『SAVE THE CATの法則 本当に売れる脚本術』に潜む3つの問題点(中級編6)

三幕構成 中級編(まえおき)

三幕構成の中級編と称して、より深い物語論を解説しています。連載回数は未定です。思いつくことがある限りつづけます。

中級編の記事では、ビートを含む用語の定義や、構成の基本、キャラクターに対する基本を理解していることを前提としています。しかし、応用にいたっては基本の定義とは変わることもあります。基本はあくまで「初心者が基本を掴むための説明」であって、応用では、例外や、より深い概念を扱うので、初級での言葉の意味とは矛盾することもでてきます。

武道などでも「守」「破」「離」という考え方があります。初心者は基本のルールを「守る」こと。基本を体得した中級者はときにルールを「破って」よい。上級者は免許皆伝してルールを「離れて」独自の流派をつくっていく。中級編は三幕構成の「破」にあたります。

以上を、ふまえた上で記事をお読み下さい。

超初心者の方は、初心者向けQ&A①「そもそも三幕構成って何?」から、ある程度の知識がある方は三幕構成の作り方シリーズか、ログラインを考えるシリーズからお読みください。

なお、初級編では主に『SAVE THE CATの法則 本当に売れる脚本術』を中心に、不足部分を補うように進めてきました。中級編で中心になる書籍は『ストーリー ロバート・マッキーが教える物語の基本と原則』です(以降、同書を『ストーリー』と表記します)。なかなか理解しづらい本なので購入のおすすめいたしませんが、記事に引用することは多くなりますので関連する内容を参照したいときにはご利用ください。英語表記は原書からです。

メリットとデメリットは表裏一体


『SAVE THE CATの法則 本当に売れる脚本術』

この本、売れているらしいですね。何でも、認知度が高まると信者とアンチが生まれてくるので、良くも悪くも流されないように注意しなくてはいけないと思います。

念の為、立場を明確にしておきます。

僕のスタンスは「自分の創作のために使えるものは何でもとりいれる」です。

物語の研究ばかりの理屈屋になるのも、先人の研究を否定して我流だけに頼るのも、避けたいと考えています。

学ぶべきことは学んで、使えるところは使う、使いづらいところは改良する。

三幕構成はライターの助けになってくれます。

地図のようなものです。

「物語を生み出す」という暗中模索な旅をするとき、地図があることはとても心強いことです。

地図は、完璧ではありません。間違っていることもあります。

手書きの宝の地図のように、つかう人が読み解かなくてはいけません。

三幕構成の信者は地図だけが正しいと信じて、いつまでも宝にたどり着けない人です。アンチはこんな地図は役立たずだと破り捨ててしまう人です。

どちらも、もったいないと思います。

この記事には、やや煽るようなタイトルをつけましたが、ブレイク・スナイダーのビートシートはとてもいい地図だと思っています。

迷いやすいところは端折って、目印になるものは大きく描いて、多くの人が見てもわかりやすい地図になっています。

だから「物語を完成させる」といった初心者向けの目的を達成するにはとても便利です。

けれど長所と短所は裏返で、初心者向けにいいものが中級者以上では不便になることがあります。ベテランの大工には、素人向けの工具が扱いづらいようなものです。

そこでアンチとなって投げ捨ててしまう人もいますが、三幕構成は多くの人による研究がなされて日々、進化しています。捨てるにはもったいない理論です。

足りないと思えば自分で補い、使いづらいと思えば改良すればいいのです。

あくまで目的は「いい作品を生み出すため」です。

これから、あげる3つの問題点はあくまで中級以上を目指す上での話です。まえおきとも重なりますが、基礎が身についていない人には、まずは素直に教えに従ってみることをおすすめします。その上で、使いづらさを感じたら中級記事に戻ってきてください。

問題点①ビートとシークエンスの混同

ブレイク・スナイダーのビートシートの問題点の1つめは「ビート」と「シークエンス」を混同していることです。

前回、「ビートとは何か?」ということを中級視点から考えて、本質的には「変化が起こる小さな点」でしかないということを確認しました。楽譜上の音符のようなものです。

また変化には強弱があり、強いビートのあとでは状況に変化が起きて「アクト」(幕)が変わり、中くらいのビートの後では「シークエンス」が変わることも確認しました。これも楽譜でいえば、楽章や小節のようなものです。

ブレイク・スナイダーのビートシートを具体的に見てみると、以下のように書かれています。

1:オープニングイメージ(1)
2:テーマの提示(5)
3:セットアップ(1-10)
4:きっかけ(12)
5:悩みのとき(12-25)
6:第一ターニング・ポイント(25)
7:サブプロット(Bストーリー)(30)
8:お楽しみ(30-55)
9:ミッドポイント(55)
10:迫り来る悪い奴ら(55-75)
11:すべてを失って(75)
12:心の暗闇(75-85)
13:第二ターニングポイント(85)
14:フィナーレ(85-110)
15:ファイナルイメージ(110)

