https://www.shortshorts.org/2025/program/comp21/pantyhose/
※あらすじはリンク先でご覧下さい。
※分析の都合上、結末までの内容を含みますのでご注意ください。
【ログライン】
受賞式でスピーチをする予定のマッティは、出発直前でパンスト破れに気づいた妻を待つも、苛立ちが募り床を転げ回る。支度が済んだ妻と怒鳴り合い、別れ話にまで発展するが、手を繋いで気持ちを落ち着け、普段通り妻と写真を撮って外出する。
【フック/テーマ】夫婦喧嘩/結婚生活に伴う我慢と妥協、許し合い
【ビートシート】
Image1「オープニングイメージ」:「仲良さげな夫婦の写真の数々」自宅内に貼られた大量の2ショット写真。
GenreSet「ジャンルのセットアップ」:「外出したそばから慌ただしく帰ってくる」開始1分で外出するも、10秒後には帰宅(冒頭から流れていた軽快なBGMもここで止まる)。慌ただしく会話するドタバタ感から、夫婦のコメディものであることが伺える。
Premise/CQ「プレミス」/「セントラル・クエスチョン」:「妻への苛立ちを抑えきれるか」夫婦として連れ添った相手の言動に我慢しきれるか。夫婦関係を持続させられるか。
want「主人公のセットアップ」:「何かの受賞式でスピーチをするため、出かけようとしている夫」外出直前に持ち物の最終確認をしている夫婦。不安げな夫を励ます妻。家を出る前に、慣れた手つきで2ショット写真を撮る。
Catalyst「カタリスト」:「外出した直後に家へ戻ってくる」妻の服(パンスト)に穴が空いていたからと、慌ただしく戻ってくる。
Debate「ディベート」:「パンストの穴に対する会話」穴なんて気にする必要ない/ある、何分待てば良いのか、といった会話で少し揉める。
Death「デス」:「ため息をつき、すぐに外出することを諦める」妻がすぐに降りてくる様子がないことを察し、諦めてため息をつく。
PP1「プロットポイント1(PP1)」:「原稿を取り出し、スピーチの練習を始める」気持ちを切り替えて妻を待つ為、スピーチの練習を始める。
F&G「ファン&ゲーム」:「原稿を修正」、「妻への感謝を暗唱」母への感謝の言葉を忘れていたり、妻への感謝の言葉と環境音がリンクするなど、ユーモアも含まれている。
Battle「バトル」:「妻に進捗を確認」、「妻の外見を賞賛」、「身勝手な言動にも耐える」、「皿洗いを始める」
ファン&ゲームに加え、妻に対して何とか冷静に対応しようとする様子が描かれている。妻の言動に対する不満を滲ませつつも、強くは反論せず小声で独り言ちたり、気持ちを切り替えて鼻歌混じりで皿洗いをするなど。
MP「ミッドポイント」:「床に転がってじたばたする」やっと妻が降りてくるも、皿洗いを目撃され、「まだ時間がある」と再び2階へ行かれてしまう。苛立ちが抑えきれなくなり、床に転がってじたばたする。
Reward「リワード」:なし。
Fall start「フォール」:「慌ててローラーを探し始める」転がったことで糸くずがついてしまったことに気づき、取り乱す。妻に動くなと指示し、苛立ちを募らせ、「全部君のせいだ!」と口論を始めてしまう。
Pinch2/Sub2「ピンチ2」/「サブ2」:なし。
PP2(AisL)「プロットポイント2」:「妻に思いきり怒鳴りつける」外出しようとした妻を引き留め、別れを切り出される。「怖い」、「大声を出さないで」と言われ、至近距離で思いきり怒鳴りつけてしまう。
DN「ダーク・ナイト・オブ・ザ・ソウル」:「外出をやめてソファへ向かった妻を見つめる」怒鳴った後の興奮の中、怒りを抑えるように妻を見つめる。
BB(TP2)「ビッグバトル(スタート)」:「妻の後を追って隣に座る」、「恐る恐る妻に手を差し出す」無言で隣に座る妻に手を差し出す。妻も徐に手を握り返してくる。
Twist「ツイスト」:なし。
Big Finish「ビッグフィニッシュ」:「普段通り、2ショットを撮る」タクシーが到着したため双方立ち上がり、玄関へ向かう。最初に2ショットを撮ったのと同様、互いに涙を拭う等し、笑顔を作って写真を撮る。
Epilog「エピローグ」:「夫婦揃って外出する」妻は最後に部屋の中をしばらく見つめ、家を出る。
