文学を考える4【テーマの3つの側面】

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前回、ビートの中心にあるのはアクト2であり、それはつまり「テーマ」でもあるということを考えた。
今回は「テーマ」について掘り下げていく。

言うまでもないことであるが、「テーマ」とは作者が高みから語ることでもないし、評論家が解釈することではなく、読者が感じることである。

例えば作者が冒頭で「これは家族の愛についての物語である」などと書いても、物語自体がその構造(ビート)を持っていなければ観客には伝わらない。
そもそも冒頭であれ、ラストであれ、こんな文章を書く作者は幼稚である。自分の書いた物語に自信がないがため、言い訳のようにテーマをこじつけようとするから、こういう一文を書いてしまうのである(もっとも「愛の物語」と前置きしておきながら、家族が憎しみ合うような展開で、マーク・トウェインばりの皮肉であれば別だが)。

また、評論家がこの物語は「現代の○○を象徴している」と書いていても、それが評論家の一人よがりな解釈である場合、読者にそのテーマは伝わらない。
評論家の中には、自説を唱えるため「作品」を利用する場合も少なくない。そのために歪んだ自分勝手な解釈を加える(それが面白ければ読み物として成立するので構わない)。
「現代の○○を象徴している」なら、評論家に指摘されなくとも、読者が感じるはずである。

「テーマ」を物語で伝えるためにはアクト2の旅をしっかりと作りあげることである。そうすれば、自然と読者は感じとる。
その感じとった「テーマ」に読者が感するかどうかは、その作品が受け入れられるかどうかに関わる。

「テーマ」には3つの側面がある。
「作者が物語構造をもってテーマを伝えていること」=「文章力」
「作者が訴えようと思っていること」=「作家性」
「読者がテーマに共感すること」=「時代性」

「文章力」とは、プロットや文章表現そのもの。テクニックの問題でもあり、それは作家が体系的に理解して身につけようが、繰り返し書く修練のなかから身につけようが構わない。料理人になる前の包丁の使い方のようなものである。これを身につけない作家は作家未満である。総じて「文章力」とでも読んでおく。(構成については「プロットを考えるシリーズ」、文章については「文章添削シリーズ」

基礎ができた作家は「何を書くか?」というテーマにぶつかることになる。
料理人でいえば最低限の技術を身につけて、次はフレンチを目指すか、中華料理を目指すか? 和食か?といった方向性。
どういったジャンルの、どういったものを得意とするかという「作家性」である(次回はこれについて考えていく)。

そして、その料理されたものを食べる客の感じ方。
味の好みだって時代で変化するように、何を文学とするかも時代によってかわる(時代性については文学を考える6「日本文学史の時代区分」以降、考えていく)

これら3つの側面は、作者、作品、読者という三者によって読書体験が成り立っていることとも同義である。

(緋片イルカ2019/04/13)
2019/04/18改稿

文学を考える5「作家性について」

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