近所に住む「むらさきのスカートの女」と呼ばれる女性のことが、気になって仕方のない〈わたし〉は、彼女と「ともだち」になるために、自分と同じ職場で働きだすように誘導し……。『こちらあみ子』『あひる』『星の子』『父と私の桜尾通り商店街』と、唯一無二の視点で描かれる世界観によって、作品を発表するごとに熱狂的な読者が増え続けている著者の最新作。(Amazon商品解説より)
※以下、ネタバレ含みます。
ログライン:「むらさきのスカートの女」と友達になりたいわたしは、彼女を自分の職場へ誘導して見守り、彼女のピンチを助けて逃がし、とり残される。
【ビートシート】
視点であるわたしは大半が観察者に徹していてキャラクターアークを描いているのは「むらさきのスカートの女」であり、物語の構造上はこちらが主人公と言える。しかし「むらさきのスカートの女」のアーク自体は、職場での女同士のやりとりや、上司と不倫して切り捨てられるなどはありがちで、この女自体はそれほど魅力的には見えない。むしろ、この女を観察しつづける語り手の心情にこそ、この小説のテーマも面白さもある。
Image1+CC「オープニングイメージ」:「むらさきのスカートの女」に関する描写。過去の友達や姉に似ているという執拗な描写から、主人公の「むらさきのスカートの女」へ感情がかいま見えるのは「主人公のセットアップ」にもなっている。
(「ジャンルのセットアップ」):「むらさきのスカートの女」を観察するわたしは何者なのだろう?という疑問が読者に浮かび、ミステリーとしての機能を果たすとともに、わたしという人間への興味を向ける機能も果たしている。
Catalyst「カタリスト」:「友達になりたい」という目的は一見、主人公のCCのようにも見える。この後、「むらさきのスカートの女」との関係が始まるのかと予見させるが、それはメインプロットではない。その動機からの、わたしの「求人雑誌をベンチに置く」という行動がカタリストになっている。
Debate「ディベート」:面接に失敗しつづける「むらさきのスカートの女」。
Death「デス」:機能していない。しいてとるなら「むらさきのスカートの女」が三ヶ月も無職であること。
PP1「プロットポイント1(PP1)」:「むらさきのスカートの女がホテル掃除の仕事を始める」。わたしが「権藤チーフ」であることも示唆され、関係開始を予見させるが、あくまでアークは「むらさきのスカートの女」がチーフ達に認められて馴染んでいく過程。非日常の世界を表す「制服」を着始めるという点にも注目。
Battle「バトル」:2日目、3日目、4日目と仕事に馴染んでいく過程。
Pinch1「ピンチ1」:子ども達とリンゴを食べたり鬼ごっこをしたり仲良くなる。一方、わたしは落ちていたオレンジを食べている。
MP「ミッドポイント」:5日目にして研修終了。直後のシーンではサブプロットとの絡みとして、子ども達とも仲良くなっている。職場のホテルの話を得意げに話、ミッドポイントに達している。
Fall start「フォール」:世話になっているチーフに「魚介類みたいな匂い」という失言。これ以降、職場での扱いが悪い方へ降下していく。
Pinch2「ディフィート or ピンチ2」:「所長とのデート」というサブプロット(ピンチ2)、同時に職場で無視されるというディフィート。
PP2(AisL)「オールイズロスト or プロットポイント2」:「チーフ達と喧嘩をして職場に来なくなる」職場に来ないということは制服を着ることもなくなる。非日常のおわり。
DN「ダーク・ナイト・オブ・ザ・ソウル」:「部屋には明かりがついていない」(本当は部屋にいるのだが)
BB(TP2)「ターニングポイント2」:機能していない。わたしの視点で書かれているので「むらさきのスカートの女」の内面が不明。
ビッグバトル:「所長がむらさきのスカートの女の家にやってくる」クライマックスというかんじがするが痴話喧嘩のセリフも陳腐だし、階段から落ちるのもありがちだが、ツイストとしてわたしが逃がすための指示をする長ゼリフがところがこの小説のクライマックスといえる。女が逃亡して、どこに行ったかわからないところでビッグフィニッシュ。
image2「ファイナルイメージ」:所長を脅迫して時給アップを無心するところは面白いが、主人公にとっては計算ではなく、素直な感性(お金に困ったから無心しているだけ)ではないかと思わせるところもある。「むらさきのスカートの女」との関係を通して、心理的には何も変化していない。わたしは最初から最後まで「友達になりたい」気持ちなのである。そして、裏切られた今もベンチで待ち続けている。子どもに肩を叩かれるが、これは「むらさきのスカートの女」の代わりとなったというよりも、わたし自身が「むらさきのスカートの女」であったというオチというかんじ(けして同一人物といった意味ではない)。