Image2「ファイナルイメージ」:「仲良さげな夫婦の写真の数々」オープニングイメージで示された、仲良さげな夫婦の写真の数々。二人の幼少期?の写真も多数。
【作品コンセプトや魅力】
15分弱という短い尺、ワンシチュエーション、登場人物2人という最低限の設定の中、1対1の人間関係における感情のドラマが上手く描かれている。
序盤はコメディチックにスタートし、ちょっとした笑い所も複数用意されている。
夫婦喧嘩におけるあるあるネタが散りばめられている。些細なことをきっかけに、双方が長年溜め込んできたストレスが爆発し、大事に発展していく様子は誰にでも共感でき得るリアリティがある。
家の中にある数々の写真はどれも仲睦まじげだが、実際にはこうした衝突の数々を何度もいなし、耐え忍ぶという相互努力の上に夫婦生活を継続させてきたのであろうというバックボーンまでもが伺える。
ユーモアを入れつつもしっかりと人間ドラマを描いている短編作品として、お手本になる1作だと感じた。
【問題点と改善案】(ツイストアイデア)
「服装にまつわる些細な問題を気にして人に迷惑を掛ける女性」、「怒りを抑えきれず粗暴な言動をする男性」という人物設定はクリシェ的であるようにも感じた。短編なので仕方ない部分もあるかとは思うが、男女ともに、ステレオタイプの強化に繋がりかねない人物像ではある。夫婦の人物設定を、もっと新鮮味のあるものにできたのではないか。
そもそも序盤はかなり、妻が一方的に自己中心的な人物として描かれており、妻に対しフラストレーションが溜まるような状況。妻の人間的な良さが、「スピーチの件で夫を励ます」シーン程度でしか描かれていない。全体を通し、妻側が密かに我慢してきたストレスについての言及も弱い。妻への愛着や親近感が沸くような描写が欲しかった。
その分、前半ひたすら耐えていた夫が、後半で物を叩きつける、至近距離で思いきり怒鳴る等してバランスを取っているようにも見えるが、これらの行動はかなり強めのパワハラ・モラハラ的言動でもあるので、この尺の些細なストーリーで見るには若干負担が大きいと感じた。結果的に夫婦双方が、そこまで感情移入できる愛らしい人物造形になりきっていない。作品によっては必ずしも必須ではないが、今作の場合、夫婦双方により感情移入できるような人物造形を求めたいところ。
短尺の中で事件や起伏を起こそうとする場合、どうしても人物たちの言動が極端になりがちなのかもしれない。しかしある程度の極端さは、コメディというジャンル選択によってカバーできているようにも思う。
役者の(主に怒鳴り合う)演技に熱が入りすぎている節もある。好みの問題でもあるが、じたばたする演技や怒鳴る演技でも、役者の演じ方ひとつでより軽くコメディ的に、ポップにすることもできたはず。
割と早い段階でコメディ的なユーモラスさが薄まり、険悪なだけのあるあるなやり取りが続いてしまっていたので、言い争いのくだりなどはもう少し笑えるような会話があっても良かった。「当人たちは真剣そのものだが、客観的に見ると滑稽である」ようなやり取りがもっと欲しい。
【感想】
短い尺の中で、夫婦両方に対しフラストレーションが溜まる作品であるようにも感じた。しかし構成などは綺麗で、短編における秀作といえる。かなりの大喧嘩をしてしまったにもかかわらず、「今を楽しく」という文字の下で徐に手を繋ぐだけで、オープニングの数々の写真とも相まって「ああ、この夫婦はいつもこうやって乗り越えてきたんだな」という説得力が出ている。数々のあるあるやユーモラスなやり取りを入れて共感を呼べるような作品になっているだけに、より感情移入できるよう、改善する余地もあるように思えた。
「好き」3「作品」3「脚本」4
(しののめ、2025.6.13)
イルカ補足
