「あじのひらき」

 弟がもうすぐ20になるというのに、子供じみたことを言うらしく少しいらつく。こっちは仕事で疲れているのに、母の話しあいてにならなくてはいけないのだ。
 帰ってきて、スーツを脱いで風呂に入ろうと思って、台所でちょっと水を一杯、と思っていると母がやってきて、弟の話を始める。無碍にも出来ないし、何より嫌いではないのでつい人生論など語ってしまう。
 そこへ玄関で弟の物音がする。母は話の語尾をひそめてまとめ上げ、私は風呂に入った。
 私の家では風呂場がそのまま台所にあるので、母と弟の話し声が聞こえる。が、弟の声は小さすぎてウとオの音にしか聞こえない。ま、いいか、と思い、シャワーをひねる母の声も聞こえなくなった。
 風呂から上がると、弟は部屋に戻り、母は何も聞き出せなかったと言う。弟が目を腫らしていたと心配する。ご飯もほとんど食べなかったと。
 母は心配しすぎて過保護になっている、というのが一貫した私の意見だった。
 私も部屋に戻り、自分のことをして、2時間ぐらい過ぎて水を飲みに台所に行った。テーブルにはあじのひらきにサランラップがかかっている。私はあじが嫌いだ。匂いも嫌いだ。それが急に腹にずしんときた。それは弟が食べなかったあじのひらきなのだとわかると同時に、母の心配と、弟のもがきが伝わってきてしまった。
(了)

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