前回のおさらい
前回の記事では、例文をつかって「説明」と「描写」のちがいについて解説しました。
言葉の意味や文法が正しくても、小説の描写としては不十分だということがポイントでした。
復習をかねて、極端な例文でもう一度、考えてみます。前回は感情描写でしたが、今回はより明確な客観描写を使います。
(例文1)
彼の帽子は、平面上の円の円周上の各点と、その平面上にない一点とを結んでできる立体の形をしていた。
帽子はどんな形でしょうか? もはや、ちょっとしたクイズです。
数学が得意の人なら浮かぶかもしれませんが、ふつうは一読しただけでは浮かびません。
これは「円錐」を広辞苑でひいて、そのまま当てはめただけです。
広辞苑に載っているのですから、言葉の意味は間違っていません。しかし、小説としては間違ってることはお分かりになるかと思います。
大切なのは、読者の「あたま」や「こころ」にイメージが浮かぶことです。
これが前回の記事のポイントでした。
さすがに、この円錐のような、わかりづらい説明をする書き手はほとんどいないと思いますが、主観描写では気づかずに説明しがちです。
つまり「彼は嬉しかった」とか「悲しくて泣きそうだった」とか、そんな説明文章で、キャラクターを表現した気になってしまうのです。
感情を露骨に説明するのは、小学校低学年向けの表現です。ちいさな子どもは他者への理解力が未熟なので、説明してあげないと、わからないのです。
大人の小説に戻りましょう。
みなさんでしたら、この帽子をどう表現しますか?
形状から表現する
(例文2)
彼の帽子は円錐の形をしていた。
円錐と言われれば、数学がめちゃくちゃ苦手の人でなければ、形だけは浮かぶのではないかと思います。
その意味では「例文1」よりはましですが、まだまだ味気ないです。
(例文3)
彼の帽子はコーンみたいだった。
円錐は英語でconeです。英語で言い替えただけのようですが、日本語でコーンと言ったときには、以下のようなものが浮かぶ人が多いでしょう。
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ただし、ここで注意しなくてはいけないのは、別のコーンが浮かんでしまう人がいるからです。
誤読されないように書くのは小説以前の文章力です。
「いや、帽子なんだから、ふつう、円錐のコーンを浮かべるだろう」などと断定してしまうのは、書き手の思い込みです。
とうもころしみたいな柄が描かれている帽子を浮かべる人がいるかもしれませんし、
↑こんな帽子だって実際にあります。ハロウィンで実際に被った経験がある読者であれば浮かんでしまうでしょう。
名称で表現する
書き手が伝えたい「円錐状の帽子」とは、そもそも、どんなものなのでしょうか?
モノが決まっているなら、そのモノの「名称」を使えば伝わりそうです。
(例文4)
彼はコーンハットを被っていた。
これで、浮かんだでしょうか?
「コーンハット」という言葉から、どれだけの人が、この帽子(下記のリンク先参照)
を想像してくれたでしょうか? 「コーンハット」というのは商品名です。
↓こちらの商品(下記のリンク先参照)では、
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「バースデー帽子」「三角帽子」「パーティーハット」と三種類も名前が入っています。
つまり、この帽子の一般名が定着していないということでしょう。
「コーンハット」と呼んだところで、わかる人もいれば、わからない人もいるのです。
検索して「商品名がある」とか「誰かがそう使っている」からといって、安易に使って「描写」した気になってはいけないのです。
いろんな使い方
表現に、正しいひとつの答えなどありません。(参考:『答えより問いを探して 17歳の特別教室』高橋源一郎(読書#16))
けれど、効果的かどうか、誤読されていないか、といった観点から、ある程度のチェックは可能です。
伝わりづらい表現や未熟な表現、もったいない表現などは、そのチェックが甘いのです。
言葉を選ぶときには、読者は、その言葉からどんな印象を受けるだろうか、一字一句まで気を遣って選ぶべきなのです。
あれこれ、偉そうに語った手前、さいごに僕なりの表現を2つ提示してみます。
(例文5)
「サプラーイズ!」
とつぜんクラッカーの破裂とともに、室内が白くなった。
友達が勢揃いしている。体調が悪いと早退したミカまでいる。みんな、にぎやかな帽子をかぶって、笑っている。
パーティーというシチュエーションが伝わっていれば「にぎやかな帽子」という曖昧な表現でも、充分に伝わるはず(と僕は思います)。
あえて「にぎやかな」にしましたが、この文脈で「コーンハット」や「パーティーハット」を使っても通じるはずです。もちろん「彼はぎやかな帽子をかぶっていた」のような前後の文脈なしに「にぎやかな」で円錐状の帽子は伝わりません。
また、読者がどんな帽子を想像しようとも、このシーンの意味は「どんな帽子をかぶっているか」ではありません。はっきり言って、ストーリーの中心からすれば、帽子の描写など、どうでもいいのです。
ディテールに拘り過ぎて、ほんとうに伝えるべきものを見失ってはいけないと思います。
(例文6)
「ねえ、ちょっといいかな。キミの被っているその平面上の円の円周上の各点と、その平面上にない一点とを結んでできる立体状の帽子、かわいいね。ところで大学はどこ? 学部は? 僕はね……あ、ちょっと待ってよ」
こちらは、あえて「例文1」で使った、辞書的な意味を使った例です。
このセリフだけで、この男が、どういう人間なのか伝わるかと思います。
「こういう男である」ということを伝えるためには、「辞書的な意味」が効果的な表現にもなるのです(と僕は思います)。
良し悪しは、読まれた方が判断してくだされば構いませんが、納得してくださった方であれば、今後の「描写を考える」シリーズも参考になることがあるかと思います。
週一ぐらいで、とりとめもなく書いていく予定です。
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緋片イルカ 2021/06/09
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