映画『パラサイト 半地下の家族』(三幕構成分析#161)

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※あらすじはリンク先でご覧下さい。

※分析の都合上、結末までの内容を含みますのでご注意ください。

【ビートシート】

参考:映画『パラサイト 半地下の家族』(三幕構成分析#82)
※「ライターズルーム」メンバーによる分析。初期のものでパーセンテージの合わせ方が間違えています。

感想・解説

「好き」5 「作品」5 「脚本」4

2019年、アカデミー賞を受賞して話題になっていた頃、詳細なあらすじを聞いてしまい観るのが後回しになっていて、ずっと観ていなかった。今観てみても良い映画だと思う。トップシーンの半地下からの眺め、生活が効いている。金持ちに寄生していく段階(バトル)は段取り臭い展開ではあるが、テンポが良くユーモラス。コメディというほど非リアリティに振っていないので悲喜劇の空気が魅力。おかしいけれど、実際にこういう人たちいそう(金持ちも貧困層も含めて)なかんじ。

カタリストは明白だが、PP1は解釈が分かれる。ストーリーは「金持ちに、一家が寄生していく話」なので、どこからアクト2=非日常が始まっているか?で考える。

解釈①:最初に「金持ちの家に入るところ」(12分10%)をPP1としてみる。玄関を抜けて建物に入っていく様は映像的にもPP1らしい。その解釈に従えば、妹、父、母と入りこんでいくのがバトルとなり、リビングで酒盛りがMP
この場合、「ディベート」は文書偽造、「デス」は息子が家を出る前に父へ決意を述べるあたりになるが、ビートを意識して書かれた脚本ではないので「デス」はないとしてしまってもよい(※そもそもデスはハリウッドのビートではないし)。キャラクターアークとして考えたとき「ウソをついて家庭教師になること」に葛藤も決意もないというのが見えるのが面白い。

解釈②:主人公が金持ちの家に入り、初回の授業を終えるあたりを「ディベート」として「妹を紹介する」(20分16%)=2人目が入りこむところから本格的に非日常世界へ入るという解釈。主人公が家庭教師をやるだけでは「ウソをついて家庭教師をする話」であって「一家が寄生していく話」にならない。その点では、こちらの解釈の方がログラインとも合う。こちらの解釈でも「デス」は機能していないが、あえてとれば「妹を紹介」=「デス」、「妹と来る」=PP1となる。アクト2に入ってからの「バトル」は、父と母を寄生させて、MPは酒盛りなのは変わらない。

解釈③:「父を寄生させる」をPP1とする。モンタージュシークエンスが入る点や「作戦開始」といったセリフなどから、演出的にこのあたりで変化をつけている。また「金持ちの父」を、アクト1で登場するメインキャラクターとするか、アクト2から登場するサブキャラクターと捉えるかにも関わる。メインキャラクターと捉えるなら、解釈①、②では成立しない。姉が入りこむのと、父が入り込むことのストーリー上の大きな違いは、元々いた運転手を追い出してまで入りこもうとする点。これが大きく、ストーリーの解釈も変わる。つまり「金持ちに、一家が寄生する話」ではなく、「金持ちに、他者を押し退けてでも一家が寄生していく話」なのである。これによって「フォール」への解釈も変わってくる。以上から、分析表も解釈③に従った。

「フォール」から家政婦夫婦の反撃が始まる(運転手については父がセリフで触れている程度でちょうどいい)。

「PP2」は演出的に家の浸水、「ダーク・ナイト・オブ・ザ・ソウル」で避難所、金持ち母の誕生日パーティー企画から「ビッグバトル」が始まる。避難所と金持ちのパーティー準備のモンタージュ効果は古典的だが良い。

「ビッグバトル」はクライマックスでもあり、この作品のテーマに対する結論を提示するところでもあるから考えてみる価値がある。

パーティー中でのそれぞれの行動は、

母、妹 → 地下室に食べ物を持っていってやろうとする。

兄 → 金持ち娘とキス、庭を眺めながら場違いと感じる。石を持って地下室へ。殺意があったのかやや曖昧さはある。石を凶器として持っていっているのか? 観客には明らかにそう見えるが、兄の心理は厳密には不明。ただし前日の父との会話で「責任をとる」と言っているあたりから、殺すためにと捉えてよいだろう。なお、抱きついていた金持ち娘が、時間差で怪談を降りてくるのは違和感。カットによる誤魔化し。

