菓子箱を買って、そばにあるホームセンターを見にいくので付き合ってくれと言われた。父は昼寝していた。頭も重かったし、私にはこれといって用はなかったので、一度断ってから行くことにした。
 どうせ彼の人からは連絡がないだろうと踏んでいた。あるとしても夜かもしれない。待ってみても、ないかもしれない。
 母と自転車を並べて、都電の梶原駅のそばにある和菓子屋とホームセンターへ行った。どちらも初めて行く場所だったので、またどこかで小説の材料になるかもしれないと興味はそそられた。
 洗濯機の上にとりつけるステンレスラックが欲しいと母が言っていて、ニトリとこの店を比べてこっちのが気に入ったので買いたいと思っている、ただ配送してもらうには千円ぐらいかかるだろう、また改めて都電できて手で持って帰ろうと思うと言うので、せっかく来たのだからと私が持っていくと言った。
 持ち上げてみると片手で持てたし、箱は両手を広げるほどの高さがあったが、片手ハンドルで持って、ゆっくりと漕いでいけば大丈夫だろうと言った。
 それから二階のスーパーで晩飯に食べるものなどを買って店を出た。
 自転車の前カゴの上に乗せると、横には飛びだしたが、重くないのでバランスがとれたので、そのまま乗って帰ることができた。
 家に着くと、千円とられないで済んだので助かったと母が感謝していた。
 外にでて体を動かしたら、汗をかいて冷えた体も戻るかと思ったが変わっていなかった。
 彼の人からの連絡もなかった。
 買ってきたものを少しだけ食べて、ソファで横になったら眠くなってきた。またこんなところで寝たら体を悪くしそうだと思った。弱いがクーラーもついていた。しかし、眠った。
 小一時間か、目を覚ますと悪くはなっていなかったが良くもなっていなかった。
 父が点けていたテレビが目に入って、面白いとは思わなかったが見ていた。東北の秘境駅を生活で使っている人を探すとか、長時間通勤をしている人に東京から付いていったら軽井沢だったとか、そんな内容だった。途中でCMが七、八回入っていた。
 番組が終わって部屋に戻る。
 一日一本はアップしているサイトの記事が、ストックがなくなって、今日の分が更新できてなかったので書いて上げる。一日三、四十人しか訪れることのないサイトで、誰も私の書くものを待っているわけでもなかろうが、一日一本のルールを守りたい気持ちがあった。
 他にもいくつかルールにしていたことがあったが、守れなくて、最後に残っているのがこのルールだった。
 本題であるはずの小説には手をつけなかった。
 夜中になってお腹が空いてきて、買ってきていたピザを焼いて食べた。まだ一時過ぎだった。どうせ、まだまだ眠れない。
 母は明日早く起きるので早く寝ると言っていたが、いつもと同じような時間だった。
 どうにも怠いので風邪薬を二錠飲んで散歩に出た。
 風が強かった。夜から降ってくるという雨は降ってなかった。台風の予報のせいか、人気がなくて嬉しかった。
 公園は一周が四、五分で回れて、ジョギングをする人や、中央の芝生でボールで遊ぶ人や、いくつもあるベンチで語りあったり、騒いだり、歌っている人がいたり、とくに週末の夜は、なかなか一人になれないので、今夜は嬉しかった。
 いつもと逆回りに歩いている。写真を撮って誰も見ていないInstagramにあげる。
 彼の人は死にたいと言っていた。そう書き込んでいた。死にたいなんて言うような人間は本当は死なないのだろうとも自分で言っていた。
 樹木が葉をこすってさささと囁いている。耳を澄ますと、遠くで自動車のタイヤがアスファルトを撫でる音と、りん、りんりん、りんという音がして、これは風鈴だろうか。あとは樹木の声だけだった。手の平ぐらいの蝙蝠は音もなく飛んでいた。
 歩いていると、一枚だけ輝いている葉を見つけて近寄ってみた。
 何の樹だろうか、名前はわからない。種類を書いたプレートがあるかと、幹を見たがなかった。細長いぎざぎざした葉っぱで、枝がしだれて、緑のニット帽のように丸く広がっている葉の中に一枚、白い葉があった。
 外灯の加減だろうと思って近づいてみると、それは白ではなくて黄味がかっていた。病気なのか虫に喰われているのか、とにかく一枚だけ死んでいるように見えた。
 首を吊った死体みたいに、風が吹くたびに足をゆらゆら揺らしていた。
 けれども表面に触れるとつやつやしていて、ちょっと引っ張ってみても枝から落ちる様子もなかった。
 一周すると、丘になっている方の階段から女性が下りてくるのが見えて、一人の時間が邪魔されるようだったが、騒がしい人ではなさそうだったので、散歩を続けることにした。
 二週目に来たときには、いなくなっていると思ったら、ベンチに座ってスマートフォンをしていた。三週目でも同じようにしていた。
 風邪薬がきいてきたのか、頭痛の不快感はとれていた。
 彼の人からの連絡はない。
 あれこれと伝えたい言葉があったが、届ける手段がなかった。
 家に帰ってきて、これを書いた。本題の小説はまだ書いていない。
 外では雨が降り出したようだ。明日のブルーベリー狩りは中止だろうか。
(了)

緋片イルカ2019/07/27

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