●感想
芥川賞選評で共感したものを引用しながら。
二人を別人とすれば状況的に無理があり、同一人物だとしても矛盾がある。どちらでも良い、と思うことが出来れば、この作品を認めることが出来る。不確かさを不確かなままに書き置くことが出来るのが女性の強みだが、裏に必死な切実さが感じられなければ、ただの無責任な奔流。さてこの先、いくらかでも理路を通すか、さらなる大奔流で、実存を薙ぎ倒すか。(髙樹のぶ子)
「むらさきのスカートの女」と「黄色いカーディガンの女」が同一人物とか妄想人物だとするのは強引な解釈だと思います(上半身、下半身という意味的な解釈はありえる)。髙樹さんがおっしゃるように、別人とするとわたしの視点からは描けないはずの不自然で矛盾する描写がいくつもあります。文章が読みやすく、すんなりと読めてしまいますが、リアリティに欠けるとも言えます。けれど同時に、その不自然な描写が、わたしの執拗なストーキーングの結果の凄みに見えるときもあります。筆力という意味ではとても巧いと思います。素直に面白い小説です。面白いのだけど「切実さ」に欠けるかんじは確かにします。
『むらさきのスカート女』商品としては実にウェルメイドで、平易な文章に、寓話的なストーリー運びの巧みさ、キャラクター設定の明快さ、批評のしやすいさなど、ビギナーから批評家まで幅広い層に受け入れられるだろう。だが、エンターテイメント・スキルだけでは「物足りない」のも事実である。(島田雅彦)
黄色いカーディガンのわたしの人間性は、気味悪くもあり、感情としてはリアルでもある。生きづらさを感じている人のようにも見えるし、一歩間違えば犯罪をする人間(作中でわたしは食い逃げや脅迫をしている)のようにも見えます。そういう人間を描くことは文学たりえると思うのですが「切実さ」が足りないのは、わたしに対する掘り下げが弱いからかもしれません。
「切実さ」は足りないけど、エンタメ的なお話づくりに逃げているかというと微妙なところ。「むらさきスカートの女]を通して「わたし」を浮かびあがらせる構造は秀逸だけど、それが狙いであったなら、その浮かびあがってきたものの中に、強いテーマが欲しかった気がします。
小説を読むと、作者の声が聞こえてきます。どんな声の質で語るのか。どんな抑揚で。どんなリズムで。どんなピッチで。作品の要請する声を、作者の持つ本来の声とどう練り合わせつくりあげてゆくか、ということに、小説家は精魂をこめます。今回受賞した「むらさきのスカートの女」の中には、作者今村さんの声がほんとうによく響いていました。(川上弘美)
テーマを声高に主張しているわけではないけど、作者の声の中に何か感じられるものがある。それが最初の髙樹さんの評の「さてこの先、いくらかでも理路を通すか、さらなる大奔流で、実存を薙ぎ倒すか。」作者の今後につながっていくのだろうと思います。
この作品は「イルカとウマの読書会」でとりあげて、三幕分析や作品のテーマなどについて語る予定です。詳細はこちらから。ご興味ある方は、ご参加お待ちしております。
>読書会は終了しました。こちらに音声解説があります→読書会#1『むらさきのスカートの女』今村夏子 (三幕構成の音声解説)
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緋片イルカ2019/09/03
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今村夏子さんは「こちらあみ子」で衝撃を受けたので記憶していました。「むらさきスカート」も読んでみます。(というか「あみ子」で太宰芥川のW受賞とかあるんじゃないかとすら思ってました)
さて、僕は芥川賞系列の作品が好きでよく読むのですが、傾向として「不条理」や「ナンセンス」な面を強く持つ作品が多いように感じます。文学的な技巧といいますか。
そして芥川賞系列の作品は三幕構成による分析が非常に難しい…!
中には最初の設定から話が前へ進まず、お話として成立しているのかも分からない作品もあり、このあたりによく芥川賞はイミフだと言われる所以があるのではないかと思います。
ちなみに僕はこうした不条理系作品は大好きで、それらへの憧憬もあり、いつか僕も、と野望を抱いてもいます。
ただ、前述の通り三幕構成に則った話の組み立てが為されていない作品ばかりですので、勉強といっても読みまくるぐらいしか出来ていないのが現状ですが…