家政婦の夫 → 兄を半殺しにしてから、姉を刺し、「チュンスクお姉さん」=母を呼んでいることから、攻撃対象は一家であった。

父 → 金持ち父とインディアン役。金持ち夫婦が自分の息子だけを病院に連れていこうとしている。鼻をつまむしぐさを観て、刺す。

兄が、家政婦の夫を片づけようと思ったのは責任感。自分が家政婦の夫の問題を解決すれば、父母妹は、寄生暮らしが続けられるという考えだったのだろう(浅はかだけど)。

家政婦の夫は、狂ったキャラクターで妻を殺されているので復讐心から、一家を皆殺しにしたいという動機。金持ち父に対して、狂った調子とはいえ「リスペクト」と言っていることからも、金持ちに対しての怒りはなかったといえる。

金持ち父を刺した父の動機は何だったのか?

父はトップシーンの半地下での生活をやんわりと受け入れていた。諦めに近いものもあるかもしれませんが、立ち小便をされても怒るでもなく、富裕層の一人でもある友人が怒鳴り付ける様をみて、感心していた。

酒盛りをしているときも「奥さまは優しい」など、自分たち貧しい生活が「金持ちのせいだ」といった逆恨みの感情は持っていなかった。

それが変化するのは「臭い」のことを言われてから(リビングで隠れているとき)。

臭いと言われることで傷ついたものは人間としての自尊心のようなものではないか。

お金を持つ者と持たざる者がいる。それは仕方がない。だからといって、人間扱いされないような態度は耐えがたい(演技だったというオチがつくが、酒盛りのときゴキブリと言われて母に怒るというフリもある)。

金持ちの父は「キム運転手は、絶対に一線を越えないのがいい」と言っていたが、反対に金持ちの父の方が一線を越えてしまったのが「臭い」についての言及だった。

倒れた金持ち父の指にハエが這うショットは象徴的。

エピローグでの父の手紙からも、殺したことを悔やんでいる節も見え、父は「金持ちが悪い」といった価値観に変化したわけではない。衝動的な殺人であったとはいえる。半地下生活だった父は、地下室で生きていくことになる。

酒盛りのシーンで、風呂に入っているときの姿が様になっていると言われていた妹。彼女は運転手のことを気にした父に対して「一番の問題はわたしたちのこと」「わたしたちのことだけ考えて」と言っていた。他人のことを蹴落としてでも自分が仕事を得ようとする姿勢は、ピザ屋のバイト交渉をするときにも表れていた(休んだバイトをクビにして、自分たちが入ろうとしている。このとき父はただ半地下から眺めている)。

主人公である兄は妹の遺影をみても笑っていたが、父のニュースを見るときは笑えなかった。

父のモールス手紙をうけとり「お金を貯める計画」を考える。財運と合格運を呼び込むという石、手放せなかった石を川に捨てて。

方法は具体的には語られないし「計画通りなんていかない」と言われていたとおり、うまくいくかは怪しい。今も半地下で暮らしている。

この映画を、眺めのログラインのように要約すると以下のようになる。

全体:
半地下暮らしの一家は、金持ちに寄生するように仕事を得ていくが、家政婦一家との争いによって、職と妹の命を失い、父は地下暮らしとなる。

父のアーク:
貧しいながらも安穏と暮らしていたが、金持ちと接することで「いい人」だと感じるものの、臭いのことを言われ自尊心が傷つき、衝動的に金持ちの父を刺して、地下暮らしに落ちる。

息子のアーク:
大学進学を夢見ていたが、一連の事件を経て、父と再会するため、お金を稼ぐことを目指す。

脚本としては、段取り的で、ビッグバトルも見ようによっては狂気の殺人で片づけてしまっているように見えるし、その後の息子や父のエピローグも全体から見ると訴求力に欠ける。未処理あるいは不十分な要素も多い(留学したミニョク、金持ち娘とのラブプロット、金持ち息子の幽霊トラウマなど)。

だが、半地下と豪邸の対比、一家によるパラサイトという「フック」が強く、テーマをもって撮っている強いショットがいくつもあり、作品としては素晴らしいと感じられる。

緋片イルカ 2023.7.6

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