文学を考える13【生きようとする力】(谷川俊太郎さんについて)


二十億光年の孤独 (集英社文庫)
谷川/俊太郎
1931年12月東京生まれ。詩人。52年、詩集『二十億光年の孤独』でデビュー。鋭い感受性を的確なことばで表現した作品群で、新鮮な衝撃を与えた。翻訳、劇作、絵本、作詞などジャンルを超えて活躍。62年「月火水木金土日の歌」で日本レコード大賞作詞賞、75年『マザー・グースのうた』で日本翻訳文化賞、82年『日々の地図』で第34回読売文学賞、2005年『シャガールと木の葉』『谷川俊太郎詩選集1~3』で第45回毎日芸術賞を受賞(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたものです)
(以上、Amazonの商品説明より)

【言葉の職人】

恥ずかしい話だが、詩人という仕事を自ら選んだのだという自信は、私にはない

谷川さんは詩を芸術と思っていないのだと思う。
言葉という道具を作って表現しているだけ、詩人とは言葉の職人に過ぎないのだと、そんな風に感じる。

詩において、私が本当に問題にしているのは、必ずしも詩ではないのだという一見奇妙な確信を、私はずっと持ち続けてきた。私にとって問題なのは、生と言葉との関係なのだ。

「生」とはなんであるのか。
そのヒントになる逸話が書かれていた。

【バラの詩について】

いつぞや、ある合評会の席上で、一篇のバラの詩が問題になったことがあった。私より年長の詩人F氏は、その詩のつまらなさに言及して、「この詩の中のバラよりは、うちの庭のバラの方がまだましだ」というような意味のことをいわれたのであった。私は咄嗟に、「どんな詩の中のバラだって、本当のバラにははるかに及ばない」と反駁し、F氏はそれに対して、「それでは詩を書く意味がないではないか」という風にいわれたのだったが、この時私は図らずも、自分とF氏との間の根本的な詩観の相違に気づいたように思った。

「詩の中のバラ」と「本物のバラ」と、どっちが美しいか。
谷川さんが考える「生と言葉との関係」とはこのことである。次につづく。

詩の中のバラは、私にとっては、あくまで言葉にあるにすぎず、それ故、それは本当のバラとは似ても似つかない。それは、匂いも、色も、重さももっていない。それはただ、せいぜい私たちの心に訴えるものにすぎない。だが、本当のバラは、この地上に、私たちの目の前に、鼻の先に、唇の触れる所に咲いているのである。私たちは、それに触れ、その色を見、その花びらの重さをはかり、その匂いをかぎ、更に、それを踏みにじることさえ出来る。私たちは心だけでなく、自らの感官のすべて、肉体のすべて、存在のすべてをあげて、そのバラとむすばれることが出来る。そのバラは本物であり、詩の中のバラは、もし本当のバラと比較するのなら、にせ物であると私は考える

この言葉にはとても共感できる。
言葉そのものには限界がある。言葉を使って世界を繋ぐことが、詩や物語や芸術の役割だと思う。

今はどんな言葉が、バラと人々をむすぶのだろう。私は強い言葉を夢見る。

言葉で世界を繋げることは簡単ではない。そのためには一言一句を研ぎ澄まし、言葉の職人にならなくてはならない。

【生きたいという欲望】
『二十億光年の孤独』は谷川さんのデビュー作であり、十代の頃に書かれたものである。
そういう意味では、教科書などでよく知っている詩に比べて荒削りなところが多く感じた。
職人は、年を重ねるごとに腕に磨きがかかるのだろう。
作品の後に付いていた「私はこのように詩をつくる」には次のような言葉があった。

ネロはぼくの隣家で飼っていた犬だった。可愛いい犬で、垣根ごしにぼくの家にもしょっちゅう遊びに来ていて、うちでもまるで家族のように愛されていたが、この詩をつくった前年の冬に病気になり、死期を悟ってからは自ら何処かへ死場所を選びに出てゆき、骸を人にさらさなかった。ネロが死んでからもう半年程たった六月の或る日、ぼくは机にもたれて庭石に照りつける六月の陽差を見ていた。その陽差はその年の初めての夏の陽差だった。新しい季節が来るという強い感動は、同時にぼくの中に生の大きな流れに対する感覚を呼びさました。季節の流れ、時の流れ、そして生と死。(中略)ぼくはただ季節の最初の日差から受けた感動を、最も動物的な、最も素直な、最もあたり前な形で、即ち生きたいという欲望と生きようとする決意として書きつけたまでなのだ。

「ネロ」の詩はとてもストレートに綴られていて心打たれる。
「生」と言葉をつなぐとはこういうことなのだと思う。

●書籍紹介

(緋片イルカ2019/06/11)

時代区分から考える → 【文学を考える6】

『初心者のための「文学」』(大塚英志)から考える → 【文学を考える7】

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