文学を考える5【作家性について】

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前回、テーマには3つの側面があることを考えた。一つは技術の問題であり、ここでは二つめの側面である作家性について考えていく。

作家性と呼ばれるものは「文体」と「嗜好」である。

「文体」は文章表現のクセである。
例えば、ある仏像を見たとき「美しい」と感じる人もいれば、「古臭い」と感じる人もいる。「神神しい」と思う人もいれば、「しょせんただの作り物」と思う人もいる。脚本と違って、小説は一人の作家によって書かれるものなので、作者の感性が多かれ少なかれ滲み出てしまう。意図的に文体を創り出す人もいる。(しょせん文章なので真似することも容易(『もし文豪たちが カップ焼きそばの作り方を書いたら』
感性が、一般からやや離れて、仏像にエロティックな比喩を用いたりすれば、独特な作家性がでてきて、文体のようにいわれる。文体にはフロイトレベルで見れば性的傾向も含まれるのだろう。
文章がうまい作家は、その表現が詩的で、音楽のように読んでいるだけで心地よいため好まれる。反対に読みづらい難解な文章がために知的好奇心をくすぐって読まれる場合もある。
エンタメ作家では、重視されるのは個性よりも、読みやすさ、軽快さになる。

「嗜好」は何を題材として、どういう物語を書くかであり、「思考」や「志向」と言い替えてもよい。
これは物語全体にも影響するし、表現にもにじみでるので「文体」と重なる部分もある。
その時代で、どう生きるかという作家自身の姿勢そのものでもある。

作品は読者に受け容れられて、初めて成立することは前回も考えた。
たくさんの人が共感すれば、たくさん売れるし、共感が少ないものは埋もれてしまうこともある。
共感を得るには「社会とのつながり」が必要なのである。

作家自身が、悩みや葛藤を抱えていて、それを包み隠さず表現したときに、同じ立場にいる人の共感を得るということがある。日本的な文学者の破滅的なイメージはここからきている。

作家自身が、マイノリティーであって、マジョリティーにいる側がそれを保護するかのように評価される場合もある。例えば部落問題を扱った物語を文壇が評価するような場合である。

作家自身が、社会的テーマに関心をもって、積極的に取材をして物語をつくりあげていく場合もある。記者出身の作家など。エンタメ作品でもこういった題材をエンタメパターンで作りあげられていると深みのある作品と呼ばれる。

作家自身が、人間なら誰しもが悩むことや考えることと向き合っているために共感を得る場合もある。家族や恋愛といったテーマが太古から繰り返されるのはこのためだし、ときに運命や神といった哲学的な真理をもとめたものは時代を超えて読まれたりする。

いずれにせよ、作者が意識的にせよ無意識的にせよ、作家のテーマが社会との接点を持ったときにテーマは機能して、それは文学になる。
社会を無視して自分の殻にこもって書かれた独りよがりの私小説は文学ではない。

次回からは、文学史を辿りながら「作家性」と「時代性」の関わりについて考えていく。

(緋片イルカ2019/04/13)
2019/04/18改稿

文学を考える6「日本文学史の時代区分」

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