カッコの中はページ数の目安です。これを見るだけでわかりますが、この中の以下の6つのビート

3:セットアップ(1-10)
5:悩みのとき(12-25)
8:お楽しみ(30-55)
10:迫り来る悪い奴ら(55-75)
12:心の暗闇(75-85)
14:フィナーレ(85-110)

これらは点としてのビートではなく範囲です。つまり「シークエンス」です。
初心者がビートシートをもとに書こうとして、つまづくのがこの辺りが多いと思います。

この問題点はビートの意義を理解することや、より細かい点としてのビートを追加することで解消できます。(イルカのビートシートでは「デス」「バトル」「ピンチ」といったビートを足しています)

問題点②ビートの意味を限定しすぎる

これは、ブレイク・スナイダーがわかりやすさのためにつけたネーミングのせいで、イベントを限定しやすいことです。

とくに「迫り来る悪い奴ら」(原書でもBad Guys Close In)などで、たしかに一部のジャンルではこのタイミングで悪いヤツらが登場することがありますが、「悪いヤツら」というのはあくまで比喩で、嘘がバレて状況が悪くなるとか、主人公が目標を失ってしまうといったイベントが起こることもあります。それでもビートとしては機能するのです。これは1つめの問題点とも重なっていて、このビートを20ページ分の「シークエンス」としてとらえてるので「だんだん、悪くなっていくよ」ぐらいの説明にしかなっていないことになります。

また「状況が悪くなる」という言葉ですら、物語の方向を限定します。ミッドポイント以降(僕のビートシートでは「フォール」と呼んでいますが)上昇していくアークもあります。多くの映画では下降していきますが、「フォール」という呼び方をしても物語を限定していることになってしまいます。

ビートの本質はあくまで「変化の点」で、それらに一つ一つに厳密に名称をつけることは不可能です。物語は一つ一つ違うからです。

けれど、多くの映画で「ミッドポイント」までと「フォール」では、物語の方向性に変化が生まれます。この変化を感覚的に捉えることが、ビートシートの本質なのですが、それを言葉で説明しようとすれば、誤解を前提に、名付けるしかないのだと思います。

同じ問題はヒーローズジャーニーでも起きます。ヒーローズジャーニーをそのまま使うと、英雄の冒険にしかなりませんが、あくまで比喩として捉えることで活用できます。

この問題点は、ブレイク・スナイダーのビートシートだけが抱えるものではありませんが、ブレイク・スナイダーのビートの名称はわかりやすいがために、ことばに引っ張られやすい傾向があるように思います。初心者を脱っするには、これらの表面的なことばに惑わされず、多義的にとらえるようにしていかないてはなりません。

問題点③キャラクターアークの弱さ

ブレイク・スナイダーのビートシートはキャラクターアークとプロットアークをまとめて一本のアークとしています。
これも、初心者向けには使いやすいのですが、しっかりと物語を紡ごうと思ったときには不足がでてきます。(参考:「葛藤のレベルとアーク」

ブレイク・スナイダーのビートシートはプロットアークに偏っています。映画は内的なものよりも、外的なものが重視されるからです。ブレイク・スナイダー自身がアクションやコメディの脚本を書いていたこととも関係するのかもしれません。外的な展開が重視されるジャンルです。

ブレイク・スナイダーのビートシートからはキャラクターアークは消えかかっています。

5:悩みのとき(12-25)(原書ではDebate)
12:心の暗闇(75-85)(原書ではDark Night of the Soul)

などは主人公の感情が現れるシーンです。これらはキャラクターアーク(あるいはキャラのリアクションでしかない)寄りのビートですが、それならば同様にミッドポイント直後に「達成の瞬間」のようなビートも入ってしかるべきです。

いずれにせよ、キャラクターアークという大仕事が、作者の腕に投げ出されているという問題点があります。

ビートシート通りに書いたのに面白くならないという最大の欠点はここにあります。

これについては過去の記事にも何度も書いていますが、今後も触れていくと思います。

ちなみに……

ビートの意義や感覚をつかむための、一番有効で、手っ取り早い方法は分析してみることです。

ビートシートがどれだけ当てはまっているか、どれだけ当てはまっていないか、実際に分析してみるとよくわかります。

分析なしに、いくら解説書を読んでいても、頭でっかちになってしまうだけでしょう。数学の問題を解かずに教科書を読んだだけでわかった気になっているのと同じです。

分析した後は、意見交換してみるのもオススメです。映画での分析会はやめてしまいましたが、小説の読書会はつづけていますので、よかったらご参加お待ちしております。

緋片イルカ 2020/07/05

次の記事 → キャラクターアークとモノミス(中級編7)

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