この作品は「SSFF2025」のグランプリ作品で、ライターズルーム内で検証をしました。現時点(2025.6.20)で、インターナショナルプログラムの作品はすべて見ましたが、その中では、この作品が受賞するということは納得のレベルだとは思います。この作品がズバ抜けているというよりは、今年は「5点」をとるような作品がなかったので「4点」レベルの中で、これが受賞したという印象です。この作品は「カップル」「夫婦」の日常に潜むあるあるネタで、共感性は高いように感じます(インタビューで監督が実体験に基づくとも言っていました)。一方で、これを「あるある」だと感じることは「カップル」や「夫婦」、さらに言えば「男女」の典型といった価値観に無意識に縛られてる危険も感じます(ざっくり言ってしまえば、恋愛経験や同居経験の少ない人には刺さりづらいネタ)。上記でしののめさんが指摘くださっていることが的を射ていて、そのまま、この作品の欠点や改善できる点と言えます。修正して「5点」をとるような作品にすることは可能です。ポイントはテーマを「男女のあるある」から「人間の普遍性」へ高めることです。この作品を、例えば「男女を逆にしたら?」とか「夫婦ではなく親子にしたら?」などと考えることがヒントになります。親子には「準備の遅い子供と、苛立つ親」もあれば、「認知症などで動作が遅い高齢の親と、苛立つ子」という関係にもできます。そういう違い2人にしたとき、アクト3の展開やテーマが大きく変わるのが想像できると思います。この作品では、カップルは感情を昂ぶらせながらも、落ち着いて、昔を思い出したのか(ソファ背後の「今を楽しく」という言葉など)、喧嘩しながらも、大きな理由もなく、気持ちの鎮まりとともに、元サヤに戻るという終わり方をしています。まさに夫婦などの「あるある」です。ラストで、女性は扉を開けた状態で、部屋を眺める間があります。この描写の意味をどう捉えるか?という話もありました。「ソファの後ろの言葉を見ている」という意見もありましたが、映像をよく見れば、部屋の構造的に角度が違うので、これは勘違いです。「女性が別れることを考えている」との意見がありましたが、それは女性のキャラクターに共感(あるいは、男性のキャラクターに反感)した故に感じた主観的な意見だと思います。その解釈をする場合、この作品のテーマ自体が変わってしまい、エンディングのラブラブな雰囲気の写真と音楽がすべて皮肉ということになってしまいます。皮肉な演出と受け取るには、ストレートすぎて弱いとも言えます。皮肉とするなら、皮肉だとわかるような演出をしなくては伝わりません。おそらく多くの人が感じるように、この作品は「男女のあるあるネタ」です(作品における「多くの人が感じる」は、作者がどうしたかったよりも正しいと言えます)。あくまで、男女設定のまま普遍性を高めるには、物事を捉える視野を一段、高くするようなイメージです。「男女のあるある」を描きながら、「人間とは何か?」とか、「人間とは悲しいものだ」「人間とは愛しいものだ」といった視点が加わることで、このキャラクター達はベタな「男女」から「人間」へと高められます。修正の一例は「死の香り」を加えることです。「夫婦はこんな風に喧嘩をしながらも、日常を続けていく」というところに、「それでも、人間はいつか死ぬ。どちらかが死ぬ」という視点が加わったとき、この「日常」はより愛おしいものに感じられるはずです。それは「男女のあるある」に共感しづらい人にも刺さりやすくなり、観客には「自分の日常も大切にしよう」という思いを抱かせる可能性もあります。この感じが出てくれば「5点」に近づいていきます。何をどう直すかは、作者自身が決めることで、他人が答えを出すことはできませんが、修正の方向性を見誤らなければ、どんな作品も、より魅力的にしていけます(逆に、方向が違うと直して直しても、よくならない)。なお、この「死の香り」を加えるというアイデアは、現状の男女設定のまま、ショートフィルムとしての魅力を高める方向としてですが、この設定で、例えば長編映画にするとかであれば、あきらかにキャラクターの肉付けが最優先です。短編から長編になった作品をときどき、目にしますが、ダラダラと引き延ばしたものが多く、尺や目的に合わせて、修正の方向性はまるで違うということも忘れてはいけません。
好き | 作品 | 脚本 | |
雨森 | 5 | 5 | 4 |
太郎 | 3 | 4 | 4 |
さいの | 4 | 4 | 4 |
詫摩 | 3 | 3 | 4 |
イルカ | 4 | 4 | 4 |
平均 | 3.8 | 4.0 | 4